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221日(日)長春 快晴

 

「我們的思考是浅薄了!!」(合っているのかどうかは不明)

 

【浅はか、その1】

6時半に起床して、チェックアウトする。

フロントでの精算で、若いオネエチャンは180元だと言う。彼らの言い分によると、3人間は原則として男女別であり、つまり多人房よろしく、相部屋にするのが普通なのだという。

「通常、男女が同じ部屋で寝泊まりすることは禁じられています」と、まるでいい加減なことを「お上から通達が出ている」かのように、サラリと言う。説明が続く。

「我々は、あなた方を特別に同じ部屋にしてあげた」のであり、さらには「3人目(他人)が入らないよう、取りはからってあげた」ので、ベッド3つ分払え、ということらしいのだ。

そんな話は聞いていない。

だいいち、ガラガラのホテルで3人目もクソもあるものか。僕は料金表を叩いて「160元と書いてあるじゃないか」と日本語で怒鳴るが、オネエチャンは無表情で、

「ですから、ベッド3つで180元です」と、アイソがない。

「昨日の小姐は、160で、2人合わせて120だと言った」とユウコが頑張ると、

「それは間違いだ」と突っぱねた。

僕は思わず笑ってしまった。

「間違い? それでおしまい?

 間違えたのはアンタの同僚だ。間違えたのはホテルの職員だ。

客に対して『すいません』の一言は、ないのか?」

彼女はフロントの宿帳を我々に見せる。そこには、いつ書いたか分からない「180元」という文字がある。

 

【浅はか、その2】

長春からバスに乗り、瀋陽に着いて、さっそく火車站に北京行きの予約に行く。

集票処はいつになく混雑している。構内の大きな電光掲示板に、列車番号ごとの予約状況が出ているが、北京行きはどれも「无」ばかり。

窓口の列に並んで順番を待ち、予約を試みるが、いずれも「没有!」。

「困ったなあ。北京に行けないぞ」。

ならばバスにしてみようと、火車南站近くのバスターミナルに行く(地図が分かりづらく、困った)。

だが、北京行きバスは初5日から初7日までは「没有」。むしろ正月から初4日まではあったらしい。あれば毎日14時発なのだが・・・

今日は初6日で、日曜日なのだ。

これまで宿は楽に取れたが(春節休業しているホテルもある)、問題は移動なのだ。正月中は、誰も動かない。

 

「北京に行けない」ということは「南下ルートを考え直さねばならない」ということでもある。

瀋陽から南下するには、どうしても北京を通らねばならない。それを避けるとなれば、大連へ行き、海を渡って山東半島の煙台へ行き、済南、鄭州、武漢、長沙・・・と行くか・・・。しかし、何をしに大連に行くのか・・・。

 

しかし、北京には行きたい。中国に来た以上、北京は見たい。

 

以前、ユウコが「承徳に行きたい」と言っていたことがある。承徳は北京の北東230kmにある、避暑地として有名な都市である。見どころは避暑山荘で、ここは清朝の第2の都、と呼ばれたのだそうだ。ともかくも、承徳で一息ついている間に、移動ラッシュのピークが過ぎるだろう、とユウコが言う。幸い、承徳行きの列車は南站から出ることが分かった。瀋陽の中央部には、近代的な高層のビルの北駅(瀋陽北站)と、レトロチックな南駅(瀋陽站)があるのだが、524直快は南站を750分発。承徳には22時に着くらしい。昼間の列車なのに硬臥がある。

「硬座はまちがいなく大変なことになる」と思い、硬臥を取った。明後日、瀋陽を出ることになる。

南站の案内板には、時刻表に乗っていない列車がある。たとえば1610分発、翌朝610分着の北京行き(始発は丹東)だ。これは承徳行きの切符を買ってから気がついたのだが、だからといって取れるはずもない。

 

