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93日(木) 晴れ アルマトイ

37日目。中国で買った新しい日記帳をスタートさせる。

 

【バスでスリに遭う】

 昼前に乗ったバスで手帳をすられた。ズボンのポケットに入れてあったのだが、リャーナの家に帰ってみると、ない。よって、8/16後半から9/2の日記が失われたことになる。残念ではあるが、盗まれたのが財布でなかったのが不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。おそらくは手帳の入っていた左のポケットを無防備にしていたせいだろう。ポケットの上ぶたのボタンを留めていなかったのも悪かった。

 あのバスは比較的混んでいた。我々は乗り口付近に立っていた。今にして思えば、2人ほどいた若者が妙に近づきすぎていたように思う。そして、妙にズボンの右側、つまり財布の入っているポケットの側がモゾモゾするなあと思って移動したのだった。あのとき、すでに左側はやられていたことになるか・・・。

 

【音楽博物館】

 音楽博物館へ行く。弦楽器、管楽器、口琴などいろいろとあり興味深いが、説明が全てロシア語なので地名ぐらいしか読みとることができない。ここには音楽ホールもある。館内のオヤジが簡単な英語をしゃべるらしく、我々がひと回りしたところで話しかけてきた。そこで「ここでコンサートもやるのか」と尋ねると、「今日も明日もない。昨日はあった」と残念な答えが帰ってきた。我々が音楽に興味を持ったことにより、まず彼はみやげコーナーにある音楽テープを薦めてきた。売り子のおねえさんもいたが、売られているものはどれも値段が高い。断って立ち去ろうとすると、オヤジが引き留めた。「ほかにもあるからテープを聴いていけ」と案内されて事務所に入ると、今まさにダビングをしているところであった。事情はよく分からないが、話を聞く限りではそのオヤジが録音に立ち会ったかなんだかで、とにかく安くするからこれを買って行けという。カザフの伝統音楽だから面白いとも言う。よく分からないまま、だまされたと思って1本買ってみた。帰り際、オヤジは御機嫌で、かつ親切であった。「これからどこに行く? バザールに行くのか? だったらスリに気をつけろ。カバンは背負っていては駄目だ。うしろからカッターで切られちまう。カバンは前に、そうそう。それから、財布はカバンの中に入れては駄目だぞ」。

 バザールに行ってみるが、民族色は少ない。電化製品や衣料が目立つ。

 

【警官に捕まる】

 そのまま中心街を散歩する。大通りはレンガ調の石畳で舗装され、歩行者天国になっている。きれいでおしゃれなデパートには有名ブランドの衣料店もあるし、カメラ屋も、スポーツショップも、なんでもある。街の中心には噴水公園があって、晴れた空の下、こどもたちがすっぱだかで走り回っていた。

 天気も良く、平和なひとときである。散歩するのも気持ちがよい。

どこからともなく3人の警官がやってきた。彼らが礼儀正しく挨拶をする。「こんにちは。警察のコントロールです。パスポートを見せてください」。

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 警察の話は、すでに本でも読んだり人から聞いたりしていたので、これは予期される事態であった。中央アジアの警官は -というよりおそらく官僚機構そのものが- 腐敗しており、外人を見つけては「コントロール」と称して尋問し、さまざまな不備を見つけては「罰金」を支払わせる。その「罰金」は公式のものではなく、つまり「賄賂」である。よって、基本的にはすべて本人の懐に入る。つまり下級官僚の小遣い稼ぎなのだ。尋問される外国人旅行者のほうはというと、事情も分からず言葉も分からず、ヘタにごねて事態を悪化させると厄介になるものだから、ついつい言いなりになってしまう、というわけだ。だから、外国人旅行者の取るべき態度はというと、@「分からない」を繰り返し、相手をあきらめさせる。このとき、あくまでも「分からない」姿勢を貫くためには、ロシア語も、現地語(カザフならカザフ語)も、一言も分からないという態度で臨む。自国語で対応し続けるのが肝要とされる、らしい。 A大声を出して周囲の人々の視線を集める。これにより、なんらかの助けなり、そうでなくても、地域住民の目を引くだけで、警察に対する圧力になるらしい。 B徹底して戦う。 Cあくまで真摯に対応し、しかし謂われのない金は払わないと突っぱねる。たとえば「公式な罰金なら支払うので、支払料金を証明する文書を発行して欲しい」などと主張すると効果があるらしい。

ということなのである。罰金は13ドルであったり5ドルであったりと不定だが、監禁された上、100ドル近い「罰金」を払わされた旅行者もいるという。それほど多額の金を取られる例は少ないのだが、だからこそ旅行者もアッサリと払ってしまうケースが多い。それが奴らのやる気を -もちろん公務そのものではなく、「小遣い稼ぎ」のことだが- 助長させている一因でもある。だから、お金を払うことはいずれの側にとって良いことではない。

