96日(日)アルマトイ 晴れ

今日は日曜日。バーバリャーナとナーディヤは、平日は早起きであるが、昨日の土曜日、そして今日の日曜日は、朝はゆっくりしている。

 

【バラホルカの日曜バザール】

我々は今日も早起きし、バラホルカの日曜バザールへと向かう。

日曜バザールのことはロンプラに書いてあったので興味をそそったが、バーバリャーナの家からではアクセス方法がわからなかった。そこで昨晩、バーバに「日曜バザールに行きたいんだけど」と尋ねてみると、「それならバラホルカに行くと良い」と教えてくれた。

「バラホルカに行くにはね、まずフルマノフ通りに出なければならないわ。いつもバスで家に帰ってくるでしょ、あの通りはレーニン通り。フルマノフ通りは、家の裏側を走っているの。バス停には人がいるから分かるわ。そこで560番のバスを待ちなさい。他にもバスが来るからね。だけどじっと待つのよ。16番もだめ、やりすごす。48番もだめ、やりすごす。560番が来たら、『それ!』と指さして、乗り込みなさいよ!」

彼女の話を分かったような分からないような顔をしていると、彼女は笑って続けた。「分からなかったらバス停で『チェラベク』に尋ねなさい」。その『チェラベク』が分からない。手元の辞書で調べると「人間」という意味であった。「ああ! チェラベクね。はい、チェラベクに尋ねます!」と声を上げると、バーバはますますおかしそうに笑った。「バラホルカに行くには『ラハート』か『バラシュ』というところで降りると良いわ。まあ、でも、人もいっぱい降りるし、周りも人と車でいっぱいだから、すぐに分かるわよ」。

ともあれ、無事に560番のバスに乗り、20分ほど揺られて、買い物客らしいオバサン達につられてバスを降りる。なるほど、バザールはやたらと広い。中国の市場とおなじく、露店がずらりと並んでいる。衣服と靴の店が目立つ。生鮮食品の店がほとんど見あたらないが、もしかしたら営業は早朝だけで、すでに店じまいしたのかもしれない。また、ここには動物市場もあって、それが面白いという話がロンプラにも出ていたが、しかし見つけることはできなかった。

バザールの一角にある広場に大型バスの溜まり場がある。行き先を見ると「タシケント」「ビシュケク」の文字が多い。このバスはバザールツアーなのだろうか。お客さんはみな大量に物を買い込み、バスに積むのが大変そうだ。横で見ていたら客引きに「乗るか?」と声をかけられた。

全体として、バザールそのものには大きな感動はなかった。お昼に食べた串焼きが大きく、不思議に思っていたら、これは鳥のもも肉であった。

 

【ドル、ニェット】

夕方、部屋で休んでいるとバーバとナーディヤが入ってきた。彼らが我々の部屋にすすんで入ってくるのは珍しい。まずバーバが口を開く。しばらくしゃべって、ナーディヤが横から「Exchange」と言う。身振りと併せて察するに、両替を所望しているらしい。我々に申し訳なさそうな表情で、力無く喋っている。

バーバの説明はロシア語によるもので、横のナーディヤはいわば英語の通訳としてやって来たわけだが、そのナーディヤも残念なことにたいして英語を話せるわけでもない。さきの「Exchange」よろしく、要所の単語をポツリと出すことで、彼ら2人の意図を理解させたいというわけだ。それによると、「今日、銀行にドルがなくなってしまった」という。

「ドル、ニェット」。

我々は驚愕した。それは我々にとって非常事態なのではあるまいか?

いや・・・。我々はむしろドルを銀行に提供し、テンゲを買い取る立場にあるのだから、それほど困った事態ではないのではないか。が、彼らの様子は、銀行にドルが無くなることにより、我々に困難が訪れることを心配して、わざわざ両替を申し出てきたように見える。あるいは、我々の再両替のことを心配してくれているのかもしれない。当然ながら、カザフスタンを出ればテンゲは不要になる。不要のテンゲはあらかじめドルに再両替するに限る。しかし、そのとき銀行にドルが無かったならば? これは我々にとって大きな問題である。

だがしかし、彼らがそんなことを心配するのだろうか。なぜ心配する必要があるのだろうか。そこまで旅行者の事情を熟知しているとも思えないし・・・。

 

