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1031日(土){89日}イスファハン 晴れ

 

【イマームの広場こそ世界の半分】

 ホテルの1階にあるレストランで朝食をとり、朝9時に出発。まずはイマーム広場まで歩く。アーケード街にあるツーリストオフィスは朝11時からとのことで、まだ開いていなかった。(けっきょくこの日は一日閉店であった)

 

 ふと気がつくと、カメラの電池が切れている。カメラ屋に入り、電池を買う。わけもなく、こういうところに「先進国ぶり」を感じる。

 

 昨日、イマーム広場を訪れた時点ではすでに暗く、しかも店の多くが閉店していたので「世界の半分」ぶりは分からず、それで今日は朝一番でやってきたわけだが、第一印象としては正直なところ「ふーん、広いんじゃーん。モスクもフツーだし」というものだった。だが、広場を囲むように連なるアーケードの土産物街を冷やかすうちに、だんだんと心境が変わってくる。彫金細工、銀細工、小物入れ、カーペット、更紗。すごい。素晴らしい。美しい。まったく見飽きないのだ。同じところを2周、3周と回るたびに新たな発見があり、新たな驚きがある。けっきょく、今日は一日の大半をここで過ごした。そしてイマームのモスクだ。なんじゃこれは・・・ (・O・) 開いた口がふさがらない。礼拝堂の天井画の美しさよ、中央でのエコーの素晴らしさよ・・・音響工学のない時代に、1つの拍手が7回も響くエコーを奏でる建築技術が存在したとは・・・。

 

 広場を見渡せるというチャイハナに行く。アーケード街の2階にある。広場を挟んで、正面にはイマームのモスクの堂々たる姿がある。左手には大きなテラスが印象的なアリ・カプ宮殿がひかえている。アッバース大帝も、あのテラスから「世界の半分ぶり」を毎日自慢げに眺めていたことであろう。そして右手には、少々小ぶりのマスジェデ・シェイク・ロトフォラーが見える。南を向いていることもあり、逆光なのでまぶしいが、景色の美しさには変わりがない。

 

NHKシルクロードにも登場する職人は今も現役】

 チャイハナの脇からは細い小道のバザールがつづき、途中でタオルを買ったり、店を冷やかしながら歩いていくとマスジェデ・ジャメに出る。ふたたびイマームの広場に戻ってくると、昨日も会ったナリマンさんと遭遇した。悪い人には感じないので、情報収集もできるかもしれないと思い、誘われるまま店に招かれお茶をいただく。べっこう飴が美味しい。そこで話を聞いていると「更紗の職人に会いたくないか?」という話になり「その人は昔シルクロードに出た」と言いだした。そう言われて会わずに帰るわけにはいかない。

 

バザールのメインの小道を外れ、少し奥まったところに、中庭を囲んで2階建ての職人工房が集まったところに出た。2階に上がり、その工房の一つに案内されると、ジイサンが1人で更紗を作っている。ジイサンの工房の片隅に本棚があり、そこにはぼろぼろになったNHKブックス「シルクロード」があった。ナリマンさんが馴れた手つきでページをめくり、「ほら」と我々に見せる。そのページには、まさしく眼前で黙々と更紗にペイント版画を打っているジイサンの、20年前の若かりし姿が映っていた。更紗は大小さまざまだが、ペイント作業は実に単純、要するに多重版画の要領である。しかし、彼ほどに色彩に富んだ更紗を作れる職人はイランには「彼以外にはいない」という。それは、NHKブックスにも書いてある。つまり、彼を超える職人は20年以上も出ていないのだ。すごいことである。そして、座って作業を続ける彼の脇には、彼の作品が、無造作に山積みになっている。

 

ナリマンさんが声をかけ、ジイサンは立ち上がって自分の作品を広げてみせる。なるほど、その作品はどれもまったく素晴らしく、すっかり魅了されてしまった。じつは我々はすでにみやげ屋で更紗を2枚購入していたのだが、比べものにならない。そのことは黙っておいてナリマンさんに値段を聞くと、さすがに少々高いが、驚くやら残念やらである。1メートル四方のものなら14ドル程度で良いという。イランだけを観光しに日本から来ていたら、きっと山ほど買っていたに違いない。その衝動をぐっとこらえて、とくに気に入った更紗を1枚だけ購入した。