**

 幸か不幸か、このとき僕らはパスポートを持っていなかった。昨日、カンテングリ社に預けたからだ。こうなることをあらかじめ想定していた僕は、彼らに対して愛想を振る舞い、パスポートのコピーを見せた。僕の予定では、これでおしまいである。あとは「パスポートは旅行会社に預けてある」と言えばよいのであった。ところが、僕の目論見は外れた。

 警官の顔つきが険しくなった。「これはパスポートではないな」「それはコピーです。パスポートは旅行会社に預けてあります」「おまえはパスポートを持っていないのか?」「だから旅行会社に・・・」「おい! 外国人がパスポートを持っていないのは問題なんだ! 外国人はパスポートに外国人登録をしなければならないんだ!」「だから、外国人登録をするために旅行会社にパスポートを・・・」「旅行会社なんて関係ない。いま、パスポートがないことが問題だ。ちょっと来い!」。

まるで埒があかない。すぐそばの派出所みたいなところに連れて行かれる。するとそこには先客がいた。アラブ系の3人の男である。英語を話せるので事情を聞くと、彼らはドバイから来ているのだそうだが、事情は僕らと同じく、ビザ申請のため、ある国の領事館にパスポートを預けていたために捕まってしまったのだそうだ。彼らは論争を終えたあとのようだがすっかり疲れきっており、あきらめの顔も見せている。3人ともロシア語は「しゃべれない」のだと言う。

 派出所の奥には監獄があった。警官どもが我々を脅す。「パスポートを持っていない奴は、あそこに入れてしまうぞ」。ロンプラによれば、こういう詰め所で数時間も拘留された例もあるのだそうだ。ぞっとする。

 僕が警官に「だれか英語を話せる人はいないのか?」と尋ねても「俺達はロシア語をしゃべっている」と答えるばかりだ。ここはカザフスタンである。警官はいずれも白人ではない。つまり、ロシア語が国際語というわけだ。

所持品チェック。財布の現金のチェックもされる。「腹巻きの中身は見せることはない。ボディチェックまではしないだろうからね」とユウコに話す。彼らは藁半紙に、実にもっともらしい綿密なレポートを書いている。パスポートのコピーを調べて1人が言う。「このコピーには登録の印章がないぞ」。僕はつたないロシア語で、「パスポートはカンテングリという旅行社にある。ここに電話があるのだから、ここから電話してくれ」と、アルマトイの地図に載っているカンテングリ社の広告を見せつつ頼むが、彼らは「カンテングリなんて知らねえ」と、にべもない。

 

【本署に連行される】

 ほどなくして1台のジープがやってきた。すこし偉そうな丸い男がやってきた。我々もドバイ人も彼と握手して挨拶を交わす。彼は愛想がよい。我々も極力愛想を良くするしかない。ジープに乗せられた。5人乗りに8人が乗り込んだ。うち3人は警官である。ユウコは僕の膝の上に乗る。本署にでも連れていくのだろう。丸い男は愛想が良いというより、この事態を楽しんでいるようで、ドバイの人々には「オスマン」と言っては笑い、我々には「ニンジャ、サムライ」と言ってはゲラゲラ笑っている。「カザフスタンは平和で良いぞ。タジクは戦争して、もう終わりだ。ギャハハハ」。

 本署に着いた。ドバイの人々はジープに残り、まず我々2人が降ろされる。丸い男が同行し、取調室らしいところに連れて行かれる。その部屋には、先客も何人かいたが、部屋の一角に監獄があり、なかには外人が、何人も入っているではないか!!

 監獄は2つあった。左の監獄にはアラブ人らしい、髭の濃い男が3人ほど。右の監獄には金髪の女性と、東洋人風の若い男性。僕は恐怖を感じた。監獄にまだ入っておらず、手続きを待つ外人もいる。我々も彼らと同様に連れて来られたのだろう。丸い男が我々2人に付き添い、立って待つ。

 さきほどのジープの中でこの丸い男は「すぐ済むヨ」みたいなことを言っていた。彼はここでも「だいじょうぶ」みたいなことを言っては無責任な笑いを見せる。そして監獄に目配せをして「こっちの男はコリアだ。女はドイツ。あっちの奴らはアラブ人。みんなつかまっちまった、キャハハ」と笑う。

