1223日(水)ミルチェスティ 薄曇り時々雪 のち晴れ

 

【ブコヴィナ僧院ツアー その2】

 薄曇りだが、朝の空は明るい。早くに目が覚めたので、1人で村を散歩した。平屋の家が多い。初めて訪れた夜には、日本の集落に来たような思いに捕らわれ、驚いたが、日の当たる時間に改めて見ると、日本との共通点はちょっと感じられない。それでも、沿道の共同井戸、平屋の家並み、質素だがしっかりした門構えなど、興味深いものがある。

 

 9時に朝食が運ばれ、10時に出発・・・のはずが、10時を過ぎてもお呼びがない。5分ほど過ぎたところでティミの姉が出てきて「父はいま、仕事で学校に行っていますので、ちょっと待ってて」という。

「授業か?」我々は思わず目を合わせる。

父ヨセフはすぐに帰ってきた。昨晩、彼の知り合いの修理屋が来て車のヒーターを見てもらったらしいのだが結局修理できず、我々2人には毛布が与えられ、10時半に出発した。途中、自動車用品店に立ち寄り、ヨセフさんはサーモスタットを手に得意げに戻ってきた。箱の値札を見ると「76,000」とある。

「かなり高い買い物なんだろうね」とユウコに声をかけると、「我々が来たからこそ買えたのかもよ」と彼女が答えた。

 

【ヴァラテック】

 12時。ヴァラテック僧院に到着する。教会の外壁は白壁である。内装は少々すすけた感があり、薄暗い。礼拝堂がゴージャスである。つまり、昨日の僧院群は外装の見事なフレスコ画が共通する見ものであり、今日の僧院群は内装、とくにきらびやかな礼拝堂が特徴的なのである。僧院の敷地内にある修道士たちの住居が可愛らしい。

 

【シハストリア】

 セクを一旦行き過ぎて、1320分、シハストリアに到着。ここの神父(あるいは修道士)の1人は珍しく英語を話すことができ、話しかけられてから結局一時間も、教会の説明、というより説法を受けた。

いわく、「この教会には日本人がしばしば訪れる。先日も若い女性が1人でやって来たが、教会にいたく感銘を受け、我らオルトドクスに改宗した」。

いわく、「キリストは神であり人である」「人は死ぬと審判を受け、天国か地獄へ行くことができる。天国への扉はキリストが初めて開いたのだ。キリストが現れるまで、人はみな、地獄へ堕ちた。モーゼもヤコブも、地獄へ堕ちた」「我々人間は、金や物欲のために働くのではない。みな、神のためなのだ」。

キリストが扉の前に立つ絵がある。いわく、「キリストは天で人々を迎えます。ご覧なさい、キリストの前にある扉には、ドアノブがありません。キリストは、彼自身が扉を開けることは決してないのです。扉を開けるのは、向こう側にいる者たち、つまり我々人間です。扉を開けるか開けないかは、あなたたちの意志なのです。キリストは、扉を開けた全ての人々を迎え入れてくれるのです」。

 

 彼の説明では、この僧院には2つ教会がある。いま我々が見ているのは「夏の教会」で、石造りの教会だ。教会としてはこちらがオリジナルで、内装は水色を主体としたフレスコ画が良い。いっぽう、彼に案内された冬の教会は敷地の片隅にあり、こちらは小ぶりの木造建築である。

いわく「石造りの教会は、それはそれで素晴らしいけれども、冬は寒いのが難点なのです。それで、あとから冬用の礼拝堂を造ったのです」。1847年の建立だという。内装の絵は、フレスコ画ではなく近代画の一種になろうが、これがまた美しい。

聞けば、この絵は全て、ロシア革命の時にルーマニアに逃げてきた片目のウクライナ人の作品だという。彼は白軍兵だったのだそうだ。

そしていわく、「彼は片目で、日常生活には非常に不便な思いをしたに違いないが、しかし神は彼に、このような素晴らしい才能をお与えになったのです。この絵を見て、先ほど貴方は『美しい』とおっしゃいましたね。それは、ただ単に彼の絵が、技巧が、色彩が、優れているだけではありません。この絵に対して、それ以上のものが感じられるからこそ、美しいと言えるのです。真に美しいとはそういうことなのです。そして、貴方にはそれを感じる能力があるのです」。

キリストを抱くマリアがいる。涙を流すマリアもいる。いわく、「ここにある絵はただの絵ではありません。天への窓なのです。人々はマリア様の絵の前で祈りを捧げますが、それは、絵に対して祈っているのではありません。その絵の向こうに見えるもの、すなわち、天に召します我らの神に祈っているのです。それは神も同じです。我らの主は、この絵を通して我らを見守ってくれるのです」。

このような有り難いところで、有り難いお話を聞いていると、頭がぼんやりとしてくる。返す言葉もなく、ただただ彼の言うことを耳に流すばかりである。

 

