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829日(土)  ウルムチ         曇り後晴れ ウルムチ観光

 昨日チェックインした段階では宿を変える予定だったが、ことのほか居心地の良いホテルなのでここに連泊することにした。これで145元は、いままでの待遇を考えれば破格といえる。旅行者に有名な吐魯番賓館のドミトリーも、実はこんな感じだったのかなと考えると、吐魯番飯店の3人部屋で惨めな思いで寝たのがなんともやりきれないが、あのときはそのドミトリーが満室だったのだから仕方がない。

 隣の部屋に滞在してる人が現れた。人の良さそうな飄々とした日本人である。我々の部屋に顔を出すなり、バツの悪そうに「あのぅ、靴を取らせてください」と恐縮する。こちらの部屋の方が日当たりがいいので、靴を洗って窓際に干していたのだそうだ。ということは、我々が来る前はこの3部屋を1人で独占していたことになる。

 頭髪短く、サッパリとした風貌の彼はTさんという。大阪の人なのだが仕事で西安との間を行き来することが多いのだという。「自営業なので、半分遊びみたいなもんですけど」と笑った。衣料品(とくに布地)の輸入などを手がけており、母と経営しているのだそうだ。ウルムチに来たのは「友人の結婚式に出るため」で、明日には西安に戻るという。ここでもまた1人、我々とは違う生活を持った人に出会った。

 僕らがこれからカザフスタンに行くという話をすると、彼の目が輝いた。「ビザは日本で取ったんですか。なるほどねー。僕もカザフスタンに行ったことありますよ。一度はモスクワからの列車で、ほとんど通過する感じで、ウルムチに向かう途中でしたけど。そのあとも行こうとしたんですけど、ビザが無くてね。『国境でなんとかなるやろ、行ったれ』と思って行ったんですわ」。「そしたら?」と僕が聞く。「なんともなりませんでした。国境でバスを降ろされて、警備隊に『おまえはそこに立っとれ』て言われてね。国境の緩衝地帯でひとり立たされてましたよ。まわり平原で。やりきれませんでした。バスは行ってしまうし」「それで?」「中国の公安が車で迎えに来ました」。

 Tさんは嫌みがなく、話に自慢めいた空気もなく、飄々としゃべる。話も面白い。彼の話が続く。「でも、近いうちに行きますよ、カザフ。こんどはビザ持ってね。おふたりも、旅行話を『旅行人』にでも載せてくださいね。中央アジアはまだまだ情報が少ないですから。僕はアルマトイしか行ったことないですけど、良い街ですよ。治安も良いし。なんにもないですけどね。鉄道駅を降りたらプライベートの客引きオバチャンが立ってますから、宿には困らないと思いますよ」。

 そのアルマトイ行きの切符を買いに行くため、我々はウルムチ火車站へと向かった。

 国際切符の窓口が無く、右往左往する。どうやら駅構内の待合いの中に窓口があるらしい。しかし構内に入るためには検票を受けねばならず、切符を持っていない人は入れない仕組みになっているはずだ。しかし切符は中で買わねばならない。何食わぬ顔で改札を通り抜けようとすると、案のじょう検票の女性が「切符を持ってないとだめです」と突っぱねる。「国際切符を買いに来た」と主張すると「当日に買いに来なさい」とにべもない。今日は土曜日で出発は月曜日だが、売り切れてしまう可能性もあるから当日に切符を買うのはリスクが大きい。しかし、もはや切符売り場が中にあるのは明らかなので、なんとしてもここを切り抜け、今日こそ切符を手に入れたい。

 そう思っていると、大きな荷物をいくつも持った人々がどっとやってきた。改札がすったもんだになる。検札をすり抜ける人もある。それを見た我々は「いまだ!」とばかり、彼らの荷物と人混みにまぎれて入り込んだ。

 国際切符の窓口は大きな待合いの隅っこにあった。我々が行くと「休憩中」の看板があり、2人ばかりの中国ビジネスマン風の男が待っている。休憩の時間はとうに過ぎており、彼もそれを気にし、少々イライラしていた。そして我々にも同意を求めるように「時間通りキッチリ働くべきだ! そうだろう?」などと聞いてくる。彼ははじめ僕に話しかけてきたようだったが、僕は言葉が分からずきょとんとしているとユウコが助け船を出した。僕らが日本人であることを知ると「日本人と中国人は同じだなあ」とニッコリした。

