×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

8月21日(金)  クチャ  曇り時々雨      金曜バザール

 「カシュガルに行くならぜひとも日曜バザールを見るべきだ」とはロンプラのおすすめだが、歩き方にはそんな強い推奨文句が無かったので、吐魯番に来るぐらいまでは軽く見ていた。しかも、それに気づいた時点で、それに合わせる旅程をくむのには無理があった。クチャの金曜バザールもそれに匹敵するぐらいのものだと言う。これなら旅程を合わせるのは難しくなかった。

 今日は金曜日。金曜バザールの日である。ここ数日は、これを狙ってここまで頑張ってきたと言っても良い。

 

 朝は霧雨が降っていた。

 ハエが多くてよく眠れない。シーツをかぶってもやって来る。「これも試練だ、我慢だ」と思うが、ユウコはかなり参っている様子だ。彼女は昔から虫嫌いであり、とくにハエ・カのたぐいが苦手なのは、今に始まった話ではない。しかし中国に来て以来、とくに新疆に入ってからは、その度合いが高まっているように見える。彼女に言わせると、「どんな病原菌を持ってくるか分かったものではないでしょう」ということだ。その上に、中国はどこへ行ってもマナーが悪く、街が汚いこともあって、よけいにストレスがたまっているのだ。

 あるとき、ユウコは「宿の部屋は唯一気を張らなくて済む気楽な空間だね」と言った。つまり、身体的にも、そして精神的にも、休息を取るための空間として、宿は重要なのである。その宿に「ハエ・異臭・不潔」といったストレス要素があっては、休む拠り所がなくなってしまうのだ。そして、彼女はまた腹をこわした。

 

 今日を休みにしたいのはやまやまだが、僕は、自身の腹の調子は良くないものの、わりと元気にしていることもあるし、金曜バザールは今日を逃すとまた1週間先になってしまう。それまで新疆に留まることはできない。だから、「せっかくなんだから頑張って見に行こうよ」と誘う。すると彼女は、頑張って僕につきあう。これが僕の錯覚のもとになる。「ほら、起きられるじゃないか」と。僕は自分の体調も万全ではないので、彼女が「調子が悪い」と言っても、自分と大差はないと思っている。じっさい彼女に聞くと「それほど悪くない」というような回答をする。「調子が悪いなら寝ていれば?」と、気遣って言うと、意地になって付いて来る。しかり足は思い。さらに気を遣って「大丈夫か?」と聞くと、「大丈夫」と答える。無理に突き合わせる気は全くないし、先も長いのだから、調子が悪いのであれば自分で判断して、自分で「休むか、歩くか」を決めて欲しい、というのは僕のホンネである。だから「大丈夫か? 休んでいても良いよ」と言っている。であるから、「大丈夫」と言うからには、ペースを合わせてくれないと困る。彼女の体調を気遣いながら街を歩いていては、僕にもストレスがたまる。

「調子が悪いなら休んでいなさい。一緒に歩くならしっかり歩きなさい」と言っているのに・・・

 

新市街から団結新橋までの、舗装されたばかりの綺麗な大通りを歩く。

 バザールは朝が良いというが、それほど盛り上がってはいない。

 イタリア人の観光ツアー団体客に出会った。中高年ばかりの彼らは、みな良いカメラを首からぶら下げ、あの店この人、物珍しさを隠すことなくパチリパチリと撮影に余念がない。無防備と言おうか、無邪気と言おうか、同じ「ガイジン」として恥ずかしさを感じつつも、臆面もなくカメラを人に向ける彼らをうらやましいと思う。僕はどうも、現地の人々にカメラを向けることに気後れをする。自分が撮られるのが好きでないからなのだろうか。いや、バザールで生活するクチャの人々は、それが日常なのであるから、その日常に対してカメラを向けるということに、なんとなく抵抗を感じるのだ。なにより、カメラを向けたときの彼らの視線が、僕は好きになれない。もちろん楽しそうに笑う人もあるが、一瞬ジロリと怪訝な目で見るあの態度に、僕は引いてしまうのだ。だったら「撮っても良いですか?」と一言、聞けばいいのだけれど、そんなにあらたまるほどのことでもないような気もする。

