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8月7日(金) 銀川 晴れ

 

ユウコが下痢になった。と同時にトイレが詰まってしまった。そのうえ、トイレの天井から水が落ちてくる。とくに朝6〜7時がひどかった。「上の階から水が漏れてくるのでは」とユウコがひどく気にしている。気を病んだせいで体調が悪くなったとも言う。

 

“今天是没有天” 我々は「没有天(メイヨーデイ)」と名付けた。要するに「ツイテナイ日」である。

 

思えば銀川に来てからこのかたツイテナイ。銀川飯店でトイレ・シャワー共同を拒否したことに端を発しているのか・・・

とにかく、できることなら今日のうちに銀川を離れようということになった。昨日の窓口の様子ではまだチケットがあるような雰囲気だったので、当日切符もあるだろうと期待し、チェックアウトも済ませてしまう。火車站へ向かい、明日の予約を今日に変えられるかどうか、ダメモトで聞いてみる。しかし残念ながら今日の蘭州行きは「没有」。困った。再び宿を探しに街へ戻る。ユウコは、いずれにせよあの部屋は出たかったのだと言う。水回りが悪いのでストレスがたまるばかりだったらしい。僕は呑気にしていたのでユウコの様子に気が付かなかった。

 

ところが旧城区ではどこへ行っても部屋が「没有」。銀川賓館は安い普通間も標準間も「没有」。高い部屋しか空いていない。鼓楼賓館も「没有」、豊寧賓館も「没有」。今日はイベントでもあるのだろうか。この調子ではどこへ行っても没有だ。僕はもとの宿に戻っても良いのだが、「銀川飯店はもういやだ」とユウコが強く主張するので、観念して銀川賓館の220元の部屋に入ることにした。北楼(旧館)は乙級70元、甲級108元を思うとなんとも屈辱的だが、この南楼(新館)の部屋は、さすがに高いだけあって部屋の調度も立派だし、なんといってもきれいだ。フロアの女性も、どことなく気位が高いような気もする。部屋は最上階(8階)で眺めも良い。これではリゾート旅行である。しかし、これはこれでほっとする。神様が「少し休め」と言っているような気がしてきた。ユウコの体調も持ち直してきたらしい。安心したのだろう。

 

中華料理のファストフード食堂で食事。味はまあまあだが、ぬるかった。

 

ひと息ついたところで、西塔のある博物館へ見物に行く。ここも西夏の資料でいっぱいだ。この博物館の説明によると、「西夏」というのは歴史学上の命名で、その当時は漢人は「大夏」と呼んでいたようだが、本人たちはそのどちらでもなく「大白国上」とかなんとか名乗っていたということだ。李元昊の祖は択抜氏で、これはタングート族の一派である。唐代に諸侯となり、皇帝より「李氏」を賜る。それが独立したというわけだ。そもそもは青海・四川に居たのだが、チベット族に追われてこの地方に来たともある。侵略民族というわけではないらしい。それしても中国4000年の180年とはいえ、国家を保ち、文化も栄え、ひと頃は唐も凌ぐ勢いだったというから大したものだ。やがて彼らはチンギスハンの侵略を受け、長い戦乱ののちに一族郎党は全て掃討された。よって、現在タングート族は存在しないのだそうだ。

 

日本人ツアー客に遭遇した。彼らも歴史ファンなのだろうが、どうもツアー客は雰囲気的に好きになれない。自分もかつてはツアーで旅行したこともあるのでお互いさまだし、悪気はない。ツアーだろうと個人だろうと旅行していることに代わりはないのだが・・・

 

銀川南関清真大寺へ行く。ここのモスクは西安と違い、まさしくモスクのイメージだ。庭園には緑と花が多いところは西安の清真寺と共通している。モスクのドームや壁には濃緑色のタイルが使われており、これが特徴的だ。