「しかし・・・」僕ははたと思う。「なにかが違う」と。

ここはルーマニア正教の僧院の教会である。そして彼は、その僧院で神に仕える修道士である。それは知っている。しかし、彼は今、ルーマニア語ではなく、英語で、観光客に対して、説法を行っている。その行為は、もちろん敬虔な心から来るものだと信じたいが、なにかが違うような気がする。僕は話を聞きながら、トルコの絨毯売りが、我が国の絨毯がどれだけ素晴らしく、ペルシャの絨毯とはどれだけ違うかを熱心に、そして止まることなく語る姿を思い浮かべ、彼と重ね合わせていた。

そこに共通するものは、彼らが持つ「胡散臭さ」である。

ユウコも同じ意見であった。思わず手を合わせて「ナミアミダブツ」と唱えたくなる。

 

【セク】

シハストリアからセクの僧院は近い。着いたのは1440分であった。

セクの僧院は周囲の石壁が立派で、スチェヴィツァ僧院と同様、城壁か砦のようだ。しかし残念ながら僧院の中央に立つメインの教会は閉まっており、冬用の聖ニコライ堂だけを見ることができた。この礼拝堂は最近造られたのか、建物自体も小ぎれいで、フレスコ画も少々綺麗すぎる。大きなモチーフの絵が多く、どこかしら優しい暖かみが感じられる。ユウコが言う・「冬用だからかな・・・寒いもんね・・・」。

 

【ネアムツ】

次のネアムツ僧院には15時過ぎに着いた。この2日間の僧院見物ツアーで唯一、入り口で「NO PHOTO」と言われる。しかし内装、外装共に修復中で、足場が組まれていたので、写真撮影など、するに及ばない。それでも、隙間から見えるフレスコ画は、たしかに傷みが目立つものの、見応えがある。そしてここでも聖人達がありとあらゆる刑に処せられている。首吊り、火あぶり、ライオン・・・。

礼拝堂は大きく、司祭の椅子やカーペットがゴージャスだ。外装には、どこかモザイク様式を思わせる紋様があった。蛇足だが、ここの村の名はヴァラタニ・ネアムツというそうだ。

 

【ネアムツ古城】

1540分。ネアムツ古城に着く。古城は小山の上に立つが、車はその麓までしか行けないらしい。ユウコと2人で歩いていく。15分ほど坂道を登る。その坂道で、子ども達がソリ遊びをしている。雪でぬかるむ道を苦労しながら登ってみたが、城は閉まっていた。外見だけを眺めて戻る。

 

「レッツ・ゴー・アット・ホーム」。家に着いたのは1750分であった。

ところで、僧院はどこも半袖短パンの入場を禁じている。ヴォロネッツには分かりやすい看板が出ていた。写真撮影は概ね可能だが、シーズンには有料となるらしい。我々は、今日もどこの僧院からも金を取られなかった。ユウコは絵はがきを1枚買った。

 

【夕食をいただき、そしてさよなら】

夕食を食べ終え、ティミが食器を片づけてくれるが、肝心のお金の話は、この家族からは何もでてこない。まさか払わずに去るわけにも行かないから、「お金を払うよ」と言うが、彼女もなんだかしまりがなく、どこか落ち着かない。

「料金の確認をしたいんだけど」と聞いても「マリアオバサンは何と言っていたの?」と、あちらから質問される始末だ。少しは値段交渉もできるかと思っていたが、気が抜けてしまい、けっきょくマリアの言い値でお金を払った。お金をもらったティミも恐縮するばかりで、何となく妙な気分である。

 

いよいよ出発である。ティミと2人の姉妹が揃って現れ、ティミ以外の2人は「駅まで見送りに行ってあげる」という。そこで「写真を撮っても良いか」と聞くと、うれしそうに笑ったあと、4人目が現れた。つまり4人姉妹である。ユウコと共に、5人で写真に収まった。20時半に出発。またまたヨセフさんの運転で、1時間でパシュカニに着いた。大きな駅である。

駅は寒いが、人出は多く、賑わっている。あちこちでチンドン屋とも獅子舞とも思えるような楽隊が、ブカブカドンドンと騒ぎ立てている。クリスマスの前夜祭とでも言ったところだろうか。それとも誰かの見送りをしているのだろうか。

 

夜行なので一等にした。列車の乗り継ぎは以下のようになる。

パシュカニ 2204 (A1837/1830)→ サルヴァ0431

サルヴァ 0437A1648/1643)→ シゲット・マルマツィエイ 0809

(あるいは 0756A1942/1943)→1129

 

サルヴァからの乗り継ぎの列車も一等のチケットを買ったが、席の予約はパシュカニではできないと言う。まあいいですよ、気にしない。

 

【マイナス20度の駅で列車を待つ】

ホームに出て列車を待つうち、僕のインチキ温度計がついに−20℃を下回った。

「次はきっと夏に来るよ」と僕が言うと、ヨセフさんは粋な帽子を取り、大きく天を仰いで「プアー」と息を吐き、笑った。

「帽子も要らない、快適な季節だ!」と言いたかったのだろう。ちなみに、学校はクリスマス&新年休暇で、二週間の休みなのだそうだ。さしずめ今日は終業式といったところったのだろうか。

 

彼らと別れ、列車に乗り込む。満席であった。暖房の利きは、いまいち弱い。列車の暖房に関しては、当たり外れが大きい。

順調にシゲット・マルマツィエイ行きの列車に乗り継げられると良いのだが・・・。