1217日(木)ブラショフ 曇りときどき雪

 

 昨日、天気が良かったのでベランダに洗濯物を干していたが、朝起きると雪が積もっている。しかもすっかり凍りついてしまった。

寝るのが遅かったせいか、朝は少々辛いが、今日も早起きする。

 

昨晩、隣の白人さんは帰りが遅かったが、部屋で一人ギターを弾きながら歌っているのがかすかに聞こえていた。歌とギターの調子だけでも、かなり酔っぱらっているようであったが、そのまま寝てしまったらしい。そして、朝7時にかけた目覚ましが止まらない。しばらく放っておいたが、目覚ましは一向に鳴りやまず、起こそうかと扉をノックしようとすると鍵が開いている。「なんと不用心な」と思ってそっとあけると、その男はパンツ一丁でベッドの上で仰向けになり、ガーガーといびきをかいている。ギターは部屋の隅に投げ置かれてあった。彼を揺り起こすとハッと起きあがったが、目覚まし時計を止めるとすぐにまた寝っころがって、ぐうすかと眠りについた。「目覚ましをかけている以上、何か予定があるのかなあ」と思うとちょっと心配だが、これは彼の問題である。

 

【ドラキュラの城、ブラン城】

 ブラン城へ行くバスはオトガラ(バスターミナル)2から出ている。オトガラ2に行くにはアパートの前のバス停から22番のバスに乗れば良い。これは全てマリアからの情報である。10時発のブラン村行きバスに乗ることができた。

 雪の降る街道を45分ほど揺られてブラン村に着く。

 ブラン城は14世紀のワラキア王ヴラド1世がここを居城としたのだが、基礎自体は1377年、ドイツ商人がオスマン軍団に対する物見砦として築いたのがはじめとされている。それよりも、ここは「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなったヴラド3世(ヴラド1世の孫)の居城として有名である。

だからといって、ホラー映画に出てくるようなドラキュラ城があるわけではない。村の岩山にそびえたつ、ちょっとさびしげな白壁の建物こそが「城」なのであった。つまり山城である。もっとも「城」というよりは王様の住居といったほうが正解であろう。岩山の麓には土産物屋が並び立つが、雪の中ではこちらも閑散とし、少々寂しげである。

 

「まずはお城」と岩山の階段を上がり、お城へ入る。外装も質素だが、内装も質素だ。シナイアで見たペレシュ城のような貴族趣味はない。山城、出城、そんな言葉が浮かぶ。寒いこともあって、あまり根拠もないが戦国時代の信州の武将(たとえば真田家)などを連想させるものがある。それでも家具の木調などはさすがに立派で、ここらあたりは「やはりヨーロッパ」とうなずける。

我々の他にもちらほらとお客があるなか、順路に従って歩いていくと、係のオバチャンに呼び止められた。

「ここは立入禁止なんだけど、良いものがあるから」という手招きの誘いに軽く応じて、ある一室に入ると、オバチャンが出してきたのは、なんと手編みの毛織セーターであった。ブラン城の毛織セーターは土産として有名で、城の麓にある土産物屋でも各種売られている。ユウコは「あれをぜひ暢の誕生日プレゼントにしよう」と思っていたほどだが、オバチャンは誰を気にしているのか声をひそめて、

 

「土産屋のセーターは高いでしょう? あんなの買っちゃダメよ。私からお買いなさいよ。安くするから。ナチュラルウールなのよ」。

 

あとでゆっくり見ようと思って土産屋を物色してこなかった手前、「つまらぬものをつかまされるのではないか」という懸念もあるが、グレーと白の2色で編まれたセーターのデザインは悪くない。サイズも良い。110ドルというところ、「2枚買うからまけてくれ」と頼んで、2枚で18ドルになった。あとで土産物屋を見てみたが、なるほど土産屋とあって、グレー・白のほか、青や赤の糸も編み込まれている。が、デザイン的にも、そして値段的にも、あまり大差はない。際だって「おおっ」と思えるものもない。かえって飽きの来ない色のセーターで良かったのではないかと思う。まあ、オバチャンの喜ぶ顔を見ただけでもよしとするか。

 

 ブラン城の岩山の麓には野外村落博物館がある。要するに民家園で、ブラン地方の古い家屋や農具、風車などが点在としている。説明文もしっかりしているが、あいにくとお客もなく、雪はしんしんと積もっているので、どこが順路かも定かでない。ひとまわりするが、寂しさばかりが募る。

