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213日(土)車中5日目 イルクーツク着 曇り

 

【シベリアのパリ、イルクーツクを歩く】

イルクーツクに到着した我々はまず、今日の宿を確保しなければならない。

ロンプラを読んで、Dom Amerikanskyなる家に行くことにしていた。

駅舎を出て左手に行き、大きなトイレとポストを過ぎた向こうにある荷物預け所にザックを託し、ロンプラの記述を頼りにDom Amerikanskyを探す。

が、分からない。

道順がややこしい上に、道が上下左右にややこしく構造しているので、「坂を上がってすぐ左」といっても、どっちの坂やら、どっちの上やら、すぐ左か、すぐ次を左か、誠に微妙である。

一体、どこでどう曲がって何を探すのか。23度、駅まで戻っては挑戦するが、解決できない。

 

そこで電話をすることにした。

キオスクでジェトンを買い、公衆電話を使って電話する。

英語が通じない。

僕は片言のロシア語で、「今、駅にいます。そちらに行きたいが、道が分からない。誰か来てくれないか」と尋ねる。

すると、「タクシーでいらっしゃい。誰でも知ってるから」と、つれない返事が返ってきた。

 

タクシーは相場が分からないし、ぼられるのは嫌だが、あらぬ事件を起こされるのも嫌だ。

勝負だなあと思って駅前のタクシー溜まりに近づくと、暇つぶしに立ち話をしていた45人の運ちゃんの1人から「どこまで行く?」と声をかけられた。

「いくらぐらいだろうね」「11ドルとして、最大2人で2ドルだね」と、ユウコと小声で相談し、運ちゃんに、

「ドーム・アメリカンスキーって知ってる?」と聞くと、みんなしてうなずいた。

「いくら?」「30ルーブルだ」。

あれ、もっとふっかけてくると思ったのに。

ということで、思わず言い値で乗ってしまった。

道は、我々が何度も歩いた坂道を通り、つまり我々は惜しいところまで来ていたのだが、意外にも駅から遠く、これはやはりタクシーが正解だったと思う。

坂道を上がって、その後しばらくまっすぐ走った通りはタイスカヤ通りという。

「この通り名がロンプラにあればなあ」と思う。

さきほど通りすがりの中年男性に道を尋ねた際、ロンプラにある通り名を口にしたら、「それはツェントルだよ」と言われてしまったのだ。

僕の言い間違いか、彼の聞き違いか・・・。

 

ともあれ、着いた。

家の前で、電話に出たらしいオジサンが待っていた。

朝食無しで117ドルとは値上がりだが、部屋はきれいで言うことはない。

要するにここは所謂プライベートルームであり、

「ロシアでこういう商売ができるのだろうか」と疑問に思ったり、

「ロンプラに載って人気が出たのか?」と、いらぬことを考える。

シャワー・トイレは隣室と共同利用だが、他に客はいない。

「いったいなにがアメリカンなのだろうか」とも思うが、そういえばここにはオヤジと息子がいるはずで、廊下にあった写真からすると彼は息子なのであろう。オヤジはいないのかな?

 

長い移動で疲れてはいるが、まだ昼前だし、根が生えるのは嫌なので、外へ出る。

タクシーできた道を確かめるべく、同じ道を歩いて駅まで戻り、駅前からバス16番で市の中心キーロフ広場まで行く。

近隣の教会を3つ見る。

沿道に党本部の堅苦しい建物があり、その周りを数人の女性兵士の一団が行進している。

みな若く、コートの制服がカワイイ。

見たところ新人教練のようだが、厳しい雰囲気はなく、にこやかである。

 

キーロフ広場からの公演通りはミニ氷まつりよろしく、氷造りのお城と門と滑り台がある。滑り台は親子連れに大人気。子どもの気をひくためか、乗馬用の馬もいる。

我々はレーニン通りからレーニン広場(レーニン像に雪が積もっていた)、カールマルクス通りへと歩く。

デカブリスト(ツルベツキー)の家を眺めてバスターミナルに向かう。

 

ここへ来た目的は、明日バイカル湖見物に行くのだが、湖畔の町リストビヤンカまでのバスの時刻を調べるためである。

構内の時刻掲示板は見づらく、インフォメーションがあるのでそこで聞くと、オネーサン、ロシアにしては珍しくニコニコと愛想が良く、聞いてもいないのに帰りのバスの時刻まで親切に教えてくれた。

トイレへ行く。

女性トイレには列ができている。僕は先に用を済ませ、構内をブラブラしていたら、不審な輩と見なされたのか、警察のパスポートチェックを受けた。当然ながら、問題はない。

もう一つのデカブリストの家(ヴォルコンスキー)を見て、トラム1番で駅まで戻る。

帰り道で考えたが、駅からバスターミナルまでは、トラムの1あるいは2番が便利なようだ。ただしバスターミナルの直前までは行かない。

 

我々は、明日バイカル湖見物に出かけ、明後日ウラン・ウデまで移動しようと思っている。駅構内の電光案内板に時刻表が出ている。

 

No.         イルクーツク

26          ЗИМА−УЛАН-УДЭ             17.02(モスクワ時間。現地は+5) 毎日

264        ИРКУТСК−НАУШКИ       14.50

250        МОСКВА−БЛАГОВЕЩЕНСК    6.00       平日

 (この列車は他のものより速く、6時間でウラン・ウデに到着する)

44          МОСКВА−ХАБАРОВСК              19.36

12          ЧЕЛЯБИНСК−ЧИТА       3.47                     土日

 

これらの列車がウラン・ウデに行くことは分かるが、列車が毎日有るかどうかが一部不明である。そこでインフォメーションで聞いてみるが、「チケットの予約はできない」という。メイン窓口では当日チケットしか扱わないというのだ。しかし、当日アタックして「チケットはないよ」と言われたら、どうしよう。どうしようもない。

