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318日(木)車中 バンコク着 晴れ

 

【夜行列車は楽しいが、興奮しているのか目覚めも早い】

 まだ暗い5時半に目が覚め、トイレに行く。

 中国人宜しく、列車内ではどうも早めに行動したくなるらしい。が、車内は静かだ。みんな、まだ寝ている。さすがに欧米人はのんびりしている。隣の寝台にいるタイ人(母と子3人)は6時半を過ぎた頃に起きた。

 車窓がのどかで良い。

 7時、アユタヤ着。寺院が多いが、ラオスで見たものとは微妙に違う。ラオスの寺院は屋根が弓なりに反っており、しかも地面近くまで長い。つまり建物に大して屋根幅が広い。いっぽうタイの寺院は屋根がまっすくであり、そして短い。つまり屋根幅が狭い。金色の大仏様が見えたが、写真を取り損ねた。

 

【バンコク到着 まずはカオサンへ】

 バンコク、ホアランポーン駅には915分、ほぼ定刻の到着であった。

 さっそく案内所で地図を買い、カオサンまでのバスを確認する。駅前からは53番で行ける。

 地図を見る限り、たいした距離とも思えないが、バスはうねうねと走り、30分近くかかって着いた。

 といっても、そこがカオサンそのものではない。道が分からないが、旅行者らしい風貌の人々が多く、適当にあとをついていくと、ツーリストと旅行看板で賑わう通りに出た。

 おおー、カオサン。

 いくつか宿を見て(同じように宿探しをする人も多い)、値段も施設も手頃なカオサンパレスにチェックインした。

 まずはシャワー。そして洗濯。

 「いやー、エアコンって文明だよねー」。

 

【旅の仕事は終わらない】

 さて、今日の仕事は、

  ○帰りのチケット購入(3泊するとしたら3/21の出発便)

  ○カードの用意

  ○写真の現像(これもカード?)

  ○床屋で散髪

  ○両家に電話かFAXで帰国の予定を伝える

 ともあれ、外人で賑わうカオサンのオープンなレストランで食事をして、チケット探しのため、旅行社を片っ端からあたることにした。

 

【あるか?!ないか?!】

 はじめの店で、「3/21なら台北経由の羽田行きがあるよ」と言われ、8200バーツと少し高いが、「これは幸先が良い」と安心する。

 さらに、「3/23ならエジプトエアーがある。もっと安いよ」と言われ、

 「なーんだ、けっこう有るもんなんだ」と気楽になって、それはそれとして、もう2,3件回ってみることにした。

 ところが他の店では、3/21,22が日本の連休となっているせいか、空きがない。

 

 それで最初の店に戻るが、詳しく調べてみるとすでにチケットは完売している。

 口先だけだったのだ。

 一転、気分を害される。

 振り出しに戻った気分でさらにいくつか回って、詳しい話を聞いてみると、だいたい以下のような状況であることが分かった。

 

 もっとも安い(だいたいどこでも5380)ビーマン・バングラデシュ航空は毎週金曜日の夜中1時のフライトである。つまり今夜か来週だ。

 次に安いのはエジプトエアーだが、これは3/23の夕方発。

 そして3/20 040分発のエア・インディア・・・と、直近の選択肢としてはこれぐらいしかない。

 たまに出てくるのはANAやタイ航空のビジネスクラスなど、高いのばかり。

 タイ航空はエコノミーなら9800で、思っていたより高いのだが、せっかくなら乗ってみたい。しかし、毎日飛んでいても空きはない。

 

 世の中うまく行かないものだ。3/20のフライトとなると、バンコクでの活動は今日と明日しかない。ちょっと早すぎる。

 かといって、3/23となると、これでは遅いような気がする。

 もはや他の地へ遊びに行く心もないし、バンコクに長居する気はない。のんびりすればするだけ、帰ってからが大変だ。

 ・・・というわけで、さんざん悩んで、エア・インディアに乗ることに決めた。

 

【街の散策へ】

 街角の本屋でLonely Planet Japanを入手! あとで見つけたTOKYOKYOTOも面白い。とくにKYOTOの写真はイカしている。

 サイアムスクエアを冷やかす。ここは渋谷と変わりがない。ヒトも、モノも。自動体重計があったので1バーツ入れてみたが、動かなかった。

 いったん宿の部屋に戻ってチケットの確認をする。

 我らが両親の家には、ホテルの傍にあるセブンイレブンの公衆電話からかける。

 

