8月3日(月) 西安 晴れ 午前中から暑い

中国のビールは概してうまい。しっかりとした味がある。そして安い。大瓶が1本3元か4元だ。つまり60円ほどということだ。ビールは、スプライトやリンゴジュースなどよりも安い。冷たいビールも、どこでも手に入る。さらに、各地に地ビールがある。中国人もよく飲んでいる。ぎゃくに、濃い酒は人気がなさそうだ。店にもコーリャン酒のたぐいが並んでいるが、ほこりをかぶっているものもある。冬に飲むのだろうか。

 

午前中、ユウコが火車站前の郵便局に行くという。父親に頼まれて買った薬を送るためだ。ユウコと郵便局員のやりとりが始まる。

「どこに送るんですか?」

「日本です」

「中身はなんですか?」

「薬です」

「内容を確認しますので、出してください」

薬だからなのか、国際郵送だからなのか、それとも中国郵政では常に内容チェックがあるのか。愛想の良さそうなお姉さんだが、押しは強い。昨日、この荷物を送るためにテープと封筒をデパートで買い、宿で包装し、テープでばっちり留め、送り先の住所まで書いた小包だが、やむなく荷をほどくことになった。ユウコは少しいらいらしている。

「これが薬です」

「どこで買いましたか?」

「え・・・?」

「領収書を見せてください」

何が問題なのかよく分からないが、これを郵送することに問題があるのだろうか。ユウコは領収書を取りに宿へ戻った。宿が近かったのがせめてもの救いである。

領収書を見せると、今度は「品名が書いてない」とクレームが付いた。窓口のお姉さんは「どこに薬って書いてるの?」とユウコに尋ねる。たしかに、領収書にはどこにも薬と書いていない。しかし、薬の名前は書いてある。それを説明してもなかなか理解してくれなかった。どうも領収書の字がへたくそすぎるということのようだ。同胞が書いた字ですよ。

 

封筒は再利用できたから良かったが、なんだかめんどくさい書類を3枚ぐらい書かされたようだ。全て同じことを書くらしい。差出人住所氏名、送届先住所氏名、内容物、内容物の値段、危険物が入っていないか、等々。

 

小包が一段落したところで、次は絵はがきだ。そのやりとりを待っている間、となりの中国人に頼まれ、ペンを貸す。持っていかれはしないかと不安になるが、これは杞憂だった。

 

いよいよ兵馬俑に行こう。

兵馬俑に行くには大きく2種類の方法がある。一つはツアーバスに参加する。もう一つは、市バスで行く。いずれのバスも火車站前から出るという話である。じっさい、駅前通りは客引きのおばちゃんがわんさかいる。通っただけで声をかけられ、呼び止められ、道をふさがれる。関心のない人にとっては迷惑な話だ。ツアーには兵馬俑のほかにも華清池や始皇帝稜といった観光スポットも含まれているが、我々は兵馬俑だけに行きたい。

 

観光会社が林立しているのかどうなのかよく分からないが、「兵馬俑方面ツアー」はいろいろあるらしく、バスの出発場所がいくつもある、コースや値段が微妙に違うようである。しかし、我々が乗りたいのは市バスの306番なのであって、ツアーのミニバスではない。そこで寄ってくる客引きおばちゃんに「市バス306番はどこから出ますか?」と尋ねると、客引きが何人も寄ってきて、どこへ行くのかと聞く。「兵馬俑に行きたい」と答えると、「だったら私のバスに乗ればいい」となる。「ツアーには参加しませんよ」と言っても「大丈夫。ついておいで」と歩き出す。おお、優しい人だなあと思って付いていくと、そこはツアーバスの発着点である。看板には「兵馬俑」の文字がある。当然、ほかのスポットの文字もある。

 

あるいは本当にツアーバスなのではなくて、兵馬俑を含めたいくつかの観光スポットを巡る「循環バス」のたぐいなのかも・・・とも考えるが、「そんなはずはない」とユウコは憤激した。「これはツアーじゃないの?」「大丈夫、問題ない。このバスは兵馬俑に行く。ツアーはあっち」と別の発着所を指さす。しかし「兵馬俑、華清池、始皇帝稜にも行く」と言う。「僕らはそんなところ行きたくない」「大丈夫大丈夫、兵馬俑にも行くんだから」。

