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911日(金)アルマトイ 曇り

 

10日間のショートホームステイからの別れ:次の旅へ】

 ビシュケクへ発つべく、6時起床。バーバとナーディヤは既に起きていた。「今日は早いネ」とバーバが笑う。ユウコと2人で朝食を取り、荷物をまとめ、部屋を片づける。ナーディヤにここの住所を書いてもらう。ユウコが御礼にと絵はがきをあげる。バーバから別れのキスと抱擁をいただく。はからずも、ユウコとバーバは涙の別れとなった。ナーディヤは終始笑顔で、最後に「パカー(またね)」と軽く手を振った。

 

 レーニン通りのいつものバス停から、バスの4番に乗り込む。アバイ通りとの交差点で19番のバスに乗り継ぎ、街の西にあるサイラン・バスターミナルへ向かう。

 目指すキルギスタンの首都ビシュケクへは、アルマトイからのバスが頻発しており、855分発のバスに乗ることができた。日本の大型観光バスと同じタイプだが比較的新しく、そして清潔である。座席はチケット購入時に決められるので席取り競争もない。チケットを買わない飛び込み乗車はできないから、バス待ち行列も紳士淑女的な落ち着きがある。人民の多く住まう、喧噪と雑多の国とは大きく違う。

 街道の舗装状態も良く、バスはすいすいと走る。景色も良い。街から郊外へ出るとしばらくは畑が広がるが、やがて牧草地となる。秋、黄色く色づいた草原が続く。平原にはどこまでも草木が存在し、つまり生命がある。ここには新疆のような、なんともやり切れない荒涼さは感じられない。

 順調に走っていたバスが突然停まった。時計を見ると1020分である。前には車の行列ができている。はて、もう国境まで来てしまったのだろうか。事情の分からない我々はのんびり待つばかりだが、地元の客は落ち着かない。彼らの様子からすると出国審査の行列のようにも思えるのだが、「それにしてはおかしいぞ」「いつもと様子がちがうぞ」という雰囲気もある。あるいは事故なのかもしれない。「国境が封鎖してこの道は通れない」「畑の向こうの街道だったら行けるんじゃないか」という声もある。バスの運転手も苛立っている様子だ。

 ビシュケク方向車線は、車が数珠つなぎになってしまった。アルマトイ方向車線には車は無い。そこをパトカーがものすごいスピードでビシュケク方向へと通り過ぎた。そしてしばらくすると、同じパトカーが、またしてもものすごいスピードで帰ってきて、街の方向へ行き過ぎる。すれ違いざま、スピーカでなにやらわめいている。ユウコが言う。「街から逃げた悪者を捕らえるべく、国境封鎖をしていたらおかしいね」。そういえば、ここまでの街道筋には警官が立っていた。あれはそういうことだったのだろうか。

 

 しばらく停車していたバスは、このままでは渋滞が解消しないと判断したのかUターンしたかと思うと、すぐに畦道のような側道に入った。このまま、さっき話の出た「隣の街道」に行くのか? と思っていると、バスは脇の草地で停まり、お客が全員下ろされた。みな不承不承だが、神妙にバスを降りる。ほかの乗用車も同じように側道に移る。沿道の警官による指導らしい。我々バスの乗客のそばにパトカーが停まった。警官が我々市民に指示を出すべく、怒鳴り散らす。パトカーがものすごいスピードで行き過ぎつつ、サイレンを鳴らし、ヘッドライトをびかびか照らしている。

どうやら、悪い犯人を追いかけているのではなく、偉い御方がここを通るらしい。バスの客はみな野次馬見物とばかり道路に近づき身を乗り出して待ちかねる。沿道に立つ警護の警官が「道に出るなー!」と大声を上げる。ふたたびハイスピードのパトカーと、スピーカの声。街道に立つ警官はみな直立不動の姿勢をとる。アルマトイ方向からヘッドライトをハイビームで照らした車の一団がやってきた。まずはパトカー。続いて黒塗りのベンツが数台。最後にまたパトカー。ものすごいスピードで通り過ぎた。街道の警官は直立不動で敬礼のポーズを取った。市民は呑気に野次馬見物だが、警官だけが神妙にしている。

つい、写真を取り損ねた。もっとも、ばれたら警察がうるさいのだろうが。

「偉い人」を見とどけ、日本のような「ご協力ありがとうございました」といった警察からのコメントは全く無いまま、乗客はバスに乗り込む。再びバスが動いたのは11時であった。車が来れば「来るぞ来るぞ」。通り過ぎれば「行った行った。行こう行こう」。お客さんはせわしない

