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34日(木) 昆明 快晴

 

【石林への一日ツアー】

6時起床で、7時出発。石林一日游へGO

南下したとはいえ、西にも入ったので、この時間でもまだ暗い。

街灯も無く、真っ暗の通りを、自転車たちはライトも付けずにどんどん走っている。

 

石林ツアーと言えば中国でも有名で、石林には観光客が殺到するという話を聞いていたこともあって、

「我々が予約した昆湖飯店前では、さぞかし観光バスが並んでいるに違いない」

と、半ばわくわくしながら行ったのだが、バスはなく、閑散としている。

 

ホテルのロビーにも客はいない。

「他にお客はいないのか?」

フロントに尋ねてみると、そばのソファで待つよう言われ、腰をかける。

職員風のオヤジが横に座っている。

740分発と言われていたが、バスも客も来ず、落ち着かない。

すると我々の様子を察してか、フロントのオネエサンが「バスはまだかしらねえ」と門前に出たり、外で待ったりしてくれる。

 

やがて、ミニバンが登場した。

我々2人と、一見職員かと思ったオヤジが乗り込んだ。彼も客らしい。学生の頃、よく通っていたうどん屋のオヤジに似ている。

我々を乗せると、ミニバンはすぐに出発した。

「お客は、3人? これでは赤字だなあ」

などと余計なことを心配するが、昨夜の伊蘭堡の近くを通りがかると、マイクロバス19人乗りが待っていた。そしてここでお客を拾う。

若いカップルと中年夫婦を乗せ、これで客は7人になった。

これに運転手と、女性ガイドと共に、8時過ぎにLet’s go !!

 

【ガイド付き旅遊】

ガイドさんは道すがら、拡声器を片手にいろいろと喋っている。

このまま楽しく石林へ、いえーい!

・・・と、思っていたら、9時半、バスは街道筋に停まる。

そして沿道の、「萬福珠寶工藝廠」なる、玉石みやげ屋に連れて行かれる。

 

「こんなところに来てもなあ」と、ユウコと2人で首を傾げる我々だが、しかし残る5人のお客は、みなさん結構物色に余念がない。

我々は素っ気なくトイレのみ拝借する。しかし、だからといってバスで待つのも寂しい。

そこで、店内を興味なさ気に歩き、横目でチラチラ見ていると、店員より先に、ガイドのお姉さんから「5割引きよ!」と薦められた。

570元の宝石が、いまならたったの270元!」

と、なるほど、眺めていると「ふーむ」とついつい手が出そうになるが、「いかんいかん」と陳列棚を離れた。

10時出発。

 

沿道には鴨屋が多く建ち並び、店頭にはカモたちが、まるで伊豆の街道に並ぶ干物のように干されている。

そして、石林に着く前に「吃飯」となる。

「まだ11時前だよ」と僕が呆れると、

「いやいや、人民には食事が大事だからね」とユウコが笑う。

目の前のレストランで各自に食べる。やっぱりカモを食べた。そしてここでも皆さんはみやげに余念がない。

 

【早朝に出発してメインの石林には昼前に着いたのだが】

 1140分、石林に到着。3時間の自由時間が与えられ、なんとなく7人そろって行くことになった。

“京うどん”のオヤジは案内図を買い、中年夫婦(ダンナは財津一郎に似ている)と3人で、ルートをくまなくチェック。

ユウコは若いカップルに話しかけられた。こちらの2人は広州から来たと言うが、我々が日本人であることを知ると、男は、

「自分は寿司職人なんだ」と言って喜んだ。昨日、我々が行こうと考えてやめた「味千美食」の職人らしい。

なんとなく、「行かなくて良かった」と思う。彼が信頼できないのではない。

女性は、女優の賀来千賀子に似ている。さわやかカップルである。

 

いよいよ石林の入場門をくぐる。

と、入ってすぐに「民族衣装着せ替えサービス&フォトスポットで撮影大会!」のコーナーがある。

「貴方も5分で“サニ族”になれる!」という感じで、

「ありゃー、これは参ったねえ」と、またまたユウコと2人で顔を見合わせ、

「いやー、こんなとこほっといて、先に行きましょうか」と言わんばかりに辺りを見回すと、もはや賀来千賀子女史はやる気満々、すでに着替えを始めているではないか。

さらに振り返ると、財津一郎夫婦は2人そろって着替えを終え、大変身。立ち位置の指導を受けている。

財津氏は恰幅が良く、決まっている。奥さんもステキだ。

 