僕は感心して見て回っているが、どうもユウコの様子がおかしい。ますます歩みが遅く、動きが重くなっている。疲れが顔に出ている。ここまでも、かなり無理して一緒に歩いていた様子だったが、暑いのと疲れといろいろあってか、彼女はついに「悪いけど、宿に戻るね」と、僕に告げた。僕は独りでもう少し歩くことにする。

 

久々の一人歩きになって、心配する対象が目の前からいなくなったせいか、今まで背負っていた荷物を下ろしたような感じだが、しかし、身軽になったというより、却っておぼつかない。身の回りの安全バリアが一つはがされたような気がする。たしかに、2人でいれば監視の目は4つになる。お互いの荷物や、身の回りの危険も察知することができる。ここまでそのような危機に巡り合わせていないから良いようなものの、しかし今はその目がない。なんだか落ち着かない。

 

南門に行く。門の南壁には毛沢東の絵が掲げられており、さながら「ミニ天安門」だ。このすぐ南側広がる広場の向こうに長途汽車站があった。いずれ長距離バスの世話にもなるのだから少しのぞいてみようと近づいてみると、汽車站の周りには浮浪者然とした汚いなりの目つきの悪い男どもが多く、なんだか襲われそうで恐ろしい。それでも彼らの多くは暇そうに地べたに座っているのみだ。構内に入って値段などを調べてみる。大きな地図と料金表が掲示されていてわかりやすい。蘭州までは514kmで、7:00、17:40、19:30のバスがある。座席バスは38.2元、寝台バスだと上輔が55.2元、下輔が60.2元。いずれも列車よりは安い。

 

南門と長途汽車站の間の広場をぶらぶらしていると、さっきの日本人ツアーにまた会った。みなさん、良いカメラを持っていてうらやましい。しかし汽車站の看板を見て「あれは、鉄道の駅なんでしょうか」とトンチンカンなことを言っている。どうもこういう団体さんは苦手だ。なぜだろう。日本の空気をそのまま持ち込んでくるからだろうか。そばを素通りしたが、彼らは僕の存在には気にも留めない様子であった。

 

通りのあちらこちらに、赤い看板に黒あるいは白の手書き文字で題名を掲げた、おそらく簡易映画館を見かける。映画館というより、商店の一室でビデオ上映をしているだけのようだが、入り口にはたいてい、化粧の濃い女が数人、暇そうにしている。たまに、これまた暇そうな、チンピラ風の男がいることもある。外から中をうかがうことはできない。外向け宣伝スピーカの音を察するにハードボイルド映画のようだが、看板の題名からは、艶めかしい女体が出てきそうなフィルムもある。あるいは両方代わる代わる上映しているのかもしれないが、スピーカの音がやたら大きいのが逆に気になる。ふと、あれはカムフラージュで、なかではポルノやストリップや、あるいは売春行為などもやっているのではなかろうか・・・などと、つまらぬ邪推をする。店によっては中にカラオケもある、というような看板を出している。映画とカラオケがどうしたら共存するのだろう。それともカラオケタイムになるのかしら。カラオケの音量が流れているあいだ、そこで人は、いったい何をするのかしら。

邪推を助長する要因はほかにもある。

1階がビデオ上映館とすると、2階には必ずと言っていいほど「招待所」、つまり宿泊施設がある。これはいかにも怪しい。そして隣は、これまた必ずと言っていいほど、場末の飯屋がある。ますます怪しい。ビデオを見た人はそこで泊まって、朝はそこで飯を食うのだろうか。ちなみに上映館の入場料はどこでも2元か3元。しかし不用意に入れば身ぐるみはがされてしまいそうな気もする。写真に収めたいが、カメラを向けるのも勇気がいるものだ。

 

銀川の街は全般にのんびりした雰囲気があり、新しいものと古いものが選り分けられているような感じもする。南門の北側にのびる通りは並木が整然とした電気街だ。あれも銀川、これも銀川、というかんじだ。