 

店を出て広場に戻ると、ユウコが言った。

「さっきのNHKブックスに下線が引いてあったの、見た?」

「いや」と僕が答えると、

「インタビューの中で『この仕事をしていて良かったと思えるのはどんなときですか』という質問があって、彼は『自分が苦労して作った作品を、お客さんが高値で買ってくれたときだね』って答えるんだよ。あれ見たら、ちょっとまけられないよねえ」。

それでも我々は5ドル程度まけたのだが、良い客だったのか、どうか。おまけの小さい更紗もサービスしてくれたことを考えると、まけたとはいえ、良い値段だったのかもしれぬ。

 

【世界の半分でチャイハネ巡り】

 夕方はチャウビー橋にある「雰囲気のいいチャイハネ」(アジア横断)に行ってみる。橋といってもアーケードになっており、チャイハネは橋の真ん中にある。なかなか落ち着いた、ちょっとなぞめいた秘密の場所的雰囲気がよろしい。となりの婦人が水パイプをポコポコとやっている。イスファハンが京都とするなら、街を流れるザーヤンデ川はさしずめ鴨川と言ったところであろう。水は比較的綺麗だし、川辺も美しい。そして、川端にはカップルが並んで座っているところも似ている。

 

【めぐりめぐって、またバーテン氏】

 ホテル・ナグシェジャハーンの横にあるアバハール・レストランで夕食を取る。ここは「アジア横断」でも紹介されている食堂で、オススメは魚フライとあってか、我々のあとに6人もの日本人旅行者がやってきた。彼らは団体さんだったので、我々には声をかけられなかった。それはそうと、今日もあの男に出会った。バム・ケルマン・シラーズでも会った、名古屋のバーテンさんである。イマームの広場を散歩していたところでバッタリ会った。これで4度目だ。ついに本名を聞いてしまった。

 

我々の両親がともに埼玉在住であることをと知って、「朝霞に姉がいるんですよ」と笑った。しかし、これは運命なのだろうか。

 

彼はシーラーズで無事ビザの延長ができたそうで、今後の旅程を聞いてみると、これからもまた会うような気がしてならない。バーテン君の足跡を確認すると・・・バム(アリ・アミリ・ホテル)、ケルマン(シーラーズ行きバスで同行)、ペルセポリス(博物館の前で)、イスファハン(イマームの広場)。

 

 昼、電話局で親父に電話した。イスタンブールの日本領事館宛に本を送るよう頼むのが目的だが、口頭では不安なので、あとで手紙を出す旨を伝える。親父は久しぶりの連絡に喜んだのか、珍しく10分余りしゃべり続けた。「娘の声も聞かせてくれ」とは、なかなか粋なことを言う。ところで、我々の銀行の残高も確認してもらった。辞める直前のボーナスが、辞めた後に振り込まれたこともあり、思っていたより資金があることが分かり、ホッとした。それで今日は浮かれすぎたか、土産物に7000円も費やした。これを多いと見るか、少ないと見るか・・・。

 

 ここで買った更紗、およびサマルカンドで買ったTシャツを郵送することに決めた。郵便局にはインターネットサービスもあるというので、その確認も兼ね、明日は郵便局に行こう。

 

【オレの靴、オレの足】

 「あなた、さいきん足がクサイよ」とユウコが指摘する。自分でも気にはなっていたのだが、最近顕著になりつつある。そこで靴を洗った。クサイ原因の一つは、カシュガルで買った綿の中敷きにもあるような気がする(これが非常にクサイ)。よって、中敷きは捨てた。

 

【思いのほか健全かつ快適な断酒生活】

 明日から11月。今日でイラン滞在は17日になる。これはすなわち、酒を断って17日が経過したことを意味する。高校卒業以来、こんなことはなかった。きわめて健全である。朝の目覚めも良いし、胃腸の調子も快活そのものだ。が、さすがにそろそろビールが恋しい。だけども、この国にはビールが存在しない。ないと分かれば求めても仕方なく、なんとかやっていけるものである。「ラーメン食べたくてもここには無いから仕方ない」のと同じ理屈である。だから、肝炎になったら「入院」と称してイランに来るべきだ。飲みたくても飲めないのだから!