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108日(木) ブハラ 晴れ後曇り 夕方一時小雨

 

【いよいよ腹の調子がおかしくなってきたような】

 昨夜、本を読んでいる間にお腹が始終ゴロゴロと鳴っていた。ヨーグルトが胃をきれいにしているのかとも思い、これで一晩眠れば回復するだろうと思っていたが、朝になっても胃の調子は悪く、昨日に続き、今朝も起きてすぐに瀉痢停片を飲んだ。

 

【素晴らしすぎる朝食】

 朝食を摂りに本館へ行く。御主人らしいオヤジに英語で声をかけられ、外人登録のためにパスポートを預けた。

食堂は123人でいっぱいになってしまいそうな空間だが、内装はすばらしく、気品に満ちているというか、なんだかおしゃべりをするのがためらわれるほど、不思議な緊張感がある。そして、食事はことのほか美味しかった。さすがに宿は観光客慣れしていると言うべきか、西洋人向けの朝食メニューである。すなわち、要するにコーヒーあるいは紅茶とパンケーキとヨーグルトとバターとオムレツとトースト(ナンじゃない!)である。しかし今の我々にはこのような西洋料理を見ること自体、なんだかひどく懐かしいことに思えるのだ。

 

【体調への不安】

 食欲もあるし、美味しく食べられたのだが、胃は相変わらずゴロゴロと不穏なので、大事をとって午前中は部屋で休むことにした。ユウコはことのほか元気で、僕が不調なのをむしろ残念がっていたが、「せっかくだから」と1人で散歩に出かけた。

僕は今まで、ユウコの体調が悪くなるたびに「またか」と思い、呆れ、「体調の管理は自分でするべきだ」とたしなめ、「このままでは予定が狂う」と苛立っていたが、いざ自分の体調が悪くなってみると、彼女に対してはもはや何も言えず、申し訳なく思うばかりである。快方へ向かうことを願いつつ、ベッドで横になる。幸い、吐き気・頭痛・熱などはなく、悪いのは腹だけである。下痢をしているが、朝食後を最後に便は出ず、お腹が張り、始終ゴロゴロ、というより、ボコボコと鳴っている。瀉痢停片が悪い菌をやっつけているような気がする、というより、そうであることを祈りたい。サマルカンドで安いビールと安いウォッカを良い気になって飲み過ぎたのが原因ではないかと思う。

「使っている水が土地のものだから、とくにビールの飲み過ぎは腹をこわす原因になる」という話をどこかで聞いたことがある。あるいはプロブの油と、ビール(水)との相性もあるかもしれない。

 

【体調不良の実際】

 昼前にユウコが僕の様子を見に戻り、ふたたび彼女は1人で昼食の買い出しに出た。このとき、折り悪く水道工事の最中だったのか、台所の水が止まっていた。我々の水筒には朝に沸かした湯の残りがあるので、それでカップラーメンを作り、パンと共に昼食とする。

昼食を食べたことで、僕の体力は少し回復してきたようだが、胃には相変わらず違和感がある。

「疲れているのかもしれないよ」とユウコが言う。

それでもさすがに午後からは散歩に出たい。しかし途中で発作が起きるのが怖い。食後、しばらく様子を見て、どうやら大丈夫のようなので、いよいよ2人で外へ出ることにした。曇り空である。

 

【いよいよブハラ散策へ】

宿の門を出て2人並んで歩き始める。

と、いくらも歩かないうちに、ユウコと僕との間には、5mほどの差がついた。僕は思わず、立ち止まった。唖然となってポカンと口を開け、ユウコの背中を見つめ、声を失った。前を行くユウコが、僕の様子に気づいて振り返り、きょとんとした表情で「どうしたの?」と尋ねる。

身体が動かない。

午前中はベッドで横になっていたし、食事も摂ったし、僕は復調しているつもりだった。少なくとも、もはやユウコに心配をかけることなく動けると思っていた。それが、いざ歩こうとすると、身体が思うように動かないのだ。

いや、自分では思うように動かしているつもりだった。普段と同じペースで、普段と同じ要領で、何の変調を自覚することなく、歩いていたつもりだった。

しかし実際には、普段は僕よりペースが遅いユウコの歩くペースについていくことができない。

「このざまは、なんだ・・・」。僕は情けないやら申し訳ないやら、なんだかいたたまれない気分になってきた。気がつくとユウコがそばに来て、「大丈夫?」と、顔をのぞき込むように声をかけている。