ゲームセンターも冷やかしてみる。日本の中古のゲームが多く、バーチャファイターやストリートファイターのような対戦もの、およびのレースものが目立つ。しかし、もっとも人気があるのはサッカーだった。ワールドカップの影響が大きいのだろう。ただし、やっている人よりも見ている人の方が多い。

 

宿に戻る。銀川賓館は3ツ星ホテルということが判明した。それでも上海の1ツ星ホテルと値段が変わらず、ホッとする。

夕方6時。2人で夕食に出る。いろいろ歩いて、良さそうなところへ入る。ここの料理はずいぶんと辛いが、うまかった。そして安い。しかしユウコは「料理がぬるい」と嘆いている。

 

もう8時だが、まだ明るい。

ホテルの前にはたくさんの車が停められている。そして入り口に垂れ幕が下がっていた。なんでも、医薬関係の学会があるのだそうだ。それで、街のホテルがいっぱいだったというわけだ。

 

今日は「全国寧夏全汁ワイン」を買ってみた。ラベルは白とあるのに、中身は赤であった。飲み口、あと味、どこか紹興酒を思わせる。体調の悪いユウコは早々に寝てしまった。今日は満月だ。10時を過ぎても、歓楽街のネオンはビカビカ光っている。夜はまだまだこれから、というかんじだ。

 

1人、酒を飲む。

 

そういえば今日、写真を現像に出した。写真屋のメイン営業は結婚モノで、この店は香港資本らしい。非常にハイソな雰囲気。しゃれている。お客も多い。サンプルの写真は、芸能人もびっくりという、ほんとに「夢のような」1枚というかんじだ。

 

**

 

8月8日(土) 銀川 晴れ

 

 早朝、なんだか騒がしいので部屋の窓から眼下を見ると、ホテル脇の路地で朝市が開かれていた。急いで降りて見に行ったが、すでに終了間近で品物も少ない。時計を見ると8時前だ。

 思い切って床屋に行くことに決めた。昨日、独りで歩いている最中に、近所で2軒ほど目をつけてあった。街の床屋は女性用の美容院が多いが、その2つなら男でも入れそうな雰囲気だった。しかし、いざ近づいてみると中に入るのがためらわれる。まず、店員の女どもが暇そうな、つまらなそうな、無愛想な態度でいるところが気になる。そして、どの床屋にも「マッサージ」の看板がある。「泰式」ともある。なにがどう「タイ式」なのか。ただのマッサージでは終わらないような気がする。

 それでも今日は1日ヒマなのだから、こんなときこそ髪を切ろう。とりあえずチェックアウトを終え、まずホテルに荷物を預ける。と、荷物預け所の横に小さな理髪屋があるではないか。値段を聞いてみると、切って洗って6元とは安い。相場を知らないが、上海で見た床屋の値段表よりはずっと安い。床屋のおばちゃんは文字を読めず、僕は中国語を話せず、荷物預かりのおばちゃんが助け船を出してくれたおかげで、ここで髪を切ることになった。腕は良い。荷物預かりのおばちゃんがおかしそうに見ている。なかなか良い頭になった。

 

 昨日、現像に出した写真を取りに行く。若干の返金があった。賓館のロビーで手紙などを書く。写真の裏に1枚ずつコメントをつけるべく、ユウコが奮闘してくれる。

 

 もはや必要としない上海や西安の地図とともに写真を送ろうと郵便局に行くが、繁華街の小さな局では取り合ってくれない。どこでも「郵電大楼に行け」と言うばかりだ。そこで、言われたとおり郵電大楼に行く。以前の教訓をもとに、送るべきものを提示した上で包装紙を局内で買おうとしたら、局員が勝手に箱詰めを始めた。しかもその箱がでかい。料金が高くなりはしないかと心配するが、もう遅い。「ほかに詰めるものはないか?」と聞いてくる。中身がすかすかだ。半分も空いている。惜しいが、ほかに詰めるものはない。発泡スチロールが押し込まれた。箱になったので小包扱いになってしまった。航空便ではなんと240元もするという。しかたなく船便で送ることにする。到着まで1ヶ月から2ヶ月というが、仕方がない。まあ、腐るものでもないし。それにしても郵送は安くないよ。現像代と送料と、金がかかりすぎた。次回からは現像しないで送るか・・・。