ところが、この団体に混じって写真を撮ることは、僕にもできるのだ。そして、1枚撮り始めると、抵抗感はなくなり、次々と写真を撮るようになる。我ながら勝手なものだ。

 ユウコ、トイレに行く。かなり具合が悪そうだ。帰ってきてからも顔が冴えない。今度のトイレは「蘭州(白塔山)よりもヒドイ」と言う。

 「なにがひどいの? きたないの?」「穴が無いのよ」

 「穴が無くては、どこに座るの?」「どこでも適当に座るんじゃないの?」

 「じゃあ、垂れ流しってこと?」「そういうこと」

 話題にもしたくない様子である。

 

 バザールをひととおり冷やかして、地図に沿って町を歩く。

 

 一本道の街道に出てしまった。あたりには建物もない。つまらない通りである。ユウコ、またまた様子がおかしくなる。地図を見て、「この先に庫車賓館があるから」と頑張って歩く。賓館は思っていたより遠く、なかなか着かない。長い一本道を30分ほど歩き、きれいなホテルでトイレを借りる。ロビーで一服。ユウコが落ち着いたところで、「庫車賓館では民族舞踊が見られる」とのガイドの記述を頼りに、フロントに尋ねてみるが、「人が集まらないとやらない」との答えが返ってきた。団体さん専用なのだろう。

 

 亀茲古城を見に行く。場所が分からず畑の畦道を歩くと、石碑があった。が、古城は城壁が残るのみ。城壁というより土手だ。黄土色の土手が続いている。周囲は陽樹の林だ。おもしろがって、この土手に沿って歩く。と、静かな住宅街にやって来た。幅2mほどの土の道に沿って用水が走る。家の壁も土だ。集落全体が背の高い木に囲まれており、日差しが遮られ、それで水気が保たれるのか、周囲は全て土だが埃っぽくならない。雰囲気が良く、心地よく歩ける。子供たちが遊んでいる。少年が御するロバ車がのんびり通る。そのロバ車に若い婦人が声をかける。2,3会話を交わしたのち、婦人が荷台にひょいと乗り込む。

 ふと、ある家の門が半開きになっているので中を覗いてみた。門の向こうは中庭があった。植木がいくつもある。花が咲いている。赤・黄・紫。路上には土気色以外の色彩が無いのに、門をくぐると多彩である。おどろいた。その植木は良く整備されていた。ウイグル人の色彩感覚はここから産まれてくるのだろう。

 

 モナエシディン・マザールまで歩く。ここは要するに昔の指導者の墓だ。マザールの前で羊の市が立っていた。

 ごちゃごちゃ歩いているうちに再び団結新橋の近くに出てきた。ユウコもだいぶ回復してきたので、「もう一度バザールに行こう」と誘い、入る。すでにお昼を過ぎているが、バザールは朝とはうってかわって大盛況である。雨がやんだから街が元気になったのだろうか。すごいすごい。大盛況のバザールは見ているだけでも楽しく、こちらも元気になってくる。元気ついでにバザールに近いクチャ大寺も見物する。ちょうど礼拝の時間だったようで、人が集まっていた。礼拝と言えば、午前中にも通りがかった別のお寺の前で礼拝に集まる人々を見た。みな自分の絨毯を持って集まるのは良いが、遅れて来る者もあり、人がやっているのを見てあわてて参加する者もあり、まるで礼拝に興味ない者もあり、イスラムといえども、けっこう人によりけりで、不真面目な信者も多い。

 バザールの食堂で串焼きを食べる。「ねぎま」ならず、肉の間に脂身を挟んであったりするが、これはこれでうまい。レバーもあったので興味本位で頼んでみた。ホクホクとする食感は妙な感覚だが、これを2本も3本も食べたら、口の中に臭みが残って、さすがに気持ちが悪い。それにしても、新疆の串焼きには羊の臭みが感じられず、問題なく食べられる。香辛料とか、薬味が臭み抜きをするのだろうか。そういえば、ヨーグルトにつけておくと臭みが抜けるという話を聞いたような気もする。

 夕方、汽車站へおもむく。クチャからアクスへ行き、そこで1泊したあとカシュガルに入るつもりだったが、聞けばカシュガル行きの寝台バスがあるらしい。うまくすればカシュガルの日曜バザールが見られるかもしれない。期待は膨らむが、バスの出発は「昼頃」と言うばかりで正確な時刻が分からない。まあ、伸るか反るかだ。明日の昼に汽車站に出向けば、カシュガル行きのバスに乗れるのだ。