 バスはふたたび順調に走り、うつらうつらしてきたところで昼食休憩(12時半〜13時)。カザフ人の休憩時間は、中国とくに新疆と異なり、ずいぶんと短い。ふたたび出発。いつになったら国境なのかな・・・と思っているうちに、「ビシュケク25km」の道標を過ぎる。その直後に国境ゲートが現れた。しかし、国境とはいっても検査らしいことはまったくやらない。バスが停まって、運転手がドアを開け、そばに寄ってきた役人と挨拶を交わし、それで終わり。荷物チェックはもちろん、パスポートチェックもしない。だから入国/出国スタンプも押されない。税関申告もない。運ちゃんが「ヨッ」と挨拶するだけなのだった。

 

【ビシュケク到着、そしてやはり御挨拶が待っていた】

カザフ時間で14時ちょうどにビシュケクに到着。時差があるのでキルギス時間では13時だ。時計を直す。バスが停まると、待ちかねたように昇降口に人が寄って来た。みなタクシーの客引きである。我々はそれを無視し、バス側面の荷物室で運ちゃんがザックを出すのを待つ。タクシー屋が群がる中で、制服姿の警官が1人近づいてきた。

 中央アジアでは、長距離バスターミナルや鉄道駅等、旅行者がよく利用する施設で警官が待ちかまえていることが非常に多いことは既に知っている。さきのアルマトイの警官事件と同様、こういったところで旅行者の「パスポートコントロール」をおこなうのである。そして、あわよくば「小遣い稼ぎ」をしようともくろんでいる。これに対して真面目に対応するべきかどうかは、旅行者によって意見が分かれる。しかし彼らは「国家権威」なのだから、機嫌を損ねてはマズイ。プライドも高い連中である。心象を良くすることが肝要だ。このような事態をあらかじめ覚悟していた僕は、バスの中で1人練習したキルギス語の挨拶を、自分から率先しておこなってみた。

 「サラーム アレイコム」

言葉を発すると同時に握手を交わすべく、右手を差し出す。警官も右手を出し「サラームアレイコム」と言って、がっちり握手。彼は英語を話せなかった。

ロシア語で「どこから来た?」「旅行者か?」「荷物はそれだけか?」といった簡単な質問を受け、パスポートチェックをし、「付いて来い」と言う。

これに付いて行くべきかどうか、ここも旅行者の間では意見の分かれるところである。個室に連れていかれ、なかば監禁状態で賄賂をせびられてはかなわないが、かといって抵抗をするのもかえって逆効果だ。そこで「どこへ、なにしに行く?」と質問すると、「荷物チェックだ」と応える。

「荷物チェックならここでやればいいではないか!」と、野次馬のいるなかでザックをさらけ出す旅行者もいるそうだが、僕はひとまず従うことにした。

バスターミナルの構内、薄暗い廊下を歩く。「ここだ」と指示され、中に入る。入り口には「POLICE」の表示があるから偽者ではない。が、この国では本物のほうが信用ならないという話も聞いている。中には、バスから我々を連れてきた警官とは別の、制服の警官が1人いた。そして、我々の後ろから、少々ガラの悪い、一見中国人風の風貌をした2人の男が部屋に入ってきた。つまり、制服が前に2人、それと別に後ろに2人、合計4人の男に囲まれていることになる。制服はともかく、後ろの2人は何者なのか、気になる。部屋で待っていた制服の警官が上役のようだ。

彼が我々に「英語はできるか?」と聞いてきた。僕は緊張して身体が冷えていることを実感しつつ、つとめて和やかに質問した。「ここで何をするのでしょう?」「パスポートの荷物のチェックだ。外国人はチェックされる義務がある」。

ふたたび、極力冷静を装いつつ、僕は納得した素振りを見せた。「それは分かった。しかし、この2人は何者だ?」と、後ろに立つガラの悪い2人の男を指して尋ねた。すると上役の警官が答える。「ああ、彼らも警官だよ。おい、身分証を見せてやれ」。私服警官ということだ。

 

 まずはユウコのサブザックからチェックを受ける。辞書、トイレットペーパー、上着を兼ねたレインコート、バス移動中にと買った御菓子、水筒、筆記具、ノート・・・。僕が言うのも何だが、ろくな物が入っていない。そのせいか、大きいザックのチェックは受けなかった。つづいて所持金チェックを受ける。「50,000ドル以上持っている場合は税関に申告しなければならないぞ」と言うので、「僕らは5,000ドルも持っていませんよ」と返答すると、さすがに拍子抜けをした様子であった。

ここまでが彼らの本来の業務なのか、それとも我々が「金にならない」と結論したのか、そのあと「3日以内に外人登録をするように」と言われてチェックは終わった。国境でなにも審査をしない分、こういった場所で入国審査を兼ねたようなことをしている、と思えば納得はいく。しかし、悪いこともしていないのに警官どもに尋問されるのはやはり面白くないし、それに彼らのほうがよほど悪者に見える。とくに私服の2人はガラが悪い。

 

部屋を出ると、タクシーの客引きが1人だけ我々を待っていた。それでも彼の誘いを断り、両替を済ませ、ロンプラで読んだとおり、7番バスで市の中心へと向かう。バスはボンネットのあるフロントエンジン車だが、満席!