 気を取り直してリシュノフ城へと向かう。ブラン村からブラショフに戻る方向へバスで15分、リシュノフという小さな町の一角に小山があり、お城はその上にある。30分ほどかけて山道を登るが、森は深く、雪は積もり、ちょっとしたハイキングだ。登り切ると、そこにあるのは城跡であった。資料館もあるが、小さい。要するに廃墟である。車道があることを発見し、少し遠回りだったが、キャンプ場などを横目に歩いて町へ戻る。

町には小さなバザールがあって、野菜なども売っている。「昨日の失敗を教訓に、今日は気合いを入れて料理を作るよ」と意気込むユウコは野菜を買った。荷物にはなるが、これからブラショフに戻ると時間も遅いので、ここで買うのが得策と判断したのである。ブラショフへ戻る。

 

【ビフテキを作りたい、らしい】

 お腹が空いてきた。ブラショフのスーパーで「ぜひともビフテキを」と気合いを入れて買い物に望むユウコだが、牛肉がない。僕はお腹が減っているので「作ってくれるだけでも充分だよ」と言うが、彼女は納得しない。昨日の「失敗」ではないが、今日こそは、妥協無しで臨みたいのだと言う。

しかし牛肉は見つからず、鶏肉になった。そして、いつもより少し高めのワインを買う。

 

ユウコは「できるだけマサトを煩わせないようにしたい」と言うが、すでにお腹を空かせている僕としては、何を買うのか定かでないまま、スーパーの中を右に左にと歩き回る彼女につきあうことこそ煩わしい。しかしそれを口にしてしまっては全てが台無しになるし、「彼女は僕のためにやっているのだから」と、ぐっとこらえる。ところがアパートに帰って料理を始めたとたん、

「しまった、コショウがない!」と彼女が叫んだ。

 

僕はげんなりしてしまった。「これじゃ漫画だ・・・」

僕は心の中でつぶやいた。「まぁ、いっか」と、開き直ったようにユウコが言うが、僕は良くない。

「『僕を煩わせたくない』と言ったのは誰だ!」と苛立ちながら、「近所に開いている店があるかもしれないよ」と言って、料理中の彼女を残して買い物に出た。幸い、アパート近くの食料品店が開いていて、そこでコショウ(ルーマニア語で「ピペル」というらしい。つまりペッパーである)を買い、戻る。「コショウのない間抜けな料理を食べる方がもっとイライラするもんな」と、自分につぶやく。

 

【美味しい食事とワインで、すべてがOK

じっさい、このコショウを買ったのは正解であった。この日の夕食は、サラダ、白チーズ、チキンステーキ、付け合わせはゆでたジャガイモ。買い物時はイライラしたが、とびきり美味しい晩餐でした。ちょっと奮発した(といっても500円ぐらいだけど)ワインもサッパリ辛口で、これまたグッドである。今日のワインは93年物のMELROT94年のモントリオールでの品評会でブロンズ賞をとったVSOCとかなんとかいうことがラベルに記載されている。店で横に並んでいた別のMELROT86年物で90,000レイと、さすがにここまでは手が出ない。ちなみにボルドーのワインは95年物でも100,000以上もする高級品だが、こういうのを見るとかえってシラける。安くても美味しい地元のワインがいくらでもあるのだから!

日本ではワインブームのおかげで、「赤は渋みが・・・苦みが・・・」とか、もっともらしく評する人がよくテレビなどにも出てくるが、こういう土地に来て1100円からのワインを口にしたとき、「なんともダサイことをやっている」と思ってしまう。そもそもワインに酸化防止剤を入れるなど、日本酒に糖分を入れるのと同じくらい、味を操作しているのに、なんということだ。

 

まあ、それはそうと、この赤ワインは燗にしてもいけますよ。最近、自分が赤好みだということに気づき始めている。白よりうまい。今日の夕食が素敵な赤ワインとビフテキだったら、たしかに素晴らしい夕食だが、チキンソテーだって美味しいよ。ポークだっていいや。どうせなら生姜焼きを食べたいな。イヤー、なんだか酔っぱらってきてしまった。酒が美味いと毎日酔っぱらってしまって、こりゃいかんよ。