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1211日(金) ヴェリコ=タルノヴォ 雪

 

 雪はしんしんと、というより淡々と降っている。ストーブを一晩つけっぱなしにしておいたが、それでも朝は寒い。昨日、宿のオバチャンは「ストーブは高いのヨ。2晩も使えば3000になるわ。でも、あなた達はお客さんだから気にしないでね」と言っていた。本当のところは分からないが、しかし高いことに変わりはないのだろう。

 8時に朝食。ジャムが美味しい。

 

【雪が降る中、無人の観光地へ】

 雪の降る中、ツァレヴェッツ城へ出かける。これは丘の上にある城跡で、12世紀から14世紀に栄えた第2次ブルガリア王国の宮殿跡である。雪道を歩くのが大変だ。てっぺんにあるパトリアーチ教会は威厳があるが、中には入れず。他に見物客もなく、しんしんと積もる雪が廃墟ぶりを助長している。ここを破壊したのはオスマン帝国なのであった。ヤントラ川に迫る絶壁には「処刑の岩場」なる場所があり、罪人はそこから真下の川へ突き落とされたのだという。おそろしい。

 「寒い寒い」と言いながらも1時間以上も歩き回り、丘を降りたところのカフェで暖を取る。身体のこわばりが解けていくのが自分でも分かる。聖なる40人の殉教者の教会は中に入ることができた。かわいらしいペテルとパウロの教会には入れず。教会の外壁はガラス張りになっており、ガラス越しに外壁のフレスコ画などを見る。続いて訪れた、石の壁に囲まれた立派なディミトル教会も、残念ながら閉門で入れない。

 

【ないと思うとあって、あると思うとなくて】

レストラン「レヴェント」で、少し高い昼食を取る。

 ここでもブルガリアのジェスチャーに悩まされた。ウェイトレスは物静かな雰囲気の若い女性であった。レストランのメインホールでは結婚披露宴をやっているようで、我々は別室、というか末席、というか、宴会からは隔離されていた。周囲には、パーティの喧噪から逃れてきたと思われる、着飾った人々が一服している。ウェイトレスが「注文はお決まりですか?」とばかり、我々のテーブルにやって来る。

「まずはこのサラダを・・・」とメニューを指すと、彼女は黙ったまま首を小さく横に振り、チェック用紙になにやら書いている。一瞬、我々は言葉を失ってしまう。

「メインはこれを・・・」と再びメニューを指すと、今度は小さくうなずいて「ネ」と言う。有るのか無いのか、判別しかねる。戸惑ってしまうが、同時に、話で聞いているとおり、首のジェスチャーが逆なのだということが分かるだけでも面白い。

 

【日本人に出会ったり】

立派な聖処女の大聖堂を見て、なんとなく考古学博物館にも行く。入場料がちょっと高く、展示品も大したものはなかったが、英語版の街案内パンフレットをもらったのでヨシとする。

 

 夕食用の買い物を終え、まだ明るいが宿に戻った。ところが家の鍵が開いていない。23度、「おーい」と声を上げると、しばらくして3階の窓から、オバチャンが顔を出した。にっこり笑って「アラアラ、ちょっと待っててね」とばかり顔を引っ込める。

 

 オバチャンはなかなか降りてこない。待ちぼうけで何となしに辺りを見回すと、道の向こうから東洋人らしき青年が1人歩いてくる。日本人のようにも思える。丸メガネ、背はさほど大きくない。早足で近づいてきた。声をかけるかかけまいか迷いつつも、彼の行き過ぎるのを眺めていたその時、その青年が「あ、日本の方で」と声をかけてきた。思わずこちらも「あ、どうもこんにちは」と恐縮する。

我々が旅行者だと知ると彼は「こんな寒い時期に、物好きですね」と小さく笑った。彼はどうかと問い返すと「いや、僕は仕事で・・・早く日本に帰りたいんですけど・・・すいません、ちょっと急いでいるので」と、そそくさと去ってしまった。久しぶりに日本人にあったので話もしてみたいが、住所も名前も聞かずじまいであった。

 

