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128日(火) 車中 明け方より雪

 

【ブルガリアを目指す列車は極めて鈍足、そして外は雪】

 列車はきわめてゆっくりとした速度で進んでいる。

夜中に国境越えをするものと覚悟し、列車が止まるたびに「今か、まだか」と緊張するが、一向に国境に達する気配がない。

とうとう夜が明けてしまった。列車が停まったところで目を覚まし、カーテンを開けると、駅のホームに3cmほどの雪が積もっている。いつのまにか雪が降り始めていたのだ。アジア世界からヨーロッパ世界に足を踏み入れた第1日目にして、雪の歓待を受けた。

 

「雪だ・・・ この雪と寒さに、これから当分つき合わねばならないのだ」。

 

幸い、車内は暖房が効いているので暖かい。夜中は暑いぐらいだったが、いまはちょうどいい温度だ。時計を見ると6時である。

駅舎を確認すると、ここがエディルネのようだ。ちょうどお祈りタイムなのか、駅舎のスピーカからコーランの声が聞こえる。

お祈りが終わり、6時半に列車はふたたび動き出す。7時、国境のKapikuke駅に着く。出国審査の役人が来るものと思っていたが、通りがかった車掌が「スタンプはもらったか?」と聞く。

「?」「駅舎に行って、早くスタンプをもらって来なさい」。

役人が来るのではなく、我々が行くのだ。貴重品を持って列車を降り、コンパートメントに残した荷物を心配しながら、駅構内のPolisの窓口で出国スタンプをもらう。静かに雪が降っている。我々にとっては初雪だ。

 

【国境を越える】

 列車は8時に動き出し、国境線を静かに過ぎ、20分ほどでブルガリア側の町スヴィレングラードに停車。すぐに役人が1人現れ、英語で「荷物を持って降りろ」と言う。国境の入国審査では、お客さんは車内に閉じこめるのが普通と思っていたので変だなと思いながら、荷物をまとめて昇降口のドアを開け、降りる。

すると車外を見回っていた別の役人から、「外に出るな!」と怒鳴られた。仕方なくデッキに上がる。

ところが、さっき車内で見た審査官がやって来て、「なにモタモタしてるんだ、降りて待ってろ」と言い、忙しそうに立ち去る。途方に暮れてそこで突っ立っていると、彼を含めた3人の役人がやって来た。

「降りろと言ったろ」

「しかし外の人は『降りるな』と言ってます」

我々がこう答えると、彼らの厳しい表情が少しゆるんだ。

彼らは、何か勘違いをしていたらしい。我々のパスポートを見て、3人で言葉を交わし、入国カードが渡された。コンパートメントに戻る。

 

そのあとの手続きはすんなり終わり、荷物のチェックもほとんど無い。それよりも、ここから乗り込んできたルーマニア人のオジサンどもが、隣のコンパートメントで役人ともめている。どうやら彼らはトランジットビザで入国したらしい。このままルーマニアの首都ブカレストに行くようだが、この列車はソフィア行きである。途中のディミトロフグラードで乗り換えてどうのこうのと言っている。この列車の前にイスタンブール発ブカレスト行きの列車がここを通っているはずなので、彼らは、あるいはその列車から、なんらかの事情で下ろされてしまったのかもしれない。最初の役人は、我々をこのルーマニア人たちと間違えていたようだ。それで、勝手に乗り込んできたと誤解したのであろう。

ブルガリアの役人とルーマニア人の乗客が、トルコ語で会話をしているのが、なんとなく奇妙でおかしい。

入国審査を終え、列車が動き出したのは935分のことであった。

 

【雪は降る降る、ユウコは車内で丸くなる】

 雪は止まず、しんしんと降り続いている。

スヴィレングラードに到着以来、暖房が止まっている。車内はだんだんと冷えてくる。動き出したらまた暖房が入るかナーと期待して待っていたが、その様子は一向にない。暖房はトルコ内だけのサービスらしい。着々と寒くなってきた。

