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914日(月) アクスー・サナトリウム 朝のうち雨、後曇り、夕方再び雨

 寒い!!

 

【なんとなくアクスーにやって来て、なんとなく帰る】

 朝早く目覚め、しばらく布団にいたのち、6時半ごろトイレに出た。昨日からの陰鬱な雨が続いている。おばちゃんの職場は奥の建物ではなくトイレ横の事務所だったらしく、僕が歩いてくるのに気がつき、建物から出てきて「もう起きた?」と尋ねてきた。本当はもうひと眠りしたいところだが、7時で部屋を空ける約束なので断ることもできない。部屋に戻るとユウコも既に目を覚ましていたので、荷造りと部屋の掃除を始める。7時きっかりに2人はやって来た。よほど待ち遠しかったのだろうか。

 部屋を出たのは良いが、帰りの足はない。日本だったら電話でタクシーでも呼ぶのだろうが、オバチャンに尋ねても「タクシーはない」と言われる始末だ。幸い風呂は朝からやっているので、さっそくひと風呂浴びることにした。

 風呂を浴びたとてタクシーが来るわけでもない。ふもとの村まで行けばバスがあると言われ、歩いて降りることにした。冷たい雨があいかわらず降っているが、フードをかぶれば十分である。道すがら振り返り山を望めば、低い霧が立ちこめ中腹までしか見ることができないが、その様相に驚き、ユウコに「山、見てごらん」と声をかける。ユウコが振り向き、声を出す。「わ、雪だ!」 すぐそこの山まで真っ白になっていた。寒いはずだ。

 山の小さな集落を過ぎ、さらに道を下るとやがて村の集落になり、そして街道とぶつかる三叉路に出た。三叉路の角には小さな空き地があって、ミニバスが数台停まっている。そこでカラコルに行くバスに乗り込む。歩いた時間は1時間半。重い荷物を背負っての、厳しい徒歩であった。

 バスの乗客も運転手もみな好意的で、なにやらいろいろと話しかけられた。

 

【ふたたびカラコルへ】

 カラコルの街へ戻ると雨は止んだ。遠く山を望めば、やはり低い雲が立ちこめている。しかし、気温は街の方が低いような気がする。盆地の影響で底冷えしているのだろう。

 再びお湯のでないホテルカラコルへチェックインすると、ロビーで暇そうにしていたオジサンが流暢な英語で話しかけてきた。彼こそが、ロンプラにも載っているトラベルエージェンシーのヴァレンティン氏なのであった。彼はこのホテルの1階にオフィスを構えている。先日も彼に会えるのではないかと期待していたのだが、そのときは不在だったので、「もはや9月ではシーズンオフで営業していたいのではないか」とユウコと2人残念がっていたのである。その話をすると「いや、営業はしているよ。居たはずだが・・・ふむ、誰かを迎えに行っていたのかもしれないな。電話してくれれば良かったのに」との答えが返ってきた。馬に荷物を積んでのトレッキング、あるいはカラコル市内での彼の民宿への宿泊など、旅のお薦め話をいろいろいただくが、疲れているのか気乗りせず、いずれも断ってしまった。

たしかにガイドブックにも出ているぐらいだから信用できるし、英語も達者で頼みにすれば助かるのだが、ここで彼の手助けを借りるということ、そしてそのために対価を支払うことが、今の我々にはどうにもためらわれた。また、彼の民宿に「日本人の旅行者が2人泊まっている」という話に、我々はまた拒絶反応を起こしたのかもしれない。それは、実に感情的であるのだが、彼らに会うことに対して -彼らがどんな人物であれ- 拒絶感を覚えたのである。ヴァレンティン氏は我々が客にならないと知っても、とくに態度を変えることはなかった。「で、今日はこれからどうするのかね? 私はこの人をトレッキングに連れていくため、私の民宿に立ち寄るのだが、日本人もいるし、君も来ないか?」と、うしろにいた白人女性にちらりと目を向けた。背は高く、髪はショートカットの若い女の子である。ふと、一昨日の鍵騒動を思い出した。背丈を除けば、風貌は似ていなくもない。「いや、我々は湖を見に行きます」と答えると、「みずうみ? なにしに?」と言わんばかり、ぽかんとした表情をされてしまった。

 