 

 腹が減ったので食事をしようということになったが、ユウコは店選びに慎重である。僕はどこでも良いのだが、彼女はあれやこれやと言うので店が決まらない。おまけに選んだ通りが良くないのか、店が少ない。だったらはじめから繁華街に行けば良かった。たまには違う道も歩いてみようなどと考えたのが間違いだった。けっきょく1時間半も歩いた。

 

 やけになったのか、店を見つけた喜びか、2人とも食べ過ぎた。

 

 昨日1人で歩いた南門、汽車站などを2人で見る。銀川商場を通り、デパートでボールペンを買う。このデパートは今日大売り出しのようで、にぎわっている。

 再度ホテルのロビーで休息。ホテルはクーラーも利いているし静かだし、ホッとする。

 

 19時になった。そろそろ火車站へ出発しよう。荷物を受け取りにフロントに行く。ところが荷物預かりのおばちゃんがいないため、フロントでは対応できない。鍵の在処が分からないというのだ。これは困ったことだが、彼らも困っている。こっちの引き出し、あっちの棚。この鍵は? いや違う。フロントのオネーサンは右往左往する。けっきょく、電話しておばちゃんに来てもらうことになった。そしておばちゃんはすぐにやってきた。かわいらしいおばちゃんだ。荷物が戻ってきた。おばちゃんは自転車で帰っていった。

 

 のんびりと走る市バスで火車站へ向かう。改めて見ると、駅の周りにもホテルやレストランが多い。

 

 今日乗る列車は銀川21:46発 蘭州7:00着 Y203次「旅游」とある。旅游列車の定義はよく分からないが、車内は派手やかだ。列車員も品がよい。

 そういえば銀川でも漢人の方が多いのだが、料理屋といえば「清真」が多い。もちろん、店では漢人的料理を楽しむこともできるようだが、しかし全体としては清真的のような気がする。

 

 最近、どうもイライラすることが多いように思う。

 僕は言葉が分からないので、交渉ごとのような「仕事」をユウコに任せることが多くなるが、任せるとなにかと気がかりになる。あるいはやり方が気にくわなかったりして、かえって不満や苛立ちが募る。だからといって、全部自分でやるのはどうかと思う。それでは2人でいる意味がない。といって、1人になりたいのかというとそうではない。結論として、任せる以上は、なにがなんでも最後まで任せるべきなのだ。「2人で共同」という考え方をすると、責任逃れになる。「なんとかしてくれるだろう」「決めてくれるだろう」と勝手な期待だけが大きくなる。

 どっちつかずになったときにどうするか。

 意見が分かれた場合はどうするか。

 それにしても、一人旅に危険はつきものではあるが、たとえばこの列車はどうだろう。ユウコがもしもこの列車に1人で乗り込んだら、いま僕らの周りにいる陽気なおじさんたちの人気の的になるに違いない。ユウコは言葉もできる。それが筆談であっても、言葉ができれば交流ができる。それが彼女の、今の強みだ。ユウコなら「中国ひとり旅」が書けるのだ。しかし、彼女の問題は −それが問題であるならば− 交渉が苦手なことにあるだろう。つまり「押しが弱い」のだ。それは「中国にいるから」「中国語だから」というのではなく、そういう性格なのだ。翻って自分のことを考えてみよう。たとえば、ときとして人の話を聞き流したり、たとえば食に頓着しなかったりするのは「旅先だから」というのではなくて、そもそもそういう性格なのだ。