「この寒さが、これからもずーっと続くのか・・・」。

コートを羽織り、車窓の外に広がる荒涼とした白い世界を眺めながら、そんなことを考える。そんな中、ユウコは毛布に来るまって寝息を立てていた。

 

「こんな寒いのによく眠れるもんだな。なんとまあ、たくましいことだ」。

 

ところが目を覚ますと、まるで変温動物が寒さで動けなくなったかのように動きは鈍く、背中を丸め、目線を下げ、声をかけても蚊の鳴くような声で返事をするばかりだ。このまま凍ってしまうのではないかしら。雪は身も心も凍らせる。「寒さは、着ればしのげる」と思っていたが、そう甘くはない。

「この先、どこまで続けられるのだろうか・・・」。

寒い車内でじっと車窓を眺め、ただただ目的地を待つ今の状況では、しんしんと不安が募るのみだ。「弱気になってはいかん」と思い直すが、しかし、移動のたびにこうして寒さに堪え忍ばなければならないのかと思うと、先が思いやられる。

 

【ブルガリア第2の都市にはヨーロッパの風】

 プロブディフには11時半に到着した。予定より2時間の遅れであった。

降りた瞬間、「うーん、ヨーロッパだなあ」と声が出る。重厚な駅舎。目の前のロータリー。バス通り。

目当てのツーリストオフィスを目指し、並木通りを歩く。雪でぬかるんだ道なので神経を使う。我々をジロジロと見るものはない。

「うーん、ヨーロッパだなあ」。僕は再びつぶやくと、子どもから「ジャポーン」と声がかかった。おや、トルコと同じだよ。

 

 地図にあるべきところにツーリストオフィスがなく、近所のお店に入って若い女の子の店員に尋ねると、意外にも英語が通じた。ツーリストオフィスは別のところにあるという。再び歩き出し、うろうろしていると、通りがかったオバチャンに英語で声をかけられた。「そのオフィスは次の角で左に曲がるのよ」と教えられる。意外と英語が通じるものだ。ホテル・ブルガリアの横にツーリストオフィスがあった。ブルガリアでは、下手な安ホテルよりもプライベートルームのサービスを受けたほうが良いと思い、ここで紹介を受けようと思っていたのだが、応対してくれた女性職員によれば、「プライベートルームは115ドルよ。だけど隣のホテル・ブルガリアなら112ドルで泊まれるようにしてあげるわ」とのこと。2ツ星なのに、意外にも安い。ほかに探し回るのもめんどくさいし、町の中心部だから立地は申し分ない。シャワー・朝食付きとサービスも問題ないので、ここに泊まることにした。インツーリストのような、大ざっぱな造りのホテルだが、部屋には暖房があるのでまあ良しとしよう。

 

午後1時になった。雪が小ぶりになってきた。ユウコと散歩に出かける。

 

プロブディフは6000年もの古い歴史を持った、世界最古の町の一つであるという。ローマ時代には町の地形からトリモンティウム(「3つの丘」の意)と呼ばれていた。その時代の遺跡も残っている。雪の積もったイマレット・モスク(トルコの建築様式)、オリジナルは紀元前4世紀という石の門「ヒサール・ピカヤ」、ハジ・ゲオルギの豪邸(1847)は民族博物館に、ゲオルギアティの屋敷(1848)は民族復興資料館になっている。そして、プロブディフの観光写真集には「無くてはならない」と言われている、素敵な建物レストラン・アラフランジーテ。ラマルティーヌの屋敷(1833)、ローマ時代の円形劇場、聖処女教会などを見て回る。

旧市街には豪邸が多く、田園調布のような落ち着いた雰囲気がある。豪邸は2階、3階と上がるごとに床がせり出してくる独特の建築様式が面白い。プロブディフの教会は外見が質素だが、内部の絵画が美しい。というか、宗教色が薄く、美術に重きを置いているようにも見える。

 