ところで、長春発瀋陽行き「豪華高速バス」は、高速道を突っ走りながらのビデオ上映付き。香港モノの感じがするが、ワイルドというか、要するにドンパチ映画で、けっきょく最後は主人公も死んでしまう。流血シーンがえぐい。青少年にはよろしくない映画である。もっとも、乗客はオジサンばかりだが。9時のバスは、1220分に瀋陽に着いた。

 

宿は瀋陽北站に近い天涯賓館。高層の、しかしかなり古いホテルだが、部屋は悪くない。12階建ての10階の部屋であった。料金はやや高めである(180元)。

加州牛肉面、美国牛肉面、ろくなものがない。今朝は他に良い店もなかったのでMr.Leeなるファーストフード風ラーメン屋に入ったが、だめだった。哈尓浜のもうまくなかった。

長春、瀋陽と、残雪はほとんどない。日差しも強い。よく晴れている。多少、風がある。

朝鮮人が多いのか、街にはハングル文字が目立つ。そして、焼肉屋が多い。

 

最近、歩いていてよく物を尋ねられる。今日も宿を出たところで、中国人旅行者らしい中年に道を尋ねられた。僕は首を振り「我不会説漢語」と答えるのみで申し訳ないが、

「俺って、物を尋ねやすい顔なのかね」とユウコに聞くと、

「そうだねえ・・・。この辺りの人々と、雰囲気が似ているのかもね」。

東北人のカオ、ということか。

 

明日はゆっくり瀋陽故宮の見物をして、あさって承徳へ向かう。承徳でものんびりできる。

本当なら瀋陽には一泊だけで、明日の夜行で北京に行くのだが、そろそろ休憩がほしいところでもあったし、これで良いのだろう。休みましょう。

 

それにしても、カップラーメンは日本製(あるいは日本メーカー)に限る。韓国、中国製も面白いが、麺のコシが違う。

ところで食事だが、にぎわっていて、感じの良い店(入りやすい、キレイ)なら、だいたい間違いない。

オヤジくさい店は、やはりオヤジの店であり、これはこれで良い。きれいな店でも、ファーストフード的な店は、良くない。

屋台でも、人が多いところは概ね大丈夫である。「良い店は人を呼ぶ」というわけだ。

 

シャワーの湯はちょっとぬるめで、部屋はけっこう寒い。これで180元は高い。

「このホテルには大浴場があるみたいだけど、そっちのほうが快適かなあ」とつぶやくと、ユウコが「そんなことはあり得ない」と強く首を横に振った。

今になって考えると、哈尓浜の宿はよほど「アタリ」だったということになる。まあ、安くて良い宿というのはなかなか無いものだ。

夜になって、風が強くなった。部屋は10階なので、よく揺れる。夜中には止んでいた。

 

 

帰国もふまえつつ、今後の予定。

2/22(月) 瀋陽故宮見物 瀋陽2

2/23(火) 瀋陽→承徳 承徳1

2/24(水) 承徳のラマ寺見物 承徳2

2/25(木) 承徳→北京(昼着予定) 北京1

2/26(金) 故宮 北京2

2/27(土) 長城 北京3

2/28(日) 昆明へ出発 車中1

3/1(月) 昆明へ 車中2

3/2(火) 昆明着 昆明1

3/3(水) ビザ申請 昆明2

3/4(木) 石林 昆明3

3/5(金) 民族村 昆明4

3/6(土) 金平へ移動 途中の建水で宿泊

3/7(日) 金平へ 金平1

3/8(月) 個旧へ 個旧1

3/9(火) 景洪へ 景洪1

3/10(水)モンラーへ モンラー1

3/11(木)ウドンサイへ ウドンサイ1

 

このあとは、ナムパク、パクライと回ってビエンチャンか、あるいはルアン・パバンを回るか。

雨が降ると道が悪くなるというので、舟に乗ってみたい。もっとも、3月は雨期ではないのだろうが・・・。

いずれにせよ、ラオスには1週間をあてたいところだ。