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ルーマニアひとり旅


はしがき

 「人生は長い旅路のようなものだ」という言葉をどこかで聞いたことがありますが、人生にしろ旅にしろ、それを左右する一つの鍵となるのは「出会い」にあるのではないかと思います。つまり、旅の深さも人生の深さも、人との出会いの豊かさによってあるていど計ることができるような気がするのです。僕は今回の旅を通じてそのことを強く感じました。人生が人との出会いによって左右されるのならば、今回の旅におけるさまざまな出会いは、まさに人生そのものということができるかもしれません。

 この旅行記は一九九六年九月の半ばに一人でルーマニアを旅行した際の出来事を綴ったものです。今回の旅で、僕は多くの人と出会いました。そして、信じられないような出来事にも遭遇しました。この旅の思い出を自分の心中に閉まっておくのはちょっと惜しい気がしました。これはぜひ「人生の一部」として、記録に残しておきたい。そして、こういう表現は僭越ですが、もしも機会があるならば、ぜひ人にも紹介したい。そう思ったのです。日常、僕は日記をつけることはありませんが、旅先では欠かさないようにしています。その日記をもとに一気呵成に書き下ろしてみました。

 書いてみると自分でも意外なぐらいに膨大な量になりました。これなら何とか一冊の本になるのではないかと思い、こうして出版することになりました。もちろん、僕はルーマニアのすべてを知っているわけではありません。あくまでも個人的体験の域にとどまるものですが、読者の皆様には、この旅行記を通して何かを感じとっていただければ望外の喜びです。

 「なぜルーマニアなのか?」これは旅行前に、あるいは帰国後に、そして旅行中に出会った現地の人々からも頻繁にされた質問です。じつのところ自分でもはっきりした答えをもっていません。じつは、僕は以前にも一度ルーマニアを訪れたことがあります。しかし、そのときの旅には別の目的地があり、ルーマニアは「東欧の一国」として、寄り道程度に訪れただけだったのです。ルーマニアに関して知っていることはコマネチとチャウシェスクぐらいで、国のイメージも持っていませんでした。ところが、首都ブカレストに二、三日滞在しただけとはいえ非常に興味深いものがあり、「次に来るときはもう少し時間をかけて、しかも田舎へ行こう」と強く思いました。ですから、さきの質問にあえて答えるとするならば、「なんとなく気になる国だから」ということにでもなるでしょうか。

 都合上、ルーマニアを訪れる前後にトルコのイスタンブールに立ち寄っていますが、これもまた旅行記を書くにあたって大きな要素となっています。トルコとルーマニア、そして両国を結ぶ国際バス。これらを一回の旅で同時に体験したことが、ここまで思い、考え、書くための大きな動機になっているということもできるでしょう。

 なにはともあれ、ぜひ御一読ください。御感想などお寄せいただければ幸いです。

一九九八年 五月
佐藤 暢


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