 

大丈夫じゃないよ。

 

ツアーの溜まりとは別の、駅のはずれに市バスの発着所があった。ここでバスを探し、ようやく「306」の看板をつけたミニバスを見つけて乗り込んだ。大型バスもあるのだが、どうもこの辺のシステムはよく分からない。どちらも公営なのか、それともミニバスは私営なのか・・・。

バスは軽快に走り、1時間半で兵馬俑に着いたが、その途上、先ほど名前が挙がった観光スポットを通り過ぎた。

まずは華清池。ここには温泉があり、かつての王様の別荘であり、玄宗皇帝と楊貴妃のラブロマンスの地であり、山登り用のゴンドラがある。にぎわっている。

次は世界八大奇術館。これはいったい、なんなのだ?

そして始皇帝稜。これは大きな丘といってよい。その丘に登る一本道があって、観光客はそこを上るのだ。ありがたい話である。右手に眺めて通り過ぎる。ミニバスの車掌であるおばちゃんが、我々に「降りないの?」と尋ねた。

というわけで、ひととおり見ることができたのは幸いだった。降りて見物するほどのものでもないことも分かった。

そんなことよりも兵馬俑だ。バスの終点から入り口までは土産物街を少しばかり歩く。なぜか毛皮と、派手な色合いの民芸品を売る店が多い。

ゲートをくぐるとすぐに、体育館のような建物がある。兵馬俑は、その中に広がっている。馬といい、人といい、こんなものをこんなにたくさん、1人の男のために作ったのかと思うと、すごいとか、歴史の重みとかいう前に、開いた口がふさがらない。西安の歴史博物館で、「兵馬俑の模型」を見たが、あんなものではこのスケールの大きさを想像することは到底できない。これは本物を見なければ分からない迫力だろう。

 

「実はこれは嘘です」と言われたら「なあんだ、やっぱり」と納得したくなる。それぐらいに規模が大きい。

 

ところで、「歩き方」には80元とあった入場料が65元と値下がりした。そして、中国人も外人も同じ料金になったようだ。

 

帰りもミニバスで帰る。客寄せのため、とちゅうの臨潼の街を2周した。我々は急いでいないから良いが、ほかの客からは不平が出る。それでも運転手も車掌(もぎり)も気にしない。とつぜん「パーン」と大きな音がして、やがてバスは路脇に横付けする。何か事件でも起きたのかと思ったが、なんのことはない、パンクしたのであった。運転手と車掌が修理に懸命である。客はみな外に出て、たばこを吸ったり、木陰で涼んだり。今度ばかりは不平を言わない。

 

繁華街で「五一飯店」なるレストランを見つけ、夕食をとる。値段はやや割高だが、品数も多いし、うまい。ユウコは大喜びである。エアコンもよく効いている。さすがに人気もある。ちなみに1階はレストランだが階上はホテルになっており、「歩き方」によれば安宿の部類に入るはずだったが、たしかめてみると2人部屋で288元と、今の我々には高すぎる。内装もずいぶんきれいだし、すこしランクアップしたのかしら?

 

語学ができるのはすばらしいことだが、それに甘んじると痛い目に遭うこともある。知識が行動のじゃまをする、ということだ。これまでのところ、中国語のできるユウコには大いに感謝しているが、自分が分からなくなるとすぐに引っ込んでしまうところが惜しい。押しが弱いのだ。そもそも我々は外人なのだから、そういう立場に立った方がうまくいくこともある。要するに、分からないときは分からないと言うことが大事だ。どう転んでも現地人にはなれないのだから。それが旅人なのだから。我々は、あくまでも余所者なのだ。

 

観光名所がつきないが、いちいち見ていてはきりがない。しかし、乾稜にはちょっと行ってみたい。行くには「西銭ツアー」に参加せねばならない。そうするとよけいなところも行かされる。それは不本意だ。ならば車をチャーターすることになるが、かえって割高になるので馬鹿馬鹿しい。そう考えていると、もう充分のような気もしてきた。我々は兵馬俑を見た。歴史博物館にも行った。これで良いのではないか。歴史の勉強に来たのではないのだから。

