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1210日(木) プロブディフ 晴れのち雪

 

【朝一番、バスターミナルへ行くがバスはなく鉄道駅へ】

 5時半起床。今日はホテルの朝食を食べることはできない。空が白み始めた7時前にホテルを出る。

しかしバスターミナルのカッサに聞くと、ヴェリコ=タルノヴォ行きのバスは無いという。がっくりとするが、すぐに気を取り直し鉄道駅へと急ぐ。構内に入ったところで、ちょうど729分発のスタラ=ザゴラ行きが出たところであった。

インフォメーションで尋ねると、まさにそのスタラ=ザゴラ行きに乗って、そこで乗り換えれば良いらしい。次の列車は842分。1025分にスタラ=ザゴラに着き、そこで乗り換える手順になる。時間があるので、駅前のカフェで休憩。

 

我々が乗るべき列車はソフィア発ブルガス行きのExpressで、スタラ=ザゴラまではノンストップであった。シートも良く、暖房もよく効いており、車内は快適だ。スタラ=ザゴラでは降りる客が多く、人並みに混じってホームの階段を下り、隣のホームへ上がると、そこに各駅停車っぽい列車が停まっている。折良く車掌が通りがかったのでタルノヴォに行くことを確認し、これに乗り込んだ。

 

この列車はスタラ=ザゴラ始発ルセ行きの鈍行のようだ。お客は比較的多い。我々が乗り込んだ8人コンパートメントも満席である。

30分ほど待って、11時過ぎに発車。

はじめは平地を快調に飛ばしていたが、すぐに山道になり、列車はノンビリと登っていく。

今日は朝から晴れていたが、山に入ってふたたび雪が降り出した。

 

車内は暖房がよく効いている・・・というより効きすぎで、Tシャツ1枚でも充分なぐらいである。

 

12時トゥロヴォ(Tulovo)、13時半プラチケフチ(Plachkevci)と田舎町を進むが、いったい、いつになったら着くのだろう。プロブディフ 〜 スタラ=ザゴラ 〜 ヴェリコ=タルノヴォ の距離を地図で確認しても、そろそろ着いて良い頃だが・・・と思うが、のんびり列車は呑気に進むばかりである。車掌が通りがかったので、片言のブルガリア語で「ヴェリコ=タルノヴォ、いつ?」と尋ねると、「タルノヴォねえ」とつぶやき、肩に掛けたカバンから時刻表を取り出して、それをしばらく眺めてから「これから山の下りになる。1時間後に着くよ」と答えてくれた。

 

【こんにちわ、ちょこれーとをたべましょう】

 それからほどなくして、小さな駅に着いた。我々はコンパートメントで本を読んでいると、横の通路をどやどやと乗り込んできた若者が行き過ぎる。

 

「コンニチワー」

「ん?」

 

2人で顔を合わせる。見上げると、誰も声をかけた様子には見えない。我々に視線を向ける者もない。いまのは、気のせいだったかな。

再び本に目を移すと、別の若者が通り過ぎ、またしても

 

「コンニチワー」

「あれ?」

 

再び2人で顔を見合わせる。

 

若者が一人一人、通りすぎゆくたびに「コンニチワー」「コンニチワー」と、声を出しているようなのだが、直接声をかけてこない。

空耳だろうか? 今の若者たちは日本人には見えなかったが・・・。

 

呆気にとられていると、眼鏡をかけた1人の女の子がコンパートメントのドアを開け、ポカンとしている我々に挨拶をした。

 

「コンニチハ。ハジメマシテ。まりあト申シマス」。

 

聞けば彼らはヴェリコ=タルノヴォの学生で、日本語を勉強しているというのである。驚いた。日本人が乗っていることに気づいた彼らは挨拶しながら通り過ぎ、23つ向こうのコンパートメントに席を取ったようだが、とくに我々に対して好奇心が強いわけでもなく、我々を煩わせないその態度は、どこか心を和ませてくれる。

男の学生が「チョコレート、たべましょう。いいでしょう?」と手を差し出した。旅先で物をもらうというのは結構勇気のいることだが、まさか彼らが一服仕込んで悪さをするとも思えず、そのチョコレートを頂いた。

 