 夜、パッポンを冷やかしに行く。

 かつては売春街だったはずのこの通りも、すっかり外国人観光客向けのみやげ物街である。時計売りが多い。

 それでも通りの脇には女の子のたくさんいる店(Sexy Shop。おどっているやつ)が並び、客引きが声をかける。

 入り口の扉が開いているから店の中がかいま見える。ビール190バーツで済むとも思えないが、気にはなる。

 

【おみやげ問題】

 ところで、これで旅の最後なのだから、と思うと、みやげを買いたくなるものだ。

 僕は、「お互いの両親の家に簡単なものを買えば十分だよなあ」と考えていた。

 お金にそれほど余裕もないし、なにより荷物を増やしたくない。だから、身内以外への買い物は考えていなかった。

 だいいち、ここまで来て高価な買い物をしたり、そうでなくてもあれやこれや買い物するのは、これまでの旅をぶちこわしてしまうような気がする。

 つまり、みやげを買う機会だけを問うならバンコクに限る話ではないのだ。これまでにも、

 「いやー、これをぜひ買って帰りたいなあ」

 と思ったことは数多い。

 「この街で旅が終わりなら、みやげを買い込んで帰るに違いないね」

 そう言ってユウコと笑ったこともある。

 それを実現しなかったのは、旅の予算の都合と、旅の継続の都合によるものだ。

 

 そうは思うが、「ぜひおみやげを買いたい」というユウコの気持ちも分からないでもない。

 パッポンに来る前から「おみやげを買いたい」と盛んに、そしていままでとは違い興奮した様相で言っていたユウコに、一緒に歩きながら、

 「誰に買うの?」と何気なく聞いてみた。

 すると彼女は「まずはうちの両親でしょ、それからマサトの両親と兄妹。そして前の会社の上司と・・・、それから友達と・・・」。

 嬉しそうにしゃべりながら、数える指がどんどん折れていき、ついに両手で足りなくなった。

 僕は思わず声を上げた。

 「そんなに買うの?」

 「ぶちこわしだ!」とまでは口にしなかったが、その思いは十分に詰まっていたかもしれない。

 僕は、僕のこれまでの思いがユウコに伝わっていなかったらしい事実に驚き、腹を立てると同時に呆れてしまった。

 そもそも、みやげを買いたい相手がそんなにいるものとは想像だにしていなかった。だったらバンコクでなくても良かったのではないか。

 みやげを買う機会はほかにいくらでもあった。その土地土地で、印象的なモノを少しずつ買えば良かったのだ。旅の荷物になるなら、ひとまず日本に送ればよい。

 しかし、彼女から「誰かにおみやげを買いたいな」という言葉は、いちども出ていないように思う。

 「これ、いいね。買って帰りたいよね」という話はあったが、それを「ある特定の友人のおみやげに」という話は聞いたことがない。

 それをいまさら、このバンコクで、10人を超える人のために買い物をするの?

 

 僕は明らかに不機嫌な顔をしていたらしい。ユウコは気分を害したが、考え方を変えて相手を絞り、そしていろいろ考えた挙げ句に巾着袋を3つ買って部屋に戻った。

 

【問題は問題を呼ぶ】

 ところが、宿に帰って日記をつけているとき、上記のくだりを書いたところでユウコが、

 「どうしてそんなことわざわざ書くの?」と僕に問う。

 僕はその言葉を聞いて、再び腹を立てた。

 「喧嘩をしたことだって『思い出』だろう? あとで読み返したとき、『ああ、バンコクでみやげのことでもめたよね』って、笑い話にすればいいじゃないか」。

 すると彼女はさらに、「だからって、こんなこと書かなくてもいいでしょう!?」と涙顔で詰め寄る。

 僕はいよいよ頭に来た。

 「君に読ませるために日記を書いているんじゃないぞ!」

 怒鳴った瞬間、僕はなんだか悲しくなった。ユウコはすでに泣き顔である。

 2人黙って、しばし涙を流す。

 