 

夜、にわか雨が降った。ライトをつけない車もちょいちょい見かける。バイクも自転車も、ライトをつけない。暗くても平気なのかねえ。そして歩行者を見ると、傘をさす人はほとんどいない。すぐ乾くから必要ないのか。

 

8月4日(火) 西安 晴れ、朝のうち小雨

すごしやすい。風がさわやかだ。

 

西安から先を急ぐなら、このままシルクロードに沿って蘭州に行くのが効率的である。西安から蘭州までは列車で一晩の距離だ。しかし、蘭州では知人に会う可能性がある。まだその人と連絡がとれないのだが、いちおう、約束の期限は8月10日ということにしてあるから、まだあきらめるのは早い。となれば、蘭州に行くまでにもう一つ「寄り道」をすることになる。宝鶏・天水など、西安から蘭州の途上にもスポットはあるが、どうせなら、ここは銀川に行きたい。ということで、銀川に行くことに決定した。

 

さっそくチケットを買いに西安火車站(駅)へおもむく。窓口はやっぱり混んでいる。中国人用と外人用があり、外人用の方が比較的空いている。そこで外人窓口に行って、予約するべき列車の内容を書いたメモをユウコが見せると「あっちに行け」と言われた。あっちとは、混雑している中国人窓口である。不可解に思いながらも行列に並び、やっと自分たちの番が来て再びメモをユウコが見せると今度は「外人だからあっちへ行け」と、はじめの窓口を指さされた。

西安発 銀川行 直快595/598 17:05発 10:15着

今回は中段(中輔)の寝台(硬臥)が取れた。それにしても、本で読んだ話では「外人には硬臥を売ってくれず、購入できるのは(料金の高い)軟臥ばかり」ということだったが、ここまでのところ全く問題無くチケットが取れている。しかも前日でもチケットが取れる。あるいはこのラインは混雑が少ないのか、オフシーズンだからなのか・・・

同じ外人列に並んでいた白人の若い男性は成都行きの切符を買っていた。

 

清真(イスラム教)の店でうどんを食べる。店の名前は「伊欺蘭飯店」。ちなみに隣は「伊蘭(イラン)飯店」だった。

 

腹が張っている。くだしているわけではない。便通は良い。しかし、朝、腹痛で目が覚める。トイレに行くと、かなりの量が出る。1日の日課はこれで終了する。日中に発作が起きることはない。が、胃の調子はなんとなく思わしくない。毎食後、苦しいぐらいに張るのが気になる。それほど大食しているとは思えないのだが。慣れない国で緊張しているのか。「この店で食べて、衛生面は大丈夫か?」と不安に思いながら食べているからそうなるのか。ユウコも、体調はほぼ同様らしい。ただ、どうも彼女の方が、ゆるいような印象を受ける。

 

今日はカラリと晴れ、日差しは厳しいが風が心地よい。

 

興慶公園へ行く。ここには阿倍仲麻呂の碑があるとのことで、ユウコ所望の地だ。公園は緑が多く、茶店があったりして憩いの気分満載だ。おじさんおばさんが多い。それにしても、阿倍仲麻呂はよくもまあここまで来たものだと、いまさらながら感心する。海を渡り、大陸に着いてから、さらに1000kmも内陸へ。彼が李白と仲良しだったとは、学んではいたはずだが、改めて聞かされるとなんだか新鮮だ。仲麻呂の碑の裏側には李白の詩もある。

仲麻呂はここで死んだわけだ。

 

碑林へ行く。ここもユウコの希望だが、たしかにこれでもかというぐらい碑がならんでいる。石だらけだ。はじめは「ほほぉ」と感じて読んでみたりもするが、あまりに多くて最後は歩いているだけだ。こんなに多くても困る。その道の人にはたまらないのだと思うが・・・。白人の観光客も来ているが、これを見て何を感じるだろうか。

 

碑林の目前には文昌門がある。ここから城壁に上がり、南門まで約15分、散歩する。

 