僕は部屋に戻り、横になった。ユウコは午前中に続き、1人で散策に出た。

僕はショックだった。自分では復調したと思っていたが、ユウコよりもはるかに動きが劣っていた。スタミナ不足。体力が落ちているのだ。とつぜん老化現象に襲われたような心境である。自分ではシャキシャキしているつもりでも、端から見れば頼りなく見えたのだろう。そう思うと、やはりまだ腹の様子はおかしく、身体はふらつき、頭が重いような気もしてきた。

 

【旅のストレスは、意外なところにある】

今日に限って珍しく、ユウコは朝から快調で、いつになく元気に見える。ブハラでの散策を非常に楽しみにしているように見える。だが、それはきっと、僕の「気のせい」なのだ。彼女が「いつもより元気になった」のではない。僕が、「いつもより元気でなくなった」のだ。それに気がついていないだけなのだ。

僕は、自分の体調の悪さを恨めしく思うのと同時に、ユウコと一緒に行動できない自分が情けなかった。そして、ユウコに心配をかけていることに対してふがいなく思った。

 

そこで僕は思う。もしかしたら、ユウコは今までずっとこのような、悔しいやら情けないやら申し訳ないやら、いたたまれない気分で僕と行動を共にしてきたのではあるまいか。僕はそんなユウコのことを、心配しているような顔をしながら、本当のところは何も気づかないまま旅をしてきたのではあるまいか。

「体調は悪い。しかしマサトは冷たい。一緒に歩きたい。しかし同じペースで歩けない。マサトはテキパキと動き、そしていつも私をイライラした目で待っている。もっとゆっくり歩いてほしい。だけどそれを口にすると『君のペースが遅すぎる』と怒られる。お腹は痛い。でも部屋で寝ているのはイヤだ。一緒に行きたい。だけど一緒に歩く体力はない。だけど、・・・」。

そんな思いをユウコにさせて来たのではないだろうか。いや、そうなのだ。ユウコはここまで、ずっと無理をして歩いてきたにちがいない。そうだ、あれだけ頻繁に体調を崩して、無理をしていないはずはないではないか。どうして今まで気がつかなかったのだろう。

「俺はいったい、彼女の何を見てきたのだろう。なんのために、いつも2人で行動してきたのだろう・・・」。

 

【旅の転機もまた、意外なところにある】

僕はこのとき、ひとつ心に決めたことがあった。もはや、ユウコに「日本に帰れ」と言わないことだ。

それまで、僕は何度か冗談半分で「イヤになったら1人で日本に帰っても良いよ」と言ったことがあった。それは「僕は引き続き1人で旅を続けるから、先に帰って待っていてくれ」という意味でなのだが、もちろん本気で帰す気はない。ただ、「この旅は俺のもの」という意識があり、それは「ユウコは旅に付いてきた」という意識につながっていた。こういう話をするたび、ユウコは悲しそうな顔をしていたが、僕は一緒に旅をはじめてからなおも、ユウコの本心をつかみかねていた。ユウコは、本当にこのような旅を望んでいたのだろうか? 「妻」という意識が、そうさせているだけなのではないか? じっさい、彼女の身体は、旅に順応していないのではないか?

そういう意味では、「帰ってくれ」という気持ちより、「一緒にいて大丈夫かなあ」という不安が大きかったのである。じっさい、ユウコは、これまでも、また、このあとも、よく体をこわした。一人娘で、親元から長期不在などしたことのない彼女を心配する両親のことも、僕には心配の種であった。だから、僕の冗談は、なかば本音でもあった。

「この旅行が苦痛ならば、無理をせずに、日本に帰って欲しい」。

しかし、自分が身体をこわしたとき、その考え方が間違っていることに気づいた。まず思ったのは「身体をこわしたって、旅行はしたい」という思いであり、次いで「なんとしても最後まで、ユウコと一緒に旅行を続けたい」という思いである。「そうでなければ、旅行に出た意味がない」。そんな気がしていた。

 

ユウコによれば、この日の夜、僕は彼女に謝り続けたのだという。