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930日(水)タシケント 晴れ

 今日の「仕事」は、@安宿探し A手紙用の便せん購入 Bトルクメン大使館に行く C銀行で両替(T/Cを現金に) Dインターネットカフェの発見 とまあ、こんなかんじだ。

 

【延泊するか、より安い宿を探すか】

 朝食はホテルのレストランで食べる。立派なレストランで、小汚い格好の我々はあまりにも不似合いである。クロークのおじさんも、ウェイトレスも愛想がよい。パンと目玉焼き、コーヒーと、まともな朝食・・・というか、旅行者として「正しい」朝食・・・という印象を改めて覚える。観光客らしい外国のお客さんもちらほらといて、独り者、中年夫婦などもいるが、バックパックを背に現れる若者も何人か見た。彼らもここに停まっているのかと思うと、やはり「ほかに選択肢はないんだろうね」とユウコと確認し、「House Marketが無ければここに延泊しようか」ということになった。

 

 それで今日も「House Marketがある」とされるところに行ってみるが、やはり何もない。鉄道駅に行っても、成果はない。ならばホテルを替えようかという話になるが、そのために歩き回ったところで、劇的に安いホテルが見つかるとは考えにくいし、仮に見つかったとしても、サービルの低下も劇的になることは免れない。だから、ホテルタシケントに延泊することにした。そこで1階のレセプションのオバチャンにその旨を伝えると、彼女は「4階の旅行社に許可をもらったの?」と尋ねるばかり。そこで4階に行く。そうすると今度は「君たちの予約はヨルダムチがしたのだから、延泊もヨルダムチを通してやってくれ」と言われ、事務所の電話を借りて連絡を取る。電話口には昨日のオネエサンが出てきて、僕のほうから「もう1泊したいっす」と言うと、「あっそう。お金は明日取りに来るから。じゃあ、オフィスの人と変わってちょうだい」と言うので電話を変わって、あとは旅行社同士でなにやら話して、「了解だ」というので再び1階へ下りて、オバチャンに「OKって言われましたよ」と伝えて終わり。なんとも煩雑で無駄が多く面倒だが、これがシステムなのだから仕方がない。

 

 部屋に戻り、トルクメニスタン大使館に電話する。既にお昼近い。午後に訪れるつもりでいたのだが「午後は休み」とのこと。「明日の10時に来なさい」と言われる。こんなことなら午前中に頑張って行っておくべきであったと反省する。

 

【使い残された日本円T/Cとキャッシング】

僕の懐には、未だ使われていない日本円のT/C2万円分も残っていた。日本円のT/Cは中国で使い切る当初予定だったのだが、なんとなく残ってしまい、カザフスタンに入ってから以降は、「どうせ通用しないだろうから」と、使う意志もなくそのまま残っていたのである。ふだん金のことばかり言っているのにこのようなことになっているのがユウコには意外だったらしく「へー、まだT/C残ってたんだ」と目を丸くしている。タシケントに来たことで、ここは首都との思いが「大きな銀行に行けば使えるのではないか」という期待を膨らませた。そして実際、この街はいままで見てきた中央アジアの諸都市のどれよりも大きく、洗練された街という印象を与える。それは人口だけで比較しても分かることであり、ウルムチの95万人、ビシュケクの67万人、アルマトイの150万人に対して、タシケントは230万人である(いずれもロンプラより。恐らく90年代前半、95年以前の数値)。そんな数値が無くても、街を歩けば、それらの都市と比べた先進ぶりは明らかであった。

 

 ユウコが「体調が悪い」と言う。しかし、今日銀行に行く大きな目的は、ユウコの名義によるカードキャッシングだ。僕はおそらく限度額いっぱいまでキャッシングをしており、次の引き落としは来月の10日だ。手元にもある程度の現金はあるのだが、懐が寂しいのは心配である。やはり余裕を持っておきたい。「頼むから今日は頑張ってくれ」と励まし、2人で国立銀行へ向かう。が、午後2時まで昼休みだというので30分ほど路傍の石に腰掛けひと休み。ユウコは僕の肩にもたれて昼寝をする。

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 国立銀行に行ったのは自分たちの判断だったと思うが、当時ウズベキスタンで唯一、外貨両替の出来る銀行だったのではないかと思う。誰に聞いたのか忘れたが。

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 ユウコのVISAカードが使えた。T/Cの両替について、ダメを承知で尋ねてみると、日本円の両替も出来るという。ただし手続きの関係上、金曜日でないと出来ないとのことである。手順としては@日本円T/Cを日本円現金に換え、Aその日本円をUSDなり別の外貨に両替する、という二段構えになる。ここの銀行に日本円があること自体が意外である。ちなみに銀行の「公定レート」によると、1ドル=105.43ソム、10=7.79ソム、ちなみに1キルギスソム=4.88ウズベクソムとのことだ。

(バザールの両替所レートは1ドル=117ソムである。)

 

 ユウコのカードも使えることが分かり、これで金銭の問題は気にする必要はなくなったが、今後イランに入るまでは、なにかと金がかかるのはお国柄やむを得ないところだろう。ひどいホテルに泊まり、粗末な食事で生活を続けるならば話は別だが、金はあるとて豪遊はできない。しかし、金をかけないように努力しているからと言って、それは「貧乏ごっこ」とは筋が違う。我々の旅行は「いかに安く上げるか」がテーマなのではない。カザフ・キルギスでは予想より安く上がってはいる。しかし、それは結果であって目的ではないのだ。