やはり2人とも疲れている。原因はいろいろとある。暑さ、なれない食事、圧倒される雰囲気、外国に対する緊張感。それに、出発前の引っ越しのどたばたも含めれば、もう1週間以上もあたふたと動きっぱなしだ。分かっているなら休めばいいのだが、それも分かっているが、せっかく来た以上、休むのはしゃくにさわる。妙なところで貧乏性が災いしている。

 

ホテルに戻ってひと休みしても良いのだが、まだ午後3時だ。せっかくだからと清真寺まで歩く。清真寺、およびその周囲の清真街(イスラム地区。つまり回族の居住区域ということになる)は治安が悪いという話もあるが、行ってみると、整然とした中心街と違い、雑踏というか、下町のような泥臭さがあって、なんだかほっとする。

 

そもそも清真寺とはつまりイスラム教の寺だから、モスクのことだ。モスクなぞは、これから行く国々でいくらでも目にすることになるだろう。だから、当初は来る気はなかった。モスクはモスク。なんの違いがあろうか。しかし、違いはあった。西安のモスクは非常に中国的である。瓦屋根、門、伽藍、参道、庭園、本殿。一見、仏寺と変わらない。しかし、よく見ると違う。まず、仏像がない。植物が目立つ。そして礼拝堂がある。礼拝の本殿は靴を脱いで上がる。異教徒が入ることはできない。入り口には1日5回の礼拝を示す時計があった。どこか禅寺を思わせる部分もある。

 

不勉強のために、回族というのがどういう民族なのかは知らない。あるいはイスラム化した漢人とも思えるし、あるいは漢人とは異なる人々なのかもしれない。見た目には、判別は難しい。強いてあげればつばのない白い帽子が特徴だが、これは男性専用のようだし、かぶってない人もいる。ともあれ、これを見に来たのは良かった。

 

本殿の脇で腰掛けていると、日本人が1人やって来た。年齢は40ていどの女性である。はじめ本殿を眺め、手にした「歩き方」を眺め、なにやら独り言をつぶやいたりしていたが、我々にも声をかけてきた。広島から来たという。「ツアーはめんどくさくて」1人で来たとのことだ。「西銭にも行きたいんだけど・・・」と、我々を誘いげな様子であるが、我々に行く気がないことを知ると去っていった。ちょっと寂しそうな感じだったが、失礼ながら「いい年して一人旅とは・・・」という意見で我々は一致した。

 

飯を食おう。2人ともそろそろ体調が良くないので安全を考えると屋台はさけたい。となると、意外と手頃な店がない。立派な店が多いのだ。結局、昨日の五一飯店に今日もお世話になる。野菜を食べよう。

 

帰りがけに桃を買った。新疆名物のハミ瓜も街中で見かけるので、あれもいつか試してみたい。

宿に帰るバスから「西安人民大厦」を見た。まあデカイこと。これでも3つ星ホテルなのだから驚きだ。こんなところには泊まる気にもなれない。「歩き方」によれば、この町には手ごろな安宿がないというが、駅前にしろ街中にしろ、それらしい宿は山とある。

 

日本を出て、明日で丸1週間になる。ここまで、やや金を使いすぎの傾向があるが、とはいえこれ以上切り詰めるとなるとどうすればよいだろう。まずは宿代だが、今より安い宿を探すとすれば、ドミトリーに泊まるか、もっと汚いところに泊まるか、がんばって交渉してまけてもらうか、ということになる。最後はともかくとして、この暑さを考えるとエアコンとシャワー、そして個室という自由な空間は捨てがたい。食事に関してはむしろよく抑えられていると思うし、あとは観光ということになるが、これも無駄にあちこち行っているわけでもないし、これを削るとなれば「何のための旅行か」ということになる。

 

そういうわけなので、費用としてはこれぐらいかかるというのが現実的な見方だ。それにここまでは大都市なのだから、田舎に行けばもう少し物価が下がることを期待しよう。

 

デパートでコーリャン酒のワンカップみたいなのを買ってみた。銘柄は湘泉。湖南の銘酒らしい。125mlと手頃な大きさである。アルコールは52%とかなり濃い酒だが、香りも強烈で部屋に染みわたる。腹にも染みわたる。味は泡盛をさらに強烈にしたような感じだが、独特の臭みが口に残る。プラモデルのセメダインのような雰囲気もある。

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