中心街には歩行者専用のレンガ道があり、店には輸入品があふれ、人々もおしゃれで非常に洗練された印象を与えるが、同時に、国で2番目の都市とは思えぬほどにのんびりとした雰囲気が良い。それにしても、日が傾くと寒さは一段と厳しくなり、風も少し出てきて、町を歩いていても凍り固まってしまいそうだ。

「『歩き方』でオススメのパスタの店に行こう」とユウコが希望するので行ってみる。地元の若者でにぎわうおしゃれな店だ。ピリ辛のパスタ、ベーコンの風味、新鮮野菜たっぷりのサラダ、どれも美味しく、そのうえ安い! 店内は明るく、こういう店に入るとホッとする。我々日本人の生活が、つくづく西洋化されていることに気づく。ここはもうアジアではない。シャシリクのお店はあるけれど、もはやコーランは聞こえない。

 

 いつのまにかブルガリアに来たが、いつのまにか雰囲気に慣れている自分がいる。街のあちこちで、着々とクリスマスの準備が進められている。目抜き通りには垂れ幕が下がり、店のショーウィンドウは装飾で飾られ、自宅用の装飾グッズも売られている。

 

英語が意外と通じることに驚いたが、中年以降の人々にはフランス語のほうが通りが良いらしい。ところで、ブルガリアは固定相場とのことで、1ドル=1675レヴァ。ちなみに1000トルコリラ=5レヴァ。両替レートが高い店は、手数料を高く取るので結果としては損だ。

 

 夕方4時までは明るいが、5時を回ると真っ暗だ。

雪道を歩いていると、割れた靴のゴム底から解けた水がしみ上がってくる。靴下が濡れ、足が冷える。これは大いに問題だ。もう少し様子を見ることにするが、なんとかしなければならない。新しい靴を買うか・・・。

 

 部屋の暖房の効きが今ひとつ悪く、たいして暖かくならない。それをフロントに告げると修理工のようなおじさんが現れ、様子を見てくれる。しかし、「こんなもんだがねえ」という表情で肩をすくめた。「部屋を変えてくれ」と頼んで、隣の部屋を見せてもらうが、たしかに暖房の効き具合は似たりよったりで、変えるのはやめた。寒い寒い。

 

【行くべきか、行かざるべきか】 

寒さとの戦いである。しかし、戦いに勝つ必要はない。でも、なんとかして勝ちたい。これはタダの意地、自己満足なのか。今日は早朝一番、先制パンチを食らってしまった部分はある。それでも、これより良くなることは少ない(あるいは、無い)ことは覚悟せねばならない。

我々は、疲れているのかもしれない。とくにユウコはこの寒さにすっかり意気消沈しているようだ。だからといって、「ならば日本へ帰れ」と言うことが出来るだろうか? 否、それを言ってはおしまいだ。ユウコがいたからこそ、ここまで来ることが出来たのではないか?

2人だからこそ、苦労しながらもここまでやって来たのではないだろうか」。

そう思うとき、我々の旅のありようが変わりつつあることに気づく。無理をする必要も、意地を張る必要もない。「どこまでできるか」という、我慢比べのような妙なチャレンジをしているならば、滑稽だ。しかし、だからといって、いつ、どうするのか。前進する度胸、撤退する勇気。どちらもなければ・・・残るのは「沈滞」だ。それはあまりにも意味のないことだ。一体、何をしているんだろう。

「旅をするにはもっと良い時期がある」と、頭の中で誰かが言う。

「もう少し金をかけて、もっとうまいやり方があるはずだ」と、別の誰かが言っている。

そのいっぽうで「いま行かなければ、いつ行くのだ」と、強い態度で臨む自分がいる。

「今だからこそ、行く意味がある」と思っている自分もいる。

 それにしても、「雨と寒さは旅の敵」とは、我ながら名言だと思う。いまは雨ではなくて雪だけれど、おなじことだ。

 行くべきか、行かざるべきか。