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中央アジア7(No.27) アクスーサナトリウム〜カラコル2

【温泉?サナトリウム?】

温泉地である「アクスー・サナトリウム」へ向かう私たち。バスターミナルでミニバスがあるかどうか尋ねるが、「タクシーで行くしかない」とバス会社の女性に言われ、タクシーで向かった。

今回、温泉ということで、とても楽しみにしていた反面、「サナトリウム」という名称に一抹の不安を感じてもいた。私たちはこのたびに出る前、日本のマイナー温泉地を何箇所か訪れたが、霞ヶ浦の近くにあった北浦温泉という温泉は、まさしく「サナトリウム(療養所)」で、精神不安定になりそうな水色をした建物の中で皮膚病などを患った人々が何人も温泉に入っていて、閉口したものである。

途中、山の入り口で検問などがあり、奥へ進んでいくと、しばらくして「サナトリウム」が現れた。

タクシーの運ちゃんは「待っていようか」と言ったが、私たちは1泊するつもりだったので、「帰って良いです」というと、彼はちょっと変な顔をした。

ここは泊まれないのだろうか。でも、ガイドには泊まれると書いてあるしなあ、などと思う。

建物のある方へ進んでいくと、これが、まさしく霞ヶ浦を思い出させる、水色をしていた!嫌な予感。さらにしばらく待っていると、白衣を着た30代前半の女性2名が現れて、お風呂や泊まる部屋の説明をはじめた。彼女らはこのサナトリウムの従業員らしい。1人は大学の時の知り合い(K大のTさん)に似ている。Tさんでない方の女性は、ロシア語があまり得意でないようである。よって主にTさんが説明する。プールがあるというので、見せてもらうと、日本の小学校のようなコンクリートの建物に連れて行かれる。建物の入り口は鍵がかかっていて、奥の方は薄暗い。痩せた中年の病人が暗闇の中から目を光らせている。怖いよ〜。「療養所だし、薄気味悪いな・・・。」と思いながら中に入ると、その地下にこれまた小学校にあるような四角いプールがあった。夏休み前の洗っていないプールのように水は緑色になりよどんでいるが、Tさんは「泳げるよ」という。でも、建物の雰囲気といい、この水といい、どうにも気持ち悪い。プールに入るのは遠慮した。泊まる部屋は、なんとTさん達の従業員室をあてがわれるらしい。私たちを部屋の中に入れて、急いで周りを片づけると、自分たちが寝ていたシーツをそのままに、ちょっと端をひきのばして「どうぞ」といった。女の人の寝てた寝床だからまだいいけど・・・。この人達、私たちを自分のベッドに泊めてしまって、今夜はどうするのだろう。尋ねると、「夜は仕事場にいるから気にしないで。ただし、朝7時までに出ていってね。」とのことだった。夜勤なのだろうか。次に、お風呂に案内された。風呂の入り口はけっこう混んでいる。こちらの方は病人ではなく一般の人が多く、若い人もいて少々ほっとする。どうもお風呂に人数制限があるらしく、1人でてはまた1人入っていく。鍵当番のオバチャンがいて、忙しく仕切っている。この人にはキルギス語しか通じない。数年前までロシアの統制下にあったとはいっても、こういう山間地などに住んでいる人はロシア語なんてできなくても、どうってことないのだなと思う。しばらく待って、私の番が来た。日本の温泉の大浴場を想像していたが、全く違うスタイルである。細長い長方形のコンクリートの部屋に、左右1列づつ、計6槽のユニットバスのバスタブが備え付けられていて、そこに11人お湯をためて入るのだ。バスタブの中で身体も洗う。お湯は熱い湯とぬるい湯が出る2本のホースがあって、それをうまくシャワー代わりに使ったり、バスタブにためたりする。バスタブはもちろん古い。

しかし、お湯をためて入ることができるというのはなかなか快適である。シャワーばかりの生活だったので、久しぶりだ。私は入り口から2つ目の左側の浴槽をあてがわれたが、となりに入っている若い女性は入浴する前に念入りにバスタブを洗っていた。「サナトリウム」だけに病原菌が気になるのだろうか。

 

【不便といっても】

お風呂に入ったあと、トイレに行きたくなった。これが、従業員部屋・浴室ともに離れた場所、しかも屋外に1つしかなくて、もちろんボットン便所。今日は雨が降っているので、水たまりで地面はぐちゃぐちゃだし、寒くてトイレまで行くのがとてもつらい。もちろん灯りはないので、夜は懐中電灯で落っこちないようにてらさなければならない。しかし、ホテルカラコルよりはお風呂に入れただけでも快適である。祖母や祖父の時代から考えれば、こういう不便は当たり前のことかなと思う。(広島の祖母の家は五右衛門風呂で、トイレは汲み取り式だった。)ここでは、食事も出してくれる。ナン・プロヴ・スープなど。しかし、羊肉を使っていて、羊くさくてほとんど食べられない。申し訳ない。お茶も出してくれる。食事は病人達のあまりだろうか、食缶のような入れ物を病棟のほうから運んできて私たちに出してくれた。Tさん達はとても親切である。ベッドは汚くない、と思いたいのだが、どうも湿っているように感じられる。あまり深く眠れない。サナトリウムに来て、健康になったような、不健康になったような・・・。

 

【ミニ・トレッキング?】

夜が明けた。一晩中雨は降り続いたが止まない。山の朝は寒い。そしてサナトリウムの朝は早い。

Tさんたちは予定どおり6時に我々を起こしに来て、「早く出ていって、私眠たいの。」といわんばかりに部屋の掃除をはじめ、我々が出ていくのを待っている。ただし、口調は親切だ。

こんなに朝早く部屋を追い出されて、交通手段もなく、どうやって帰ったら良いのだろう。カラコルに戻るには、麓のツェントル(町の中心)まで行くしかないという。

「帰る前にお風呂に入っていくと良いわ」と言われ、風呂棟にいくと、風呂鍵オバチャンはすでにスタンバイしており、朝風呂をいただいた。寒いので湯冷めしないように気を付けないと・・・。

7時半にはサナトリウムを出て、山を下る。途中、マサトが「うしろを振り返ってごらん」と言うので何かと思うと、山の頂上には一面の雪が!一晩で一気に山々が雪化粧だ。美しい・・・。

そして寒いわけだ。昨日は山に登るよう、計画を立てれば良かったねと話していたが、無謀な計画を立てなくて良かったと思う。雨に濡れたアスファルトの上には、カタツムリ・ミミズ・カエルが大量に登ってきている。中学生の時、通学路であったふるさとの湿地帯を思い出す。「アク・スー」という言葉はキルギス語で「白い川」を意味するそうだが、山から町へ、街道にそって流れているこの「アク・スー」の水量も、昨日から降り続く雨のせいか非常に多く思われる。雨が降っていても、放牧をやめるわけにはいかないらしく、牛飼いがポプラの下で雨宿りをしている。あまりに寒く、荷物もあるので、ヒッチハイクしたいが、温泉方向に登ってゆく車はあっても、降りてくる車はない。サナトリウム付近には民家もないし、宿泊する人が他にいなかったのだから、当たり前である。

 

ツェントルまでひたすら歩く。寒さで身体は固くなり、荷物が肩に食い込む。しかし私たちは頑張った。ツェントルでは、幸いカラコル行きのミニバスが待っており、すぐに発車した。ホテルカラコルも空いていて、今日の寝床も確保することができた。ここまでいろいろと行動をしたが、朝早かったのでまだ時間がある。そこで今日はイシククル湖にも行ってみることにした。

(つづく)