 アルマトイ行き13次特快には硬臥はなく、軟臥の切符を購入した。さすがに国際切符ということで、中国語のほかにロシア語、ドイツ語の表記がある。英語はない。

これで先が決まった。いよいよ後戻りはできない。

 

 これで今日の仕事はおわりなので、街を観光することにする。まずは紅山公園へ。つづいてウルムチ市街を散歩する。残念ながらインターネットは見つからなかった。

 明日もウルムチに滞在するが、とくにすることはない。どちらかといえばカザフスタンに向けての「心の準備」のための休息ともいえる。ところで、ユウコが「天池に行きたい」と行っている。天池はウルムチ観光の目玉らしく、「歩き方」にも「風光明媚な観光地」として紹介されている。僕は乗り気ではなかったが、時間もあるし、街にいるより自然にふれるのがよかろうと思い、明日は天池ツアーに参加することにした。紅山飯店の西にある西大橋付近にはツアー会社がいくつかあり、そこでチケットを購入した。

 ウルムチの街中には露店でシシカバブの店がでているが、新疆で今まで見てきたのとは風情が違い、「モツ焼き」のような感がある。これまでは串焼きは肉そのものであり、あるいは脂身やレバーもあったけれど、ここではいわゆる「シロ」みたいなものとか「ハツ」みたいなものとか、とにかくいくつか種類がある。肉を焼いているのは白い帽子の回族で、お客さんは漢人が多いように思われる。ウイグル人はいない。

 紅山の山頂にある楼閣から街が一望できたが、新疆とはいえ、ウルムチはまったく漢人の街と言って良かった。それは漢人が街を作ったと言うことを意味する。いまや人口130万人の、高層ビルが建ち並ぶ大都市だ。ここにはウイグル人の文化は似合わないような気がする。矢絣模様の新疆ワンピースを着た婦人は、ここではなぜかしら珍妙に映る。漢人がウイグル人の土地に侵略し、そしてウイグル人を排除したのだ。ここにはカシュガルとは全く違う雰囲気がある。むしろ上海に近い空気がある。それが中国なのだ、という気がする。ウイグルではなく、中国なのだという気がする。

 夜、Tさんが挨拶に来た。西安に戻るのだそうだが「明日の朝5時には出ますので、そのときには挨拶できないですから」と律儀な方である。

 

【天池へ】

830日(日)  ウルムチ        晴れ    天池へ日帰り旅游

 天池へ行く。有名観光地とあってか、山への道は良く整備されている。断崖絶壁あり峡谷あり、車窓は楽しい。山の麓の大きなゲートで各人が入山料らしき金を支払ったあと、天池のすぐ直前でもう一度金を払わされる。これは天池入場料といったところか。

 天池が近づくと道に面したなだらかな土地にはカザフ族のパオが目に付くようになる。その多くには「宿泊」だの「休憩」だの「食事」だのと看板が掛けられている。観光客目当ての商売ということになるが、それでも山の人々の生活ぶりがかいま見られるのだろうな、と思っていた。商売とはいえ、彼らは実際にそういう生活を今もしているのだろう、という感慨があった。

 羊の群が道をふさぐ。

山道を馬に乗ったカザフの若者が数人連れだって行く。みな精悍な顔立ちである。山の厳しさを彷彿とさせる。

 天池に到着した。車は多い。大駐車場がある。そこから少し歩くと湖が広がっていた。その向こうには山脈がそびえている。景色は良い。天気もよい。

 遊覧船の乗り場へと向かう。120元は決して安いとはいえない。地元の人々も渋っているが、我々と同様「せっかく来たんだから」とばかり多くの人が乗り込んでいく。

 出発するとガイド役の人がマイクを持っていろいろと話をしている。我々には分からないが、エンジン音のせいでよく聞こえない。ほかの中国人客も、まじめに聞いている人は少ない。みな写真撮影に余念がない。

 乗り場に出ている看板地図では、この遊覧フェリーは対岸まで行って帰ってくる雰囲気を見せていた。おそらくは1時間ぐらいの行程だろう。誰もがそう期待していたに違いない。我々も例外ではなかった。

 しかし、湖のなかほどでフェリーは大きく弧を描いて反転しはじめた。「あれ、もう戻るのかな。この奥まで行かないのかな」「だけど、さっきの地図では近くの港にも寄る感じだったから、このまま戻ることはないよね」「乗ったばっかりだもんね」