ロンプラにも「ビシュケクのバスは多くが『Jam Packed』だ」と書いてあるが、まさにその通りで、荷物の大きな我々はかなりのひんしゅくを買った。荷物を持った移動ではタクシーを使った方がいいかもしれないな・・・と思う。バスは混んでいるし、天井が低く、窓が小さいので外の様子もうかがえず、降りるタイミングを間違え、乗り過ごしてしまった。

 

OVIRとか宿の手配とか】

キルギスタンのInvitationは、Top Asiaという、カンテングリの姉妹社から出ている。外人登録に関しては旅行社に任せるのが確実と考え、ターニャから住所と電話番号を聞いてあった。地図と街の道標を頼りに、ザックを背負ってエッチラオッチラと歩く。バスを降りてから40分ほど歩いて、メモ書きの住所に着いた。

Top Asiaは通りに面したビルの地下1階にあった。ここのオジサン、ジーンズ地のアウトドア用チョッキがよく似合う、体格のがっちりした、韓国風というかモンゴル風というか、そんな男である。僕が「OVIRで外人登録をする手助けをして欲しい。あと、安いホテルを知っていたら紹介してくれないか」と頼むと、すぐに車を用意してくれることになった。彼は英語が余り得意ではないが、お茶を出してくれたりして優しい。

しばらくすると別のオジサンがやって来た。プロレスラーにでもなれそうな、立派な、いかつい男である。彼の運転により、立派なアウディでOVIRへ向かう。15時半までという業務時間は少し過ぎていたが、オジサンはかまわず建物の中をずんずんと進んでいく。我々はわけもわからず、彼が頼りと背中を追う。外人登録オフィスには登録待ちの数人いた。机の上にはパスポートの山があるが、オジサンのネゴ、というかゴリ押しによって、我々の登録は5分で終了した。そしてそのまま、Top Asiaで紹介してくれたビジネスセンターのホテルまで送ってくれた。礼金を払って彼と別れる。

ビジネスセンターは、「安ホテルの中では清潔だ」ということでロンプラでも評価が良く、あらかじめチェックしていたところだったので安心した。英語名だと“Bishkek International School of Management & Business”となるのだが、我々のような外来客も泊めてくれるのはありがたい。2人で113ドル相当。シャワー・トイレは隣の部屋との共同だが、問題はない。

車の手配、OVIRへの口添え、ホテルへの送迎。これで10ドル。労力を買ったと思えば安いものだ。なんといっても、外人登録がその場で済んでしまったのには驚いた。彼らのサポートがなければ、今日1日でことは済まなかっただろう。

 ビジネススクールの近くには緑豊かな公園があり、その一角に小遊園地がある。街の展望を兼ねて観覧車に乗ってみた。緑多く、山の近い街である。とても一国の首都とは思えぬのどかな雰囲気だ。

 

キルギスタンでは、カザフスタンよりも物価は少し安い印象を受ける。

ところで、ロシア人(というより、正確にはカザフやキルギス在住の人々)というのは、意外とせっかちなのではないかと最近思う。もちろん、待つべき時は神妙に待つし、行列のあるときはまるで挨拶のように「最後は誰?」と尋ねる。しかし、バスターミナルでの出発時刻が過ぎると5分もしないうちから「なぜ出発しないの?」とざわめき、偉い人が通り過ぎれば「さあ行こう、すぐ行こう」とせかす。原因を知ることが重要なのかもしれない。理由のない停滞は許されないということか。

 

【今後の予定】

 まずはビシュケクから東進し、イシククル湖東部の街カラコルへと向かい、あわよくばそこで山登りと温泉を楽しむ。そしていったんビシュケクへ戻り、南部の都市オシュを目指す。その途中の町に立ち寄るかどうかはまだ考えていないが、ここらの山を見に行くのもいいだろう。そして三たびビシュケクに戻る。本当ならここから西進してカザフスタンの街ジャンブール、シムケントを経由しつつウズベキスタンの首都タシケントに入るところだが、ウズベキスタンのビザを取るため、いちどビシュケクからアルマトイへ戻らねばならない。

 キルギスの自然も楽しみである。キルギスの滞在は約2週間程度を予定している。この調子で行けば9月末か10月初頭にはウズベクに入れるだろう。

 ビシュケクといい、アルマトイといい、語感が良く、僕は好きだ。タシケントやサマルカンドもそうなのだが、不思議と旅情をそそるのである。だからこそ、この旅路を選んだのだと思うけど。