 これまでも何度か考えているが、行き着くところは同じである。僕は、僕の夢を実現させ、いま旅路にある。彼女は僕の夢に付いてきた。「付いてきた」・・・ それは追従なのか、共同なのか、共存なのか・・・。 あれこれ考えて気を使うのは骨折り損のような気もする。僕は僕のペースでやりたい。だから、ユウコもユウコのペースでやるべきだ。しかし、これがエスカレートすれば、一緒に旅をする意義はなくなる。一緒に旅を続けるならば、相互共存でなければならぬ。彼女は無目的に付いてきているわけではない。彼女にも意志がある。意志があるならば、それを実現したいという欲もあるだろう。中国語を話したいなら、もう少しがんばってほしい。と思うのだが、彼女を見ていると、どうもその辺がすっきりせず、何を考えているのか、私には判然としなかった。もっと態度をはっきりしてほしかった。行きたいなら「行きたい」と。イヤなら「イヤだ」と。体調が悪いなら「悪い」と。問題はそれをいかに表現するかにある。どうもその辺がすっきりしない。

 その一方、自分も態度をはっきりさせないといけないのかもしれないな、と自戒する。

 

**

 

8月9日(日) 蘭州着 うすぐもりのち晴れ

 

 目覚めると辺りは山がちになっている。切り開いた段々畑は、まだ夜が明けてないせいだろうか、寺社の庭の如く砂利が敷き詰められたように見える。6時半だ。ふと、お腹が騒ぎ出してきた。到着まで我慢するかと思ったが、トイレが空いていたので走り込む。朝になると便意を催すのは健康の証拠なのかもしれないが、このところ腹痛を伴って起きる。それが心配といえば心配だ。

 

 列車は定刻通り、朝7時に蘭州に到着した。

 

 ガイドブックの情報をもとに、比較的安価で、かつ駅から近い迎賓飯店に行くと、フロントはまだ眠っていた。部屋は「没有」。昼に来ることにして、いったん荷物を預けに火車站へ戻り、白塔山見物に出かけることにした。

 バスで天下第一関の中山橋まで行き、黄河を渡る。目の前に白塔山がある。朝早いが客はある。えっちらおっちらと登る。途中には休憩所やら売店やら射的やらある。スナックとブドウジュースの朝食を取る。するとユウコは胃が活性化したらしく、トイレへ。どうも調子は良くないらしい。体調が気遣われるが「大丈夫」と答えるばかり。あまり大丈夫そうではないが、食欲もあるし、それに本人がそう言うなら、これ以上気を使うのは無意味だ。と、昨日決意したのであった。ユウコには冷たいかもしれないが、そうでもしないとこちらがもたない。だめなときはだめと言う。そうでなければ困る。

 ただ、トイレは「すごいトイレ」だったらしく、「よほど調子が悪いのでない限り行かない方がいい」とユウコが言った。

 頑張って頂上まで登ると蘭州の街が一望できた。朝靄なのか砂なのか、くすんでいる。

 

 昼までは時間があるので、デパートで買い物をすることにした。そろそろフィルムを買い足さねばならないが、並んでいるのはISO100ばかりで400がない。店の展示には空箱があるから、どこかに存在しているのだろう。しかし、デパートには在庫がなかった。

 午後を回ったところで再度迎賓飯店を訪問。今度は空きがある。中楼は80元と安いがシャワーがない。后楼は138元でシャワー・トイレ付き。前楼は50元。推して知るべし。やはりシャワー・トイレ付きの方が気は楽だ。

 部屋は1階なのが少し気になるが、内装は悪くない。シャワー室が少々みすぼらしくて、ユウコは銀川飯店の再来かと、ストレスがたまりそうな顔をしている。清潔なのが救いだ。

 