【イシククル湖に迫る】

部屋に荷物を置き、歩いてバスターミナルに行くと、ちょうど11時のバスで湖畔の集落МАЯК(マヤク)行きのバスがでるところであった。ロンプラによれば、このバスで途中のスホーイというところまで行くと湖がよく見られるとのことである。

カラコル市街はいちおうアスファルト舗装されているが、郊外に出るとすぐダートになり、道は少々悪い。しかし悪道にもかまわず、ポンコツバスはすっ飛ばす。猛スピードで飛ぶ、跳ねる。ひさしぶりに激烈な40分の移動であった。町を離れて湖に近づくと、雲が切れて晴れ間が広がってきた。

運転手に「ここがスホーイか?」と確認をし、降りる。辺りは高い並木で覆われ、緑が陽光に映える。空はすっかり晴れ渡り、気温も少し上がってきて、我々の気分も上々だ。湖まで歩く。イシククル湖は、北はザイリンスキー山地とキュンゲイ山地、南はテルスキー山地に囲まれている。これらの山地はいずれも天山山脈の西端部に当たり、湖畔からは、これら湖を取り囲む4,000m級の山々を眺めることができる。我々はいま北岸にいるので、湖の向こうに広がるのはテルスキー山地であるが、8合目辺りから上は雲に覆われ、峰峰を望むことはできない。が、雲の下5合目あたりには雪が積もり、白い雪面が鮮やかだ。湖水に近づくと、草はなくなって砂浜というか砂丘というか、砂原が広がる。裸足で歩くと気持ちがよいのだろうが、そこかしこに放牧された動物どもの「落とし物」があるので、できない。湖上は晴れ渡り、水の青さは何とも美しい。ユウコは「南の島に来たみたいだね!」と大喜びだ。

ヴァレンティン氏がポカンとしたとおり、湖に来ても、湖と遠くの山々以外に見る物はなく、ここにたとえば健康ランドとか、あるいは温泉でも良いが、とにかく何らかの「遊び場」があると良いのだろうが、そんなものは今の我々には不要だ。ここのところハズレばかりで、疲れが出ていた我々にとって、ここで見るもの全てがすばらしく、美しく見えるのだった。

湖水に沿って散策する。草地もあり、馬や牛が放牧されていた。牛はともかく、馬は逃げてしまうのではないかと思うがよくしたもので、自由が利かないように両の前足は結ばれている。だから、馬は草を食むため、ヒョコヒョコと歩く。その姿は、やむを得ないとはいえ若干の哀れを誘う。

ひととおり散策を終えたので、良い気分で帰ろうとバスを降りたところまで戻り、ベンチに腰掛け水筒のお茶を飲む。すると、少し離れたところで談笑していたオバサマ方が我々に「どこへ行くの? カラコルへのバスはないわよ」と声をかけてきた。バスは早朝にしか無いという。今は午後2時前で、「夕方も無いのですか?」と尋ねると「バスは朝しかないわよ。ずーっと歩いたところに集落があるから、そこからならあるわよ。だけど、ずーっとあっちよ、ずーっと」と、道の先に腕を伸ばして、他人事のようにワハハと笑う。まだ時間は早い。最悪、ここからカラコルまで歩いたとしても日が暮れる前に着くだろう。それに、その「ずーっと先の集落」まで行けば何とかなるだろう。とちゅうでタクシーを拾っても良いし。とにかく、ここにいても仕方がないので、我々はバスで来た道に沿って歩き出すことにした。

 

【タクシーなのか、どうなのか】

ダートの街道には車の通りがほとんどなく、辺りは草っ原で、カラコルに向かう我々の左手には山が迫り、右手は湖から離れ、草地が広がる。30分ほど歩いたところで後ろから車がやってきた。手を挙げると車は停まり、運転手が顔を出して「どこへ行く?」と聞いてくる。僕が「カラコルまで、40スムでどう?」と言うと、「それじゃあ安いな。50だ」ということで手を打った。助手席には「先客」がいて、運転手の言うことには「彼を途中の町まで送るところなので、少し遠回りするけど、いいよな?」