 ところで、教会の絵を見ていると、若いキリストの他にもう1人、白髪白ひげのジイサンが、キリストの上にいることがある。これは、父子が合体されていないということなのか、どうか。そういえばバチコヴォの僧院の絵では、マリアの腕の中にいるキリストが、本当はカワイイ赤子であるところが、すでに成人した姿をしており、しかも手のひらサイズのこびとのように描かれているのが面白い。イスタンブールのフレスコやモザイクでは「強いキリスト」という印象を与えるものが多かったが、それはきっと帝国ビザンチンの偉大さを示すものであったのだろう。ぎゃくにアルメニア教会のような「如何にキリストが権威に虐待され続けたか」については一つも触れていない。要するに、キリスト教といっても、立場によっていろいろ表現の仕方が変わるということだろう。

 

 僕のザックの中には、4年前にブルガリアで買った電熱簡易湯沸かしが入っている。いままで使わずに来たが、ここで初めて役に立った。

 昨日は僕もユウコも毛布2枚ずつで寝たが、それでも寒いので今日は寝袋を利用し、僕は寝袋と毛布1枚、ユウコは毛布3枚で寝ることにした。

 

**

 

1212日(土)ヴェリコ=タルノヴォ 薄曇り後晴れ

 

【ついに寝袋のパワーを発揮するときが来た】

 寝袋のパワーは絶大で、昨晩はぐっすりと眠ることができた。なぜ今まで気がつかなかったのだろう。ユウコも3枚毛布で快適だったようだ。

 おいしい朝食をとり、朝9時出発。雪の坂道に足を取られながら街の中心(ツェントル)まで15分ほど歩き、13番のバスで鉄道駅へ向かう。

 

1022分発のルセ行きに乗る。列車は5分ほど遅れてやって来た。タルノヴォからの乗客は多いが、これは少し行ったところのゴルナ・オリャホヴィツァで、西へ向かうソフィア行きExpress、あるいは東の黒海沿岸ヴァルナ行きExpressとの乗り継ぎがあるためのようだ。列車は鈍行だが順調に走る。オリャホヴィツァからはお客も少なく、快適である。

 

【ルーマニアとの国境ルセの町】

 ウトウトして、ふと目覚めると、大きな町らしい駅に着いている。時計を見ると午後1時半だ。通路では降りる人乗る人、慌ただしい。

「ここはどこだろう」とキョロキョロしていると、同じコンパートメントに座っていたおばちゃんに「ルセよ」と言われ、慌てて身支度をして降りる。

 

ルセの駅は大きい。インフォメーションでの案内によると、ブカレスト行きは625 1400 154513本。ただし2日先の予約はできないとのこと。いま降りた列車が、そのままブカレストまで行くのだろうか?

 

 駅から街の中心まではかなり距離があったが、荷物を背負ってエッチラオッチラと歩く。プライベートルームの斡旋をしているDunav Tourを頼りにしたいが、今日は土曜日のため休み!

 そこで安宿を求め、地図を見ながらホテルバルカンに行くと、そこにはレストランしかない。聞けばホテルはつぶれたとのことだ。レストランのトイレを掃除していたオバチャンに「ヘリオスが良いわよ」と勧められ、来た道を戻る。

ホテルヘリオスは115ドル。部屋は多少古びているが、狭いながらもシャワールームがあるし、トイレもあるのでここに泊まることにした。フロントで愛想の悪いオネエチャンが「先払いよ」と言うので100ドル札を出すと「お釣りがない」と言う。しかたなく、再び町へ出て両替所をさがす。土曜日の午後とあっては閉店のところばかりだが、なんとか開いている店を見つけ、お金を崩してもらった。両替所もそうだが、土曜日の午後とは良いながら、わりと開いている店があるものだ(もちろん、閉まっている店のほうが圧倒的に多いけれど)。

 

 この町にはマクドナルドもある。家族連れで賑わっている。

 

 今日はよく晴れている。天気が良いと気分も良くなる。こうなると、先を急いで今日か明日にでもブカレストに向かいたいところだが、土日なので避けたほうが良い。ヨーロッパ旅行では土日の移動を避けるべきだ、というのは、バックパッカーの間では良く知られている。いずれにせよ、このルセの町の雰囲気も悪くないので、週末をここでのんびり過ごして、月曜日の朝一番の列車に乗って、いよいよルーマニア入りだ。駅のインフォメーションで言われたとおり、チケットは明日買いに行けばよい。売場の営業時間は90017002300600とのことだ。へんなの。

 

**

 

1213日(日) ルセ 快晴 良い天気

 

【休養日】

 今日は休養日だが、明日のチケットを入手することと、両替をするという「仕事」がある。チケットは「予約不可」ならば、料金だけでも聞いておく必要がある。

 

【旅の疲れ、旅の悩み】

 「今日は一日のんびりしよう」と安心したせいか、あるいは本当に疲れているのか、朝から体がだるい。

ユウコは最近、今後のこと、とくに金銭面について心配しているらしく、夢でうなされるらしい。

このところ僕が「ウクライナに行きたい」という話をしていたのを真に受けていたようだ。すまん。

 

しかし、そういう悩みがあることを知ると、我々の旅はなんなのか・・・と、つい考えてしまう。とくに今日のようにポッと時間の隙間ができると、すぐ悪い方向に思考が行く。それを避ける意味でも、どんどん進んで行くべきなのだろうか?