 部屋に落ち着くと根が生えてしまいそうだが、もうひとふんばりしないと明日炳霊寺に行けなくなってしまう。炳霊寺へはツアーがあるはずなので、旅社を探しに街へ出る。しかし、見つけても休みだったり(そういえば今日は日曜日だ)、明日のツアーは「没有」だったり、ユウコが頑張って聞いてくれるが、収穫はない。僕はだんだん疲れてきた。CITSの優しいスタッフの話では、劉家峡行きの郊外バスが長途汽車站からある。劉家峡まで行けば、そこからボートが出ているから炳霊寺に行ける、とのことだ。バスは10元。ただし甘粛省の保険に入らないとチケットは買えない。これが1人35元。甘粛省にはなぜか独自に旅行傷害保険に入らねばならず、変な制度だが、「きっと事故があっても我々に金が支払われることはないだろうね」という意見でユウコと一致した。

 

CITSでは保険には入れるが、バスの券は長途汽車站でしか買えないと言うので、市バス1番で長途汽車站へ向かう。ところが交差点で交通事故が起きた。バスが右に寄せようとしたところで、横にいた自転車とぶつかったらしい。ガツンと大きな音がした。女車掌が客に対して「降りろ降りろ」とせかす。降りると、横に自転車と男が倒れている。体を起こされた男は顔が血まみれになっていた。意識があるのかないのか、そこまで見ずに我々は目的地へ急ぐ。

バスを乗り換え、やっと目的の長途汽車蘭州西站にやって来ると、「保険がないとバスの券は売れない」と言う。そしてここでは保険に入れない。ではどこへ行けばいいかというと、バスで来た道を少し戻った「小西路」というところに保険屋があるとのことであった。歩いていく。ところが、その保険公司は休みだ!

 

がっくり。

 

為すすべがないのでCITSまでバスで戻る。さっき保険だけ買っておけば良かった・・・

再度汽車西站へ。このターミナルでは臨夏、臨童行きのチケット持った客引き、というかダフ屋然としたチケット売りが、ハエのようにつきまとい、実にうっとうしい。ぶん殴ってやりたいぐらいだ。

 

僕はもうへとへとだ。ユウコが劉家峡行きのチケットを買ってくれた。ありがたい。

 

僕が「もう帰ろうよ」と言うと、「もう少し頑張って、敦煌行きのチケットを買いに東站へ行こう」と言いだした。「うへー」。僕は思わず声を上げた。さすにがに、もう勘弁してほしかった。西站の待合いはガラが悪いが、荷物を盗まれるのも省みず、もはやここで居眠りをしたいぐらいである。

しかしユウコは頑張った。東站には行かないまでも、ここ西站の窓口にかけあっている。そしてその結果、わざわざ東站に行かなくてもここからも敦煌行きのバスが出ることが判明した。寝台バスは2人で300元。

 

ありがとう。

 

ひと仕事終えたところで火車站へ戻り、荷物を受け取って宿まで運ぶ。そして食事へ。宿から駅に少し戻ったところの店に入る。うまい。とくにスープがうまい。

火車站前の天水路はフリーマーケットでにぎわっていた。

 

そういえば今日、交通事故に出くわした。蘭州の車、特にバスは運転が荒く、銀川ののんびりさとはエライ違いがある。「売り上げの計算がバス1台ごとの歩合制なのではないか」とユウコが言った。たしかに、同じ1路バスでも、停留所ごとに抜きつ抜かれつの競争をしているのだから、その話も納得できる。車掌も停留所ごとに「乗れ乗れ、降りろ降りろ」と客をせかすし、客が乗り切るやいなや「それ行け!」とばかり大声で運転手に合図する。そう考えると、運転手と車掌は実は家族とか、兄弟とかなのではないかという気もしてくる。

バイクは少ない。日曜というのもあるかもしれない。けっこうヘルメットをかぶっている。この街は徒歩者が多い。

 

昨夜、つまらぬ事をあれこれ考えたせいか、ユウコの頑張りと成果が光る1日だ。

 

保険といえば、銀川では宿泊保険みたいなのを取られていた。銀川飯店では1人10元。銀川賓館では1人1元。良いホテルの方が保険が安い。

 

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