2人のオヤジはいずれもロシア語しか話さないのだが、我々が理解している・いないに関わらず、運転手のオヤジはべらべらとしゃべる。僕の知っている単語をつなぎ、彼の話しぶりから推察するに、だいたいこんなことを言っているように思う。「ソビエト時代はよかった。資本主義のせいで、俺はもといた会社をクビになり、今ではしがないタクシーの運転手だ。エライ奴ばかり金持ちになりやがって。今に我々はアメリカをやっつけてやる! レーニン万歳だ!」と、右手を高く掲げてレーニン像のポーズ。はじめは陽気だった口振りがだんだんと機嫌が悪くなり、我々にあらぬ危害を加えるのではないかと思うと怖い。「おまえら、キャピタリズム(資本主義)か?」と詰め寄られたのには参った。

しばらく畑の広がる中を走っていると、運転手のオヤジが「あれはパヒュームだ」と、沿道を指して言う。とつぜんのことできょとんとしていると、今度は大きな声で「マリファナだよ!」と言って、ガハハと笑った。つまりマリファナが畑に自生しているということになる。言われてみれば「マリファナの草って、あんなかんじだよね」と思えるような植物が、そこかしこに生えている。この畑は既に刈り取りが終わり、草ぼうぼうになっているのかと思っていたが、あるいはマリファナ畑なのだろうか。それにしてはかなりの量だ。我々はビシュケクでの荷物検査の際、「マリファナは持っていないか?」としつこく聞かれたが、外部からのマリファナ侵入に気を使うわりには、この状態はどうだ。そのマリファナ畑には豚が放牧されている。豚とマリファナ、なにやら関係があったような気もするが、なんだったか。あ、豚と松茸、豚とトリュフだっけ。

道の途中で婦人を1人、客として拾う。あるいは知り合いのようでもあり、我々を話題に盛り上がっている。何を言っているのかは分からない。どうも金のことが話題になっていたようだ。我々の支払いが多すぎたのか、なんなのか。婦人は5分ほど乗って降りた。

やがてふたたび右手に湖岸が迫ってくる。行き先の向こうには入り江の町が見えてきた。船が何台も停泊している。漁村というには豪華な町並みである。どことなくリゾート地の様相だ。我々が不思議そうに眺めている様子に気がついたのか、助手席のオヤジが「ここは金持ちのための別荘地なのさ」みたいなことを言う。すると機嫌を直していた運転手がふたたび語気粗く「パジェンダ!」と叫んだ。パジェンダとはロシア語だろうか。彼はもう一度、誰に言うでもなく「パジェンダ」とつぶやいた。結局意味は分からない。

15時半にカラコルに到着した。

タクシーの運転手は、「資本主義のおかげで暮らしがずいぶん変わった。昔はみんな一緒だったのに、だんだん差がついた」と、さぞ嘆かわしいという雰囲気であった。レーニン崇拝者なのだろうか。そのパジェンダで通りがかったレーニン像の前でも、「おぉ、あれだよ」と、車内から表敬のポーズを取っていた。

その一方、「日本人とキルギス人は似ているな」と笑って、我々の気を和ませたのも彼であった。

しかしそれにしても、こうして地元の人々と接するとき、自分に「語彙」が無いことを改めて実感する。もっと言葉を勉強しなければならない。いまのところ中央アジアではロシア語がいわば「共通語」のようだが、いずれ諸国がロシア離れする日が来るのだろうか? いやいや、ロシア人も多いのだし、そうはいかないだろう。

 

【お気に入りの食卓?】

この日、宿での食事に買ったオイルサーディンは子持ちシシャモのような魚で、とても美味しかった。いつも黒い缶詰を買うのだが、中身は微妙に違っている。缶を表記内容を研究すれば違いを発見できると思うが、まあなんにせよ缶詰についてはアタリが多い。また、今日のパンは非常においしかった。しかし失敗はワインである。安物ワインは砂糖が入っているので甘ったるく、健康にも悪そうな味がする。言うなれば、超激安パック酒を買っているようなものだろう。今後は気を付けよう。

 そうはいいながらも、その安ワインで2人して酔っぱらい、御機嫌である。

 

 湖畔の町をいくつか立ち寄ったあとでビシュケクに行くことも考えていたのだが、山も湖も「じゅうぶん見た」ということにして、明日は一路ビシュケクへ戻ることにする。都会に戻ると思うとホッとする。それは、知っている町だからというのもあるだろう。宿泊先も目星をつけてあるし。