しかし、事実として、最近の我々は疲れている。昨日、汽車の中でも呑気にぐうすか寝ていたし。

疲れもあるが、やはり寒さが問題である。まだ12月なのに、ここまで寒い。これ以上、暖かくなることはまずありえないとして、一体どこまで寒くなるのだろう。どこまで耐えられるのだろう。ハンガリーで帰ろうか・・・一気にバンコクまで飛ぶか・・・それならばいっそのこと帰国してしまおうか・・・。

 

寒さに負けたと思われるのは悔しい。しかし、寒さに負けそうなのは事実だ。宿のある日は良い。今日のように、くたびれた宿でも暖を取ることは充分にできる。しかし、我々の今の生活は基本的に移動と宿探しの繰り返しである。外は寒いし、日は短いし、荷物は重いし、雪道では足がおぼつかないし・・・。悲壮感とも切迫感とも言える感覚が、現実として存在する。無理な旅程を立てることは、絶対にできない。これは暑い時期の旅行との決定的な違いだと思う。歩き疲れたら木陰で足を止めて休むという行為は、暑い時期ならできるが、寒い時期にはできない。地面もベンチも凍っているから、腰掛けることもできない。一歩間違えれば寒さに捕らえられ、「死の恐怖」が待っているのだ。

 

 さらに、〜これは長旅にとって危険な考えだと思うが〜 「どうせ泊まるなら少々値段が高くついても快適な宿のほうが良いよなー」と思い始めている自分がいる。現実として「安宿がない」ということもあるが、「安宿探しの旅は、そろそろ返上するべきなのかな」と、思ったりもする。

 

【天気が良ければ全て良し?】

 とかなんとか考え悩んでも、外へ出れば雲一つない青空が冴え渡り、雪の積もった白い世界が際だって美しく見える。太陽の日差しは暖かく、すっかり元気を取り戻し「まだまだこれからだ!」と前向きになる単純な我々なのであった。

 

 日曜の午前中は人通りも少なく、閉店も多い。とある教会を通りかかると、ちょうどミサの最中で、門前では我々を招くオバアチャンもいるが、畏れ多いのでチラリと見ただけでその場を去る。開いている両替屋を一軒だけみつけ、悪いレートながらも仕方なく両替した。駅までのんびりと散歩し、明日の朝のブカレスト行きチケットを入手する。列車が遅れないことを祈る。

 

 再び街へ戻り、さらに北に進んでドナウ川の見えるところまで行く。川の向こうはルーマニアだ。リバーサイドにある高級ホテル・リガの最上階にあるレストランからは“Knockout view of the Danube”が楽しめるそうだが、ここは夜しかやっていない。ホテルのフロントが無人だったのでこっそり15階まで上がり、ホテルの廊下から非常口に出て、そのノックアウトビューなるドナウ川を眺めてみる。川の流れは美しいが、川向こうは平原と工場しかない。値段が高いのを覚悟で夜にも来てみようかと少し考えていたのだが、「はたして、これで夜景を楽しむなんてできるのだろうか?」と疑問に思い、やめる。

 

 午後になると町の通りには人が増え、天気も良く、明るい日曜である。ピエロのような格好をして風船売りに歩く女の子がカワイイ。歩行者専用のアレクサンドロフスカ通りでは、青空市でクリスマスグッズが売られている。

 

 通りの端にある、アメリカナイズされたBar&GrillHappy”は昼間から大盛況。ウェイトレスの愛想も、サービスも、味も良い。が、値段もアメリカナイズで、ちゃっかり10%のサービス料を取っていた。マクドナルドは家族連れでいっぱいで、お子さま向けの「クリスマスセット」に人気がある。決して安い料金ではないが、良く出ている。

 

 夜、2人で今後の旅程など考える。明日は早起きをしなければ。

 

 (ルーマニア編につづく)