 奥まで行かないのは残念だが、きっとどこかの船着き場に立ち寄るものだとばかり思っていた。しかし、フェリーはあきらかに出発点に帰ろうとしている。中国人客がガイドに問うが、ガイドも「もう終わりです」とばかり。しらけてしまった。「これで20元とはねえ」とは我々だけでなく、多くの人が感じていた。

やりきれない思いで船着き場を降りると、さっきまで何もなかった空き地に土産物屋がならんでいる。いや、土産物屋ではなくて「仮装屋」だった。漢人の観光客を相手にした商売で、客にウイグルの民族衣装を着せ、それで馬に乗ったりして記念撮影をするのである。子供だましとしか思えないが、漢人には人気があった。

さらにその先には、バスで来る途中で見た馬の一団が観光客を待ちかまえていた。

 

 「ウマ、ノリマセンカ」

 

 馬に乗りませんか。日本語である。しかも12人ではない。みんな日本語で話しかけてくる。しかもしつこい。馬に乗って、山を散歩する。パオまで行って、食事をするのだそうだ。「160元、ヤスイ」と言うが、60元は高い。半分でも、高い。さっきのフェリーから察するに、どうせ大して歩きはしないのだ。それに不満を覚えて「山までハイキングしたい」などと言えば、さらにお金を取る、とまあこういうことなのだろう。よくできている。トルファンのロバ車を思い出した。断る返事をするのも馬鹿馬鹿しいので無視して歩くが、それでもついてくるのには呆れる。日本人の女性客が「60元で馬に乗れるんなら安いよね」と口にしている。安いだろうか・・・ 客引きはしつこい。「10元でなければ乗らない」と言い張っても、なおしつこい。しかも彼らは皆、天池に来る途中で追い越した騎馬の一団だったのだ。あのとき「おぉー、山の厳しさを感じさせる精悍な顔つきだなあ」と感心した自分が馬鹿馬鹿しくなり、それが苛立ちを助長させた。

 しかし、馬に乗らないとするとほかにやることはない。バスは15時に出るというが、ここに着いたのは10時で、まだ1時間も経っていなかった。すこし歩いて山に入ってみる。カザフ族とすれ違うたび「ウマに・・・」と声がかかる。

 山道を少し上がって湖を見渡せる良い場所があるので、そこでひと休み。水筒にお茶を入れてきてよかった。食事をしようにも、ここらの食堂はみなパオである。

 バスを降りたところから船着き場周辺にかけては人も多く、もううんざりなので、ハイキングがてら、さらに山に入ってみる。ときおり、馬に乗った観光客を見た。カザフ族の若者が馬を引いている。「なるほどね・・・ウマ、ノリマセンカというわけだね」。

 木陰のベンチが見えるところで誰かが声をかけてきた。またか、と思って行き過ぎようとするが、ちらりとみると、あの女子留学生の2人である。中国に留学している彼女たちも、天池でのんびり自然の風景でも楽しもう・・・と思っていたところが、観光ズレがひどくて辟易した、という。

 2人はおととい、我々に先行して紅山賓館に着いたのだが、「ドミのベッドは1つしか空いてない。スイートは400元」と言われ、「お金がないから」やむなく火車站に近い新疆賓館に行った。ここならドミがあるのだが、「『歩き方』には女性には良くないって書いてあるでしょう? でも期待を込めて行ってみたんですよ。だけど・・・本当にひどいところでした」と苦笑した。客は「怪しげな」パキスタン系の人間ばかりで、怖くて、それで再び紅山賓館に戻って「ベッドの空きが1つしかないドミに泊めてもらいました」。1人は寝袋を持っていたからそれでしのいだのだとか。「周りの人たちが恐ろしくて、ほとんど眠れませんでしたよ」とのことだ。それでも料金は2人分払わされたらしい。博格達賓館の話をすると、「やっぱりここでケチったのは失敗だったかなあ」と残念そうだ。

 帰りのバスはあっという間にウルムチに戻った。

 ウルムチは、とうしょうへいの「国家は100年動揺しない」の看板が印象的である。

 Tさんが泊まっていた部屋にアメリカ人らしき若いカップルが入った。

 

 おととい見て気になっている屋台街へ行く。モツ煮風のスープがあり、「きっと羊だからやめた方がいいよ」とユウコが言うが、どうにも気になるのでひと皿頼んでみる。熱いうちはよいが、このモツはなかなか噛み切れない上に、冷めてくると臭いが気になってくる。口の中も臓物っぽくなってくるし、結局半分も食べられなかった。

 

 明日の夜行で中国を離れ、カザフスタンへと向かう。

【中国編、終わり】