ところが、イランであればそれが期待できる。「安く上げる」努力をしなくても、自然とそうなる。だって物価が安いんだもの。つまり「安くても十分快適な宿」や「交通費の安い旅」が、その国では可能である、ということに他ならず、逆にウズベクでは、安宿は期待できないのだ。

 

【チェンジ・マネー、ドーラル・イェースチ】

 今朝、朝食からもどって、部屋で出かける準備をしていると、掃除人がやって来た。若い女の子であるが、モップを持って部屋に入るなり、僕に向かって「ドーラル、イェースチ?(ドル持ってる?)」「チェンジ、マネー?」とささやく。両替を持ちかけられているのだ。思いも寄らぬ展開に驚きながら、反射的に「いくらで?」と問い返すと、机の上に指で「210」と書いた。1ドル=210ソムという意味だ。当座のウズベク通貨はあるので「また今度ね」とお愛想笑いをするのだが、ホテルのレセプションでの両替は1ドル=105ソムという張り紙があった。いっぽう、同じホテルの中にある両替所では1ドル=117ソムという掲示がある。実際のところについては今日、銀行に行って確かめてみるつもりではあるけれど、掃除のオネエサンと両替するのは、こちらにとっても悪い話ではない。

 

 バザールの雑貨屋で買い物をすると店のオバチャンがおもむろに「チェンジ マネー?」と聞いてくる。また、街中ですれ違いざまに「ドーラル イェースチ?」と声をかけてくる若者もある。声をかけてくるというより、外人とすれ違うから「言ってみた」という雰囲気だが、いずれにせよ、外貨USDを両替する機会は思わぬところにあるものだ。もちろん、こうした両替はいわゆる闇両替に当たるので違法行為ではあるのだが、レートが2倍とあっては、正規のレートで両替するのはアホらしく思えてくる。タシケントに来る直前、カザフスタンで行った両替レートは1テンゲ=2.95ソムだった。1ドル=80テンゲのレートで計算すると1ドル=236ソムとなり、これはかなり良いレートといえる。ぎゃくに、ウズベク国内での正規レートは悪すぎる。合法だが法外である。エフゲニーさんのアドバイスが、いかに貴重なものであったかと思うと、ありがたい。

 

 もしも銀行レートでソムからドルへの再両替が可能ならば、闇両替との組み合わせ如何によっては金儲けが出来るのではないか、という気もする。もちろん、違法なのだが。

 

【しかし、インターネットサービスは無い】

 インターネットサービスを行っているオフィスはいくつか発見したが、どれも会員制のクラブみたいなもので、インターネットカフェのようにイチゲンさんが出来るものではない。しかも最初の入会金が高く、5000円近い金を取られるとあってはあきらめるしかない。金平の実家へ返事を出したかったのだがメールはあきらめ、中央郵便局の国際窓口からFAXを出すことにした。同じ窓口でEメールサービスもやっているのだが、文章を渡して郵便局スタッフに「打ってもらう」形態なので、今の我々には不向きだ。FAXと比べると料金は4分の1で済むのだが、ローマ字では打ち間違いも多かろう。読むのも大変だ。

 郵便局で日本人のツアー客を見かけたが、声はかけない。ナヴォイ劇場前でも、日本人や中国人のツアーを見た。旅行者は多い。ホテル・タシケントにもバックパッカーが何人かいる。

 

【ウズベキスタンホテルで体感するウズベキスタンのニオイ】

 郵便局のすぐ裏にはバザールがあるので少し冷やかし、食物などを買い出しする。タラのキムチがうまそうなので、ひと袋買ってみた。

 郵便局からアムール・ティムール広場方向へ向かうと、どでかいウズベキスタンホテルが目に入る。約30階建ての、この国では超高層の建築物だが、味気ない建物である。僕はここに泊まったことがある。インツーリスト系のこのホテルは、かつては観光ツアーに来た外人のための「常宿」であった。今日、冷やかし半分に入ってみると、味気なかったロビーは驚くべきほどに洗練され、輸入物のソファやガラステーブルが並び、土産屋も喫茶も、まるで「インツーリスト的」ではなくなっていた。(駐車場に並ぶ団体観光用のバスは皆「インツーリスト」の塗装があるけれど)。

僕が初めて来たときに嗅いだ「ウズベクの匂い」は、ここにはなくなってしまったように見える。しかし、それは本当だろうか。ぜひとも確認をしたくなり、トイレを借りることにした。フロント脇から地下への階段を下りると、外来用のトイレがある。ここには、しかし、いや、やっぱり、ウズベクの匂いが残っていた。それは、雰囲気としての「ニオイ」という意味もあるが、実際上そういう「匂い」がするということでもある。ウズベク人の体臭というのか、クソのニオイというのか、どこか羊臭い、青臭い、なんとも形容しがたいニオイ。しかし、一度嗅いだら忘れられず、トイレに入った瞬間「あぁ! これこれ!!」と口に出る、そんなニオイだ。

僕はかつて、初めてウズベクを訪れたとき、まずこのトイレのニオイが印象的であったのだが、その後、観光地、食堂、飲み屋、バザール等々、現地の人と接するとき、いつも必ず同じニオイがした。だから僕は「彼らは風呂に入っていないのか、それともトイレでケツを拭かないのか」と、真面目に考えたものである。ウズベクにやって来て3日も経ったある日、自分のクソがそのニオイと全く同じニオイを発していることに気づいて更に驚いた。「これは羊肉のニオイだ!」 あのときは、この匂いが街中で感じられたような気がしたのだが・・・。国が変わったのか、自分が変わったのか。