やがて管理職風の偉そうな白人が現れた。丸い男が我々のパスポートコピーを片手になにやら説明し、その白人上司は僕らを見る。その後、彼は我々に背を向け、違う警官からの話を聞いている。ジープからここまでの会話を聞く限り、丸い男はドイツ語が少し分かる様子だったので、僕は彼にドイツ語とロシア語で話しかけてみた。「僕らのパスポートはカンテングリという旅行会社のもとにある」。すると、彼は申し訳ないという顔をして上司の背中を指さす。「俺に言っても駄目だ。判断するのはコイツだ」ということらしい。つまり、街中の警官には判断能力が無く、とにかく怪しい外人は全てしょっぴくという態度で臨んでいるのである。

指示が出て、我々は隣の別室に連れて行かれた。取調室風のその狭い部屋にはロシア人らしい若い男性が捕まっており、警官の立ち会い指示のもとで調書らしきものを書かされていた。我々はドアのそばで、またも立ちんぼである。するとさきほどの上司がパスポートコピーを片手にやって来て、僕に聞いた。

「このトップアジアという旅行会社はアルマトイにはないぞ。どういうことだ?」

僕とユウコはあぜんとして目を合わせた。彼はカザフスタンとキルギスタンのビザを見間違えていた。それは無理もないことなのだった。日本にはキルギスの大使館が無く、ビザ発行等の業務はカザフの大使館が兼務している。だから、我々の持っているキルギスのビザはカザフのビザとデザインが同じなのだ。だから混乱させないためにキルギスビザの上部には「キルギスタンのビザ」とスタンプが打ってあるのだ。ビザが2つ並んでいるのだから、片方がカザフ用、もう片方がキルギス用、というような推測がどうしてできないのだろう。それに「キルギスタンのビザ」とロシア語でスタンプされているのに? と思いながらも、我々はすべてを説明した。見せられる誠意は全て表す。言える事実は全て伝える。そうでなければ捕まってしまう。文字通り「必死の覚悟」である。

「こちらはキルギスタンのビザで、招待先のトップアジアはビシュケクにあります。カザフスタンのビザはこちらで、招待先のカンテングリはアルマトイにあります。OVIRへの外人登録のため、パスポートは彼らが預かっています。カンテングリに電話してください。電話番号はこちらに書いてあります」。

すると上司は「あぁ、なるほどね」という顔をしたあと、「君たちは帰って良いよ」と手で、厄介者を追い払うように、しっしっと合図した。丸い男はいなくなっていた。

 

【何ごともなく解放されたが】

ジープに戻ると待っていた警官が「終わったか?」とロシア語で尋ねる。僕は「終わったよ」と日本語で返す。ドバイの人々に聞かれる前に僕は語った。「我々は何の問題もありませんでした。だからあなた方にも問題はないでしょう。幸運を祈ります」。

ここが街のどこに位置するのか分からないが、ジープの走りぶりから推定して、適当に歩き、バス停を見つけてバスに乗りこむ。

「最終的にはコピーがあったので事なきを得たのかもしれないね」とユウコが言った。そうかもしれない。コピーがなかったら、取り調べはもっと長時間で、かつ厄介なものになっていただろう。我々も捕まっていただろうか。あの監獄に?

ともあれ愉快な体験ではないので、再度このような事態になっては困る。そこでふたたびカンテングリへ赴き、パスポートのコピーに社印付きで、一筆したためてもらうことにした。ターニャに事情を話すと少し驚いた様子であったが、彼女は我々のパスポートのコピーにロシア語で数行ほどの文章を書き、会社のスタンプも押してくれた。そして同時に、以下のことも教えてくれた。「OVIRに申請しているパスポートは7日(月)に戻ってきます。ウズベキスタンのInvitation9日(水)にFAXが来ることになっているので、その日の午後に来てください。車で一緒に大使館に行きましょう」。

 

 

ユウコは昨日、帽子を無くしたらしい。バザールでたくさん買い物をしたので、荷物のどさくさでどこかに落としてしまったのだろうか。僕の日記と併せ、昨日今日は失せ物が多い。日記はかえすがえす残念だ。今までは「こんなもの金銭的な価値はないから、なくなっても仕方ないや」と思っていたが、いざ無くなってみると、非常に悔しい。金にはならないけれど、我々にとっては財産である。我々の旅の記録が残る貴重な物なのだから・・・。

それにしてもOVIRである。あのオフィスは我々のような外人が行っても埒があかない。それを考えると、第1泊目はホテルに泊まるのが正解なのかもしれない。そうすれば外人登録はホテルで自動的にやってくれる。多少金は掛かるが、「申請代行料」と思えばよい。しかしそれでも23日はパスポートを預けることになるわけで、それを警官にとがめられてはかなわんのだ。「パスポートコントロールは国境でやっとるがな」と言ってやりたいところだが。