119日(火)【その2】グダンスク 晴れ

 

【マルボルク城に行く前に・・・】

今日も集団スリにあった。

 

 ホームでの待ち時間が長いので、「クラクフの二の轍は踏まぬぞ」と警戒はしていた。

 

右の方にジーンズをはいた青年、左の方には太ったオヤジ、等々。

みな、そしらぬ振りをして、さも列車を待っている風である。

お互い、コンタクトを取っているようでもなかった。

 

そうであっても、列車に乗り込むときのドサクサに紛れて取り囲まれてしまったのだ。

タラップに足をかけようとしたとき、ふと思い立って乗り込む車両を変えることにした。

このとき、すでにデッキに上がっていた1人の男から、「×××?」と質問を投げられた。

 

「マルボルクに行くのか?」と聞いたように思う。いや、質問を投げたのは横にいた男だったか。

 

いずれにせよ、僕はデッキに上がり、コンパートメントへの通路の扉を開ける。

このとき、周囲に対して警戒心が足りなかった。はじめのコンパートメントの目の前で、前を行く男が突然向き直り、コンパートメントのドアノブに手をかける。

コンパートメントには先客がいる。ここで油断した。彼が、ドアを開けて入ると思ったのだ。

違った。彼は「ドアを開けさせないようにした」のだ。

 

ここで平常心を失った。僕は彼の手をおさえ、無理矢理にでもドアを開けさせようと試みた。

彼がもう片方の手で僕の手を制する。はっと見上げると、彼はニヤリと笑ったようにみえた。

すぐさま僕は思考を変え、ドアノブから手を離し、彼をやり過ごして通路の先に行こうと試みた。

 

しかし、そこには別の男が立ちふさがっていた。

さらに、うしろからは別の男が、僕を押すようにしてポケットを探りに来る。

押し合いへし合いになった。こないだよりも分が悪い。

僕は数人の男に押し込まれ、もがいても身動きがとれない。

 

「わーっ!」

 

瞬間、僕はその場にしゃがみ込み、男どもの足の間を這い出た。しゃがみ込む瞬間、メガネがずれた。

2-3m進んだだろうか、振り向くと彼らは既に背を向けて列車を降りるところであった。

ユウコがデッキに立って僕を見ていた。眼鏡が外れなかったのが幸いであった。

 

 「しゃがみ込む」発想になったのは、動けなくなった瞬間、かつて見たことのあるコントのシーンを思い浮かべたのである。

あるスターが街中を歩いてきて、熱狂的なファンに取り囲まれる。身動きがとれなくなる。

熱狂的なファンは、ただただ熱狂的に押しくらまんじゅうになる。

スターは四つん這いになって、その押しくら状態から抜け出し、ファンの足下をくぐり抜け、熱狂を背にほっと一息、立ち上がってホコリをはらい、知らん顔をして立ち去っていく・・・。

 

今にして思えば、よくもまあ思いついたものだと思う。そのまま押さえつけられる可能性もあったはずだが、彼らは僕がしゃがみ込んだとき、なにを思っただろうか。追いかけてこないのも幸運であった。

 

もっとも、彼らの作戦は、

「囲い込んで、ドサクサの間にポケットを探り出す」

ところまでなのであって、暴力的手段は使わない。その気になれば、殴るだの、ナイフを突きつけるだの、恐怖に訴える手段はいくらでもある。しかし、彼らはそれをしない。そこに、なんとなくの中途半端な気分を感じると同時に、妙な気味の悪さを感じるのだ。

だいたい、いい年した男に(いや、若い男であっても)太股や尻を触られて良い気分になるわけがない。悪寒が走るというものだ。

 

 二度目ともなると、囲まれた瞬間には「おいおい、またか」という思いにも至ったが、だいたいにして、列車が到着するなり、

「君はこの列車に乗るのか?」みたいなことを聞くオヤジ自体、アヤシイのだ。

そこでハタと立ち止まるのが、やつらの狙い目である。

絶好のターゲットとなり、囲まれる。

 

いや、それよりも、駅でブラブラしている輩は皆、アヤシイ。

そもそも、駅は列車に乗るところだ。無目的な奴などいるはずがない。

だから、駅で治安を取り締まるのは簡単なはずだ。

 

日本や中国のように改札をすれば良いのだ。だが、ヨーロッパ諸国では改札をしない。

「駅では治安が悪い」という観光情報が出ているのに、しない。しないから、治安が悪い。

 

僕はすっかりポーランドが嫌いになった。