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1022日(木) マシュハド着 晴れ 寒い

 

 イランのバスは、運行会社が異なっていてもバスの形はみなほとんど一様に同じ形である。座席の並びはいわゆる観光バスと同じ、2×2だが、椅子の座高が高い。深く腰掛けると、ユウコの足は床に届かなくなる。尻の部分はスプリングがよく効いている。変わっているのは、運転手の脇、バスの中央に助手が座る席があることだ。助手は最低でも1名ついている。2,3名乗っていることもある。運転席と助手席のスプリングはなぜかとくによく効いていて、端から見ると効き過ぎなのではないかと思う。とにかく始終、上下に揺れているのだ。バス酔いしないのだろうかと、人ごとながら心配である。

 

 我々は前の座席に座ったが、すきま風が入り込んで寒い。しばらく夜行バスに乗っていなかったので油断をしていた。これからイランではバス移動が主体になるので、心しなければならない。

 バスは順調に街道を走る。やがて夜が明け、その後もしばらく走ったが、マシュハドに到着したのは6時半であった。さすがに国の東部とあっては日の出が早い。

 

 イランの街のバスターミナルは必ずと言っていいほど町はずれにある。マシュハドも例外ではない。我々は、マシュハドの次はヤズドに行くと決めてある。一度街に出たあと、ここにふたたびチケットを買いに来るのでは効率が悪いので、到着早々にチケットを買った。出発は明日の夕方5時だが、「午後3時にはここに来てくれ」と言われる。飛行機のチェックインのようだ。今回のバスはNo.4であった。

 

 聖地マシュハド。マシュハドとは「殉教の地」という意味で、ここはシーア派イスラム教徒にとっては最大の聖地である。サファヴィ朝のシャー・アッバース1世はイスファハンから徒歩で巡礼したというほどだから、その重要ぶりが思い知れる。イラン人にとって重要な巡礼地であるイマームレザー廟(通称:ハラム)は、我々のような観光客にとってはマシュハド最大のみどころである。ところで日本ではこの街のことを「メシェド」「マシャド」とも表記するが、発音を聞く限りでは「マシュハド」がもっともしっくりくるのではないかと思う。

 

 ターミナルから市バスでハラムへと向かう。バスはイマームレザー通りをまっすぐ、ハラムに向かって走る。正面には堂々としたドームがそびえている。通りにはホテルが多いので適当なところで降り、宿を探す。歩き出すとすぐにホテルの客引きが近づいてきた。勧誘されるままホテルジャヴァヘリ(DJAVAHERI)へ入ると、英語をしゃべるフロントのオヤジが応対してくれた。頼みもしないディスカウント価格でスイートが60,000で泊まれるという。「本来なら120,000なのだが」ノーマルルームと同じ値段で良いと我々を誘う。部屋を見せてもらうと、大きな部屋が2つあり、片方は居間になっていて、テレビや冷蔵庫、テーブルに長椅子がある。この長椅子で寝ても充分快適そうだが、寝室は隣で、そこには2人で1つで充分なのではないかと思うような大きさのベッドが、2人分並んでいた。シャワー・トイレも清潔で美しい。外は寒いが、館内は早やスチーム暖房が入っており、暑いぐらいだ。続いてノーマルルームも見せてもらうが、こちらは小さな2つのベッドでほぼ一杯の広さ(狭さ)であり、見比べればその差は歴然である。

「しかしこのスイートは、贅沢すぎるよなあ」と思って、ノーマルルームのディスカウントを願い出ると、「それはダメだ」と、キッパリことわられる。ユウコの観察によると、ノーマルルームのイラン人料金は25,000らしい。それを指摘しても応じない。そして、すでにスイートを見てしまったいま、「あれが60,000で泊まれるなら・・・」という気持ちにもなってきた。昨夜は夜行バスだったので宿代は浮いているし、明日もバスで夜を明かすことを考えれば、少しぐらいは良い目を見ても・・・という気になる。どうも勧められると弱い。今日の朝食もサービスしてくれるという。けっきょくこのスイートに決めた。