【見えないストレス、見えない疲労、見えないナニカ・・・】

 最後の最後で、見えない鬱憤が爆発したのだ。「おみやげ」は、そのきっかけに過ぎない。

 みやげを買いに行かなければ、もめごとは起きなかっただろうか。

 ユウコはそもそも、おみやげを買いたかったのである。「バンコクだから」「最後だから」ではなく、旅の途上でも買いたかったのだ。

 しかし、彼女はそれを口にしなかった。できなかったのだろう。言えば怒られるとでも思ったのだろうか。

 「みやげを買うために旅行しているんじゃないよ」と言われると思っただろうか。いや実際、そう言うかもしれない。

 だが、そのいっぽうで、僕としても、「ここで一言、『ねえ、これ買わない?』と言われたら買ってもいいな」と思ったことは何度もあった。

 その度に「これどう?」「ちょっと高いけど、良いねえ」と、それなりに声をかけてきたつもりでもある。

 そんなとき、ユウコは必ず遠慮した。それはたとえば、イランの絨毯であり、リトアニアの琥珀であり、ハンガリーのワインであり・・・、ほかにもたくさんあったと思う。

 

 怖い怖いと恐れられては物も言えぬ。何も言えないから伝わらない。伝わらないから分からない。でもいつも何か考えている。

 

【バンコクは終わりか始まりか】

 それから、腹を立てた原因のひとつには「なぜバンコクで?」と思ってしまったからだろう。

 僕はこの土地に格別な思い入れがない。

 日本からのバックパッカーのメッカであり、格安チケットが手に入ることから、旅の出発点・中継点としての役割が大きいバンコクを、僕はそれを敢えて茶化すつもりで、

 「旅の最後に一目見てやろう」と思ったに過ぎない。日本にもほどよく近いこともあり、バックパッカーなら誰も一度は目指す「旅のはじまり」のように取り上げられるこの土地を、敢えて「旅のおわり」に持ってくることで、もてはやされる事実を茶化したかったのである。バックパッカーの溜まり場カオサン、観光客だらけの雑踏パッポン、タニヤ・・・。いわば「ついでに見に来た」のだ。

 つまり、この旅において、バンコクでみやげを買う必然が無いのである。なぜなら、バンコクを訪れることは「旅のそもそもの目的」に含まれていないから。

 

 しかし、最後の土地がもしもトルコだったら? ルーマニアだったら? 中国だったら? きっと「おみやげ」への僕の反応は違っていただろう。

 ぎゃくにユウコからすれば、おみやげショッピングは「最後まで取っておいた」愉しみだった、のではなく、最後にバンコクに来ると予定されていたから、成り行き上、「バンコクで買おう」と思ったに過ぎない、のかもしれない。とすれば、僕に腹を立てられる筋合いはない。

 あとから聞いた話をあらためてまとめると、「いざ日本に帰るとなると、とくに私の身を案じてくれた友人、知人には『行ってきました』だけでは済まない気がする。なにか簡単な物でも良いから、挨拶としての形が欲しかった」ということになるらしい。その思いが最後の土地にして、というより、日本を目の前にして発現した、ということだ。

 

【パッポンやカオサンはタイなのか】

 ところで・・・。

 タイ人は敬虔深く貞操な民族と言われているが、それでもパッポンはその昔からあったわけで、でもこういった店は公認されていないと、性風俗は(日本のように)おかしくなるのではないかと思う。バクチと同じく、政府公認にすれば健全性が保てると思うのだが。

 外国人向け安宿、旅行代理店、両替所、おみやげ屋、レストラン、本屋などなど、旅行者に必要な物はなんでもあるカオサンは、人も集まるし、確かに面白い場所ではある。だがそのいっぽう、「ここはタイではないなあ」と思ってしまう。おなじ安宿密集地区でも、イスタンブールのスルタンアフメト地区はトルコだった。なんだかどうも、イランとトルコの道中で出会ったバーテンさんが旅のはじめでカオサンにやってきて「ショックを受けた」と言っていたが、なんとなく分かるような気がする。

 おみやげの買い物にしても、タイ人はトルコ人ほどしつこくない。派手なデザインの座布団カバーは言い値750から200まで、巾着は550から220までと頑張った。というか、頑張ったのかな・・・