 車掌にものを尋ねたせいか、しばらくするとチョコレートの彼がコンパートメントに現れて、他の乗客になにかお願いをしている。どうやら、「この日本人2人はタルノヴォで降りるから、駅が近づいたら教えてやってくれ」と言っているようだ。しかもじっさい、着く直前になると、コンパートメントのおじさんおばさんだけでなく、隣のコンパートメントのオジサンまで「次だヨ」と教えてくれる始末。おおー、みんな好い人だ。ブルガリア人は親切だなあ。

 

【ヴェリコ=タルノヴォも雪】

 午後340分、タルノヴォに到着。ここで降りる人は多い。小さな待合いの時刻表で、次なる目的地ルセへの時刻をチェックし、駅前のバス停に向かう。そこにさきほどの若者の一団がいたので、街の中心へ行くバスを教えてもらった。13番バスに乗る。

 

 タルノヴォの街中にはヤントラ川が流れているが、川は大きな谷を形成している上に湾曲が激しく、複雑な地形を見せている。坂の多い町である。見下ろす川の風景は楽しいが、歩くのには苦労する。

 

 あらかじめロンプラで目星を付けていたホテルオルビタは18ドル、ただしトイレ・シャワーは共同。ホテルオリオンは1階にビリヤード場があり、そこにホテルのフロントもあるのだが、なんとなくガラが悪いのでやめる。それで、すこし中心街からはずれた住宅地にある「タルノヴォではもっとも良い小ホテル」(ロンプラ)というホテル・コンフォートを訪ねることにした。

 

地図を頼りに行くが、地形が複雑な上に小道が入り組んでいるので、道に迷ってしまった。通りがかりの人に聞いても「知らない」という。同じところを何度も行き来し、看板が出ていないが、造りと住所から察して、きっとこれだろうと思う3階建ての家のベルを鳴らすと、しばらくして2階の窓からオバサンが顔を出した。「小さなプライベートホテル」という記述がロンプラにもあるが、ホテルの看板も出しておらず、これは探すのが大変だ。

 

 オバサンはドイツ語混じりの英語で応対してくれた。オフシーズンだけど、泊めてあげるという。115ドルと少し高めだが、部屋はきれいだし、朝食付きで、立地も悪くない。

 

【イエスがノーで、ノーがイエス】

夕食はレストラン「バルカン」でとる。ウェイターの若いオニイサンに、メニューを片手に注文をする。

 ブルガリア人は「ダ(はい)」が「いいえ」で、「ネ(いいえ)」が「はい」だという話がある。いずれも首のジェスチャーの違いである。「ダ」の時は首を横に振り、「ネ」のときはうなずくように首を縦に振る、のだそうだ。ここのオニイサンもそうであった。見聞していたこととはいえ、いざ目の前でその様子を目にすると、自分でも意外なほどに頭が混乱する。

 しかし、分からないのは相手にとっても同じことである。とくに、態度をはっきりさせない日本人の意向は判別しかねるようであった。ひととおり注文を終えたあと、「コーヒーは要るか?」と聞かれ、「いや、いい」と首を横に振って断ると、「要らないのか?」と念を押してくる。ここでつい「うん、いい」と首を縦に振ってことわってしまう。彼は「Kok(どっちだ)?」と言って苦笑した。

ここの食事はすばらしいの一言に尽きる(詳細はユウコ日記参照)。

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 このレストランでかかっているのは最近ヒットチャートのようで、とくに前奏や間奏にトランペットの入る曲がなんとなく気になっていたが、「Would you…?」という曲名ということは、帰国後に知った。

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【寒さに慣れつつも、しかしやはり寒い】

 プロブディフでユウコはセーターを、僕は靴をそれぞれ買ったが、これらの効果は非常に大きい。僕は足の冷えを心配することがなくなったし、ユウコは「歩き回れば暑いぐらいだ」と言う。もっとも、今日は少し気温が高めだというのもあるだろう。それでも氷点下にはなっているとおもうが、慣れてくればどうということでもなくなってきた。へのかっぱだ。

 タルノヴォは1泊の予定でいたのだが、到着が思ったより遅かったので2泊することにした。その後はルセに2泊するとして、ブカレストに行くのは月曜日になる。

 タルノヴォから出るルセ行き列車(赤字は時刻表による。理由は不明。Expressか?)

 0409 0630 0800 1022 1335 1544 1828 1904

 

 ホテル・コンフォートにはセントラルヒーティングがなく、電気ストーブがあてがわれた。

 シャワーのお湯は出るが、部屋自体が寒いので風邪をひいてしまいそうだ。毛布にくるまってワインを飲む。