中級クラスの宿だけあって、食堂もどこか落ち着いた雰囲気がある。ウェイターの接客態度も申し分ない。部屋でシャワーを浴び、洗濯をする。さいきん、シャワーを浴びるたびに「お湯って贅沢品だよなー」とつくづく思う。

 

 11時に外へ出る。マシュハド最大にして唯一の見どころ、イマームレザー廟へと向かう。その姿はイマームレザー通りから見ると実に立派で神々しいが、廟の手前では大がかりな道路工事がおこなわれており、近くで見ると少々興をそぐ。参道には荷物預かり所があり、ボディチェックがおこなわれている。しかしそこまで行く手前、通りがかった老婆がユウコに「チャドルをしろ」と怒る。ユウコはすでに紺のスカーフで頭を隠し、紺のワンピースコートで身を包み、地元の人々に合わせているつもりだが、聖地に赴くには、これではまだ不十分というのである。「そうは言っても・・・」と困惑していると別の若者から「ノープロブレム。行っても良いよ」と言われ、我々はますます困惑する。結局、今後のこともあるので道を戻り、近所の店でチャドルを1枚購入した。買うなら真っ黒けのチャドルが欲しいのだが、23軒当たって見ても、無い。仕方なく、黒地に少しデザインの入ったものを買った。「チャドル」と言うと宗教的でいかめしいが、僕に言わせればこれは「風呂敷」である。女は風呂敷を頭からかぶり、身を隠さねばならないのだ。その風呂敷は一辺が2m近くあり、かなり大きな物だ。馴れないユウコはどうやってまとったら良いものか分からず、苦労している。実に、不格好で滑稽だが、「暑い暑い」と言うので、笑うこともできない。しかし地元の人々、とくに若い女性からはお笑いの対象になっている。みんなユウコを見てはクスクスと笑う。こともあろうに指さし笑う人もある。

「私だって好きでやってるんじゃないや、まったく! 男もするべきだ!」

と、ユウコはすっかり不機嫌である。それを思ってあらためて見ると、なるほど、地元の女性はチャドルをうまくまとっている。教えを請うても良いのではないかと思う。というか、指さし笑う前に「上手なまとい方」を教えていただきたいものだ。

 

 参拝の入口で荷物を預け、ボディチェックを受け、いよいよ廟へ近づく。撮影禁止なのでカメラも預ける。近づくにつれ、その豪華絢爛たるやじつに輝かしく、感嘆するばかりである。こういうところはもっと世界に知らしめ、観光名所と位置づけて写真もどんどん撮らせれば良いのに、と思う。だがそれは、俗世に暮らす呑気な異教徒だから言えることなのであって、「そういう俗物根性が、やがて聖地を腐らせるのかもしれない・・・」とも思う。

ところが廟の中庭に入ってみると、噴水の周りで無邪気に遊び回る子どもがおり、そのそばで寝っころがっている大人がおり、いっぽう、敷地内にある図書館や博物館などでは勉強に励む学生もおり、これは市民の憩いの場にほかならないのだ。それでもさすがに聖地である。大半の人々は熱心にお祈りを捧げている。モスク、広場、メドレセ、その全てが、これまで中国から中央アジアにかけて見てきた全てのイスラム建築物に優っているような気がする。宗教にかける気合いが違うとでも言うべきであろうか。

 

 ハイライトは、もちろんイマームレザーその人の廟だ。廟には我々のような観光客も入ることができる。廟のあちこちに入り口があるが、男用と女用に分かれている。中には順路でもあるのかと思ってユウコと別れ、入り口で靴を預け、番号札をもらって中に入ると、中では男女の別なく行き来していた。床には絨毯が敷き詰められており、また、壁の色彩は見事としか言いようがない。中央の、廟の安置された部屋は壁も天井もガラス張りになっていて、ビカビカしている。奥に進むほど熱心な信者の祈りぶりが明らかとなる。廟は、高さ2.5m、幅1m、奥行き4mほどの石造りだが、その周囲には金網が張られているので、廟に直接触れることはできない。この廟を取り囲んだ熱狂的な信者の中には、感極まって泣く人、叫ぶ人、廟にしがみついて拝む人がいて、圧倒される。