そこかしこに、サニ族の衣装を纏った漢人、いうなれば「にわかサニ族」が楽しげに歩いている。

不思議なもので、さっきまでバカにしていたのだが、大衆に巻き込まれると、

「じゃあ、我々もひとつ」という気分になってくる。

それを言ったらユウコに、

「まさか」と鼻で笑われた。ふと、ブハラで着せ替え人形になったことを思い出す。

 

 服装を直し、ふたたび7人で歩く。

中国人、そこかしこで写真を撮るので、一緒にいるとついつられてしまう。それに、「フォトスポット」をよく知っている。彼らに限らず、特定の場所に行列ができているのだ。

僕は言葉が分からないが、みんなで喋ったり、分岐でどっちに行こうか考えたり(ほとんど“京うどん”のオヤジが仕切っていたが、これもよかった)、楽しい。

何度か2人の写真を撮ってもらったのも良かった。

 

お客は他にもいて賑やかだが、混雑はしていない。

桜、つつじ、そして新緑が美しく、天気も良く、空気も爽やか、むちゃくちゃ暑いわけでもないし、良い季節に来たものだと思うが、今はオフシーズンなのかもしれない。

 それはそうと、前半はなにかにつけて写真だのなんだのと、なかなか進めず、「これでは時間内に見て回れないなあ」と心配だったが、途中からは順調で、すたこらと歩き回り、大石林を見終わった。

隣接する小石林へも行く。大石林は大自然そのままのところに遊歩道を造った感じだが、小石林には芝生があり、草木も植えられ、庭園である。中国的であり、そして南国情緒が漂う。

 

3時間の見学時間を終了し、そして】

 帰り道にもみやげの屋台が並び、そして皆さんは土産選びに余念がない。我々は買わない。

野外劇場では午後2時半から民族音楽ショーがあるようだが、見られず、結果的に予定通り出発した。

ところで、民族衣装撮影に収まった写真は3人(カクチカコさん及び財津夫妻)ともブロマイドに収まった芸能人のような出来映えであった。なかなかイカシテいる。

「やれやれ、これで昆明に戻ってひと休みだ」

と、思っていたら、今度は「黄家医院」なる、雲南自慢の薬学所へ連れて行かれる。

 

なんだか偉そうな先生による簡単なレクチャーと共に茶が振る舞われ、そして無料医療診断とのことで、各人毎に個別レクチャーがあるらしいが、我々は言葉も分からず戸惑うばかり。

「別に受けなくても良いけどねー」と思っていたら、日本語の分かるスタッフが登場し、始めから説明してくれた。

黄家はそもそも、ガン、肝臓、心臓の治療で有名らしい。

中国の五行(木火土金水)は、それぞれ、木=肝、火=心臓、土=脾、金=肺、水=腎、という対応があるらしい。

ガイドのお姉さんは黄家医院で日本語を教わったらしく、帰りのバスでは「コニシワ(こんにちは)」「サヨラーラ(さよなら)」「ワタシワ(私は)」と嬉しそうだ。

 そんなこんなで昆明に帰ってきたのは17時半であった。

 

皆さんと別れ、バスを降りた目の前にあるレストランで米綫を食べる。美味かった。

18時半でも日が高いが、明日も早起きなので部屋に戻る。

 

 プリングルスは一缶12元で、米綫2杯よりも高いのが妙だが、さすがにアジア物だけあって、日中(簡体字)中(繁体字)タイ、ハングルの表記がある。あと、英語。必ず6カ国語だ。

 

 我々はツアーに地下石林が付くものと思っていたのだが、行かなかった。

これは残念であるが、思い返すと行きのバスの中で、地下石林の説明をお姉さんがしたあと、

「行きますか?どうしますか?」という話を、他のお客さん方とやっていたような気もする。

それでおそらく「石林に長くいた方がよい」ということになったのだろう。

 

中国人の観光はなかなか楽しいが、日本人も、国内旅行が流行った高度成長期以降や、海外ブームの80年代などは、けっこう良い感じだったのかもしれない。

ひと頃「どこへ行っても日本人だらけ」と嘆かれたが(今もそうだが)、近いうちに世界は中国人観光客だらけになるのかもしれないぞ。まあ、それはそれで良いだろう。

 

34日の天気予報

北京 13

東京 17

バンコク 35

1ドル=122