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8月2日(日) 西安 くもり

 

 朝は涼しく、明け方にクーラーを止めた。乾燥しているので洗濯物がよく乾く。

 

 午前中のうちに次の宿を探すつもりで朝9時に宿を出る。解放路をまっすぐ南下すると道は和平路と名を変え、やがて右手に勝利飯店が出てくるはずだったが工事中だった。おなかが空いてきたので近所の店に入る。朝飯の時分は過ぎている。ほかに客はいない。ユウコは煮麺風(酢入り)。暢は焼きそば、しかも大盛り。芯があるうえにもちもちして、決してうまいそばではなかったが、とりあえず全部食べる。朝からこれでは胃が張ってしまう。ユウコのもさしてうまいものではなかったらしい。ひなびた店のせいかもしれない。

 宿を探し歩くのも時間の浪費なので、西安では尚徳賓館に連泊することにした。

 

大雁塔へ行く。参道には土産屋も多い。観光客も多い。日本人、白人、中国人、家族連れ、ツアー客・・・ みなさんは明るく写真を撮ったり、元気に走り回ったりと、観光気分を満喫しているように見える。というより、必要以上に元気な表情が目立つ。いっぽう、我々は休み休み見て回る。ふと思う。我々は、疲れているのか・・・ 不安がよぎる。体が重いような気がする。胃が張っているのも、食べ過ぎたせいだけでは無いのではなかろうか・・・。

 

 午後は歴史博物館へ行く。広い敷地に大きな建物。我々が入ろうとすると「外人はあちらです」と脇の入り口に連れて行かれた。入るとそこは土産コーナーである。見るからに高そうな品物が並んでいる。スタッフは女の子が多いが、その多くが日本語をしゃべる。中国人は25元、外人は38元・・・のところを、頼んでもいないのに1人30元にまけてくれた。「中国語をしゃべったからではないか」とユウコが言う。

 我々が土産物を眺めていると、横から日本語であれこれ説明してくれる。買う気はないので適当にして、本題へ移る。

 

 中は実に充実している。西安を中心とした地域の歴史が中心だが、かつては中華の中心地だったのだから、ほとんど中国の歴史に等しい。日本では「中国四千年」というが、それどころではない。「国家の歴史は八千年の昔・・・」と、日本の教科書には書いていないことまで書いてある。

 特別展では青海のチベット仏教展もやっており、これも良かった。青海にも行きたくなってしまう。

 外人客も多いわりに説明文は中国語ばかりで、英語表記などが少ない気がする。

 

 夕方は小雁塔をチラリと見て、あとは買い物へ行く。

僕はちかごろ腰痛ぎみなので、今後のことも考えてタイガーバームを買う。知らなかったが、タイガーバームは虫さされにも効くらしい。ほかに、ノートや封筒を買う。

 

 帰り道、卸酒屋のような店が並ぶ通りに出た。夜には出店が並びそうな雰囲気だが、まだ明るい。ビールを買って帰りたいが、しかし今どこを歩いているのだろう。地図を出して確かめようとすると、ユウコが「場所はだいたい分かる」という。そして宿はそう遠くないところにある、とも言う。そこでビールを買って帰ることにする。しかし、それは残念ながら間違いで、宿まで戻るのに40分も歩いた。すっかりビールがぬるくなってしまった。冷たいのをわざわざ買ったのに・・・と思うが、場所を自分でもはっきり確かめなかったのが悪いのだ。

 

 夕食は、ビールとスナックとカップラーメン。ラーメンがうまい。

 

 明日は兵馬俑に行こう。

 あさっては西銭ツアーに出かけようか。45元ぐらいで行けるようだ。

 そろそろ写真を現像して送りたい。

 今日はインターネットカフェを見つけることができなかった。

 ちょっと食べ足りないので、ビールとラーメンの買い足しに外へ出る。もうすっかり暗いが、近所の屋台も大盛況だ。幸い、宿の向かいの店にビールもラーメンもあった。

 ホテルのフロントでは若い白人たちがたむろしてトランプに興じている。英語をしゃべっているが、1人、フランツ・カフカのTシャツを着ている男がいた。チェコ人?とも考えるが、黙って行き過ぎる。

 

 西安は観光名所だけあって、そういう名所に行けば当然金が出る。これはやむを得ないところだろう。抑えられる街ではもっと抑えられる、と思う。

 

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