しかし、入るときはさすがに緊張したが、雰囲気に馴れてきたところで改めて人々を見回すと、我々のように物見遊山で来ている人も多いことが分かる。子ども達は廟の中でもはしゃぎまわっているし、廟内は涼しいせいか、読書をする人や、なんと昼寝をする人まで居る。それを見るうちに、さきほどまでの圧倒されていた自分に覚め、ふと「宗教とは、こんなもんか」という印象がよぎった。みんながみんな、熱狂的になっているわけではないのだ。

 

 帰り道のみやげ屋で闇両替をする。1ドル6100リアルというのを頑張って6350まで引き上げさせた。1990年の古い100ドル札では嫌がられたが「ならば両替しない」と突っぱねると、応じてくれた。強く出ればなんとかなるものだ。

 

 ローストチキンがおいしそうな食堂に入ったら、まるまる1匹出てきた。2人で一生懸命食べる。チキンはうまい。その後バザールを散歩するが、貴金属店ばかりで面白くなかった。部屋に戻る。スチーム暖房がばっちり効いているので洗濯物はすっかり乾いていたが、暑いのはかなわん。廊下で掃除人夫をつかまえ「暑いよ」と言っておく。テレビで「母を訪ねて三千里」を見ながら、うつらうつらと昼寝をする。

 

 暗くなったところで、ライトアップされたイマームレザー廟を見に行く。ホテルから廟までは12kmほどあると思うが、ホテルを出たところからでもビカビカぶりがよくわかる。「あれじゃ、テーマパークだ!」とユウコが言う。たしかに、ライトアップされたイマームレザー廟は、「綺麗」というより「派手」だ。「華美」といっても良い。少し、いやかなり、やりすぎだと思う。

 

 昼間に比べると夜の方が断然人出が多い。しかも女性の参拝客が多い。中庭の広場には、昼間にはなかった絨毯が広々と敷かれていた。広場にいるほとんどの人は、絨毯の上で廟に向かって正座し、手にするコーランを真面目に朗読している。スピーカからは絶えず僧のコーランが流れているので、人々はみな、それに合わせて詠んでいるのだ。ふだんはみなそれぞれにブツブツと読んでいるが、ふとした拍子、僧の言葉に応じるかのように、顔を上げて斉唱する場面もある。廟内も、昼間とは打って代わって、ごった返している。そして、昼間のどこかのんびりしたムードはなく、はるかに宗教色が濃くなっている。廟を取り巻く熱狂信者もパワーも数段アップし、その彼らを遠巻きにするように立ち並び、静かにコーランを読む男達の姿の静的な雰囲気は、熱狂信者とは実に対照的だが、熱心さにおいては引けを取らないであろう。コーランをそれぞれに読みふける人々の間に僕も混じり、廟を取り囲んで泣き叫ぶ人々を眺めていると、周囲のみなさんが詠むコーランの響きが頭の上で渦巻いてくる。天井も壁もガラス張り、豪奢な空間の効果もあって、不思議と高尚な気分になってくる、ような気がする。

 

 その場を離れユウコを探すと、ちょうど出口に向かっている背中を見つけ、声をかけた。「すごいよ、廟の回り。近づいてみた?」「いや・・・」「もう1回一緒に見に行く?」「・・・もういい。早く出よう」。ユウコはなぜか不快極まりない顔をしている。事情を聞いても無言のまま廟を離れ、出口の荷物預かりまで戻ったところで、ようやく少し気分が落ち着いたらしく、口を開いてくれた。

3人組の集団スリに遭ったらしい。

 

幸いにも物を取られることはなく、また傷も負わされていないので安心したが、話を聞くとその手口は巧妙とも悪辣とも言うべきものであった(詳しくはユウコ日記参照)。相当しつこく追いかけられたらしく、「とにかく恐かった」という。僕が声をかけたときもちょうど追いかけられたのを振り切ろうとしていたところだったので、「ホッとした」という。ポケットの財布は、危うく盗られるところだったらしい。それにしても聖地に物盗りがいるとは、神への傲慢だ。

ハムラビ法典には「目には目を」とある。盗人は腕を切られるのだ。地獄に落ちやがれ。

少し歩いたところでフルーツジュースを飲み、夜食にシュークリームを買って帰る。最近、すっかり甘党だ。そういえばイランには辛い料理がない。