「両替をしないか」という彼らに対し、僕は「なんのために?」と尋ね返した。なんのために、あなた方と両替をする必要があるのか、僕には分からなかった。だいいち、彼らがドルを欲しているのか、それともテンゲを欲しているのか、それもよく分からなかった。我々のもとには今のところドルもあるし、当座の生活に困らない程度のテンゲも持っているから、ここしばらくは銀行の御世話になる予定はない。現在の手持ちの金において、これ以上ドルが減るのも困るし、ドルが増えても、結果的にテンゲが減るので、やはり困る。我々のことを心配して両替を申し出ているならば、それには及ばない。

 

しかし反対に・・・彼らが両替をしたいとしたら・・・?

しばし考える。バーバは「ドルは、こーんなに上がって」と右手を天井に上げ、続いて「テンゲは、こーんなに下がって」と右手を足下へ。「さらに、ルーブルはこーんなに下がった!」と、しゃがみ込んで右手を床につける。ナーディヤも笑うが、元気はない。むしろ深刻である。

僕は笑って見ていながらも、なお2人の真意をはかりかねていた。仮に彼らが困っているとしよう。いま、僕がドルを供出してテンゲを得ることについて、我々に何らかの意味があるだろうか? ぎゃくに、テンゲを供出して彼らからドルをもらうことについて、我々に何らかの意味があるだろうか?・・・。

「銀行にドルが無くて、バーバは銀行からお金を下ろせなかったってこと?」ユウコが僕に尋ねる。「それとも、彼女の手元のテンゲをドルに替えたいってこと?」「なるほど、それで銀行に行ったら『ドル ニェット』と言われた、と・・・」。インフレのカザフにおいてはテンゲの貯金よりもドル貯金の方が、金利の面で有利だし、暴落の心配もないのであろう。「つまり、彼らはドルが欲しいということか・・・」僕がつぶやく。ユウコがうなずく。

「我々がドルを渡す。我々はテンゲを得る。我々のドルは減る。我々のテンゲは増える。しかし、いずれテンゲは余る。我々は銀行で再両替をすることになる。しかし、そこでドルが無いとすると・・・我々にテンゲだけが残る。次の国に行く。もはやテンゲは紙屑になる」。それは困る。

結論として、我々にとっては両替をする意義はない。ならば彼らのために両替を「してあげる」かどうかだが、両替するにしてもレートをどう決めれば良いのだろうか? 些細なことで金銭トラブルの元にならないだろうか。我々としては御世話になっている以上、多少のサービスをしてあげたい気もする。しかし、それをすることによって彼らが「おかしな味」を覚えてもらっても困るし、それに長い目で見た場合、サービスをすれば自分たちが困ることになる。

だが待てよ。彼女たちが既に「おかしな味」を知っているのだとしたら・・・。

「うーん」とユウコ。「気が乗らないなら、やめたほうがいいかもね」。

それでもなお僕は考えた。「ドルが欲しいというならば、宿代をドルで払うのはどうだろう」と、ユウコに言ってみる。しかしユウコは「それこそレートをどうするかが問題になるんじゃない?」と言う。もっともだ。1ドル=80テンゲとして、1500テンゲの宿は6.275ドルである。これでは毎日の支払いをどうすれば良いというのか。「6ドルと20テンゲで払うか・・・そうすれば4泊で24ドルと80テンゲ。このテンゲを1ドルに換算して・・・」。

めんどうくさくなってきた。

我々が長いこと悩んでいると、彼らは悪いと思ったのか「いいのいいの、気にしないで」と部屋を出た。

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それがロシアの金融危機を意味していると知ったのは、この年の冬、4ヶ月近くも経ってからのことである。

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バーバリャーナからの情報によれば、ビシュケク行きのバスはサイラン・バスターミナルから出る。サイランへは、レーニン通りを北に上がって、アバイ大通りへ出てからそこで19番のトロリーバスに乗ればよい。トロリーは西へまっすぐバスターミナルへ向かう。ビシュケク行きのバスは朝789時の発車。所要5時間。500テンゲぐらいではないか、とのこと。 外人料金を覚悟しておこう。