ウロウロしていたら、駅を出た右手に、別の発券窓口の並びがあることを知った。ダメモトで予約内容を記したメモを見せる。すると窓口のオバチャンが何か聞いてくる。2度ほど聞き返す。「×××、イリ、クペ?」前半はややこしくて分からない、「×××、あるいはクペ(の、どちら)?」と聞いているのだが、僕は混乱してしまった。

クペって、なんだっけ。寝台のことだったっけ。それとも座席なんだっけ。「クペねえ、クペクペ、それにもう一つのほうは何なのだろう。値段が違うのかな」。

答えられないまま戸惑っていると、「外人窓口へ行け」とあしらわれた。

 

外人窓口はメインの窓口の並びの隅にあった。ここのオネーサンは英語が通じた。チケットは取れるが、席は別々になってしまうという。しかも1号車と14号車である。

クペは4人寝台(2段コンパートメント)、もう一つはプラッツカルテで、これは6人寝台(3段コンパートメント)だが、どちらにしても2つ一緒のコンパートメントでは取れないらしい。それは困る。ちなみに今紹介してもらっているのはNo.250列車で、これは朝11時にイルクーツクを出てウラン・ウデには19時に到着するから、車窓からバイカル湖を楽しみたい我々にとっては非常に都合がよい。しかし席が取れない。土日だったら、No.12があるというが・・・。明後日は月曜だ。困ったことになった。

「今夜21時までに予約の更新情報が来るから、キャンセルが出るかもしれない」とオネーサンは親切だが、とりあえず一旦退却することにした。

うりうりと宿へ戻る。

この調子では今後のチケット取りが心配である。ウラン・ウデに行ったのは良いが、そこで哈尓浜行きのチケットがすんなり入手できるのだろうか?

 

はじめの窓口のオバサンは「プラッツ、イリ、クペ?」と聞いていたのだ。迷わず「プラッツ」と答えるべきであった。「あのときは、すんなりチケットが取れそうだったのになあ」と思うと残念だが、しかしチケットを買うときはパスポートを提示しなければならないので、けっきょく外人窓口に行かされる運命だったのだろう。

 

宿ではまだ金を払っていないが、洗濯をした以上、今夜を含めて2泊する必要がある。あるいは明日の夜行で行くことにして、夜まで部屋を使わせてもらう方法もある。今日は13日の土曜日。我々は中国の哈尓浜を目指す。そのためにはモスクワ発北京行きNo.20列車に乗らねばならない。この列車は、冬期は週1便しかなく(夏期は2便に増える)、イルクーツクからなら火曜日の早朝に、ウラン・ウデからなら火曜日の夕方に乗ることができる。つまり、今の我々としては場所に依らず火曜日にこの列車を捕まえなければならない。

とにかくウラン・ウデ行きのチケットを取るため、明日の朝早く、再度窓口に行くことにしたが、座席が別々ならば意味がない。そうすると、

@ 14日(日曜:明日)の夜行でウラン・ウデに行く。月・火でウラン・ウデ観光。この場合、車窓からのバイカル湖見物を諦めねばならない。

A 16日(火曜)までイルクーツクに滞在し、ここから哈尓浜へ直行する。この場合、ウラン・ウデ(及びダッツァン)見物を諦めねばならない。

 

 そこで考えることが出てくる。

  冬のバイカル湖は「次回の旅行」で見ることができるか?(つまりもう一度同じシーズンにこの場所に来る気力と機会があるか?) いっぽう、ウラン・ウデのダッツァン(チベット仏教寺)はいつでもそこにある。夏でも良い。

  ブリヤートの寺院はここしかないが、しかしラマ教(チベット仏教)の寺院の一と考えれば、それは他の場所にもある。例えばチベットにもある。つまり、寺院を見たいならばここでなくてもよい。いっぽう、バイカル湖はここにしか存在しない。

また、イルクーツクに留まるとなると思わぬ休みができてしまうが(イルクーツクではこれといってやることがない)、だったらリストビヤンカで1泊するか?しかしリストビヤンカでもやることはないだろうなあ。何もないだろうし・・・。

 

 ところで、今日トラムに乗っている人々を眺めて思ったのだが、イルクーツク人は混血が多いせいか、白人でも西方(モスクワ、サンクト・ペテルブルグ)のロシア人とは違う顔立ちをしている人が多い。全般に、@顔が小さい。A細面である。しかしほっぺたが少しぽっちゃりしている。B鼻の形に特徴がある。てっぺんが丸い。C顔の凹凸が少ない。とくに目については掘りが浅く、むしろ東洋人的ですらある。しかし肌は白く、目は青い。

 シーズンオフのせいもあるのだろうが、予想に反して、ここは全く観光地ではない。「シベリアのパリ」と評されるだけあって、もっと観光ズレしているかと思ったが(そういう旅行記事を読んだ記憶もあるが)、意外と、というか、やっぱり「田舎」であった。極東の都市ハバロフスクの方が、よほど洗練されているし、見どころも多いような気もする。

 

 外は寒いが、カフェの中は暖かい。そこでコートを脱ぐと、我々はセーター姿になる。ところが現地の人々のまずほとんどの人は、コートを脱ぐと、そこに初夏でも来たのではないかというほどの薄着になる。それだけコートが立派で分厚いのだが、とくに女性がコートを脱いだときの印象は驚きで、要するにシャツ1枚とミニスカートなのだ。しかもロシア人は(季節柄もあるのか)黒系の服が多く、しかも黒い網タイツなんかも当たり前のようにはいていて、ドキドキしてしまうよ、まったく。

 

 リストビヤンカ行き 900143016301900

 帰りは、700110016451800