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28日(月)モスクワ 朝の内曇り、のち快晴

 

【寒い朝だが同宿者に挨拶も】

 宿の部屋は寒い。毛布は11枚しか与えられないため、余計に寒い。

ゴソゴソしては同宿者に悪いかと思って、昨晩消灯してからしばらくはガマンしていたが、たまらなくなり、毛布を裕子に与え、僕は寝袋を引っぱり出して寝た。

 

 朝9時起床。ゴソゴソと起き出すと、同宿の男性も起きた。挨拶する。25-6といったところだ。

北京から列車で一気にモスクワまで来たらしい。

「車中7泊して、大変でした。でも、北京のロシア大使館ではトランジットしか取れないんですよ。

『旅行人』にも出ている、モンキービジネスという代理店を使ったんですけど。

頑張ってモスクワまで来ても、あと3日しか残っていないんです」と笑った。

これからヨーロッパへ向かうのだという。

「北欧にも興味があって」

と言う彼は、今日の夜行でタリンに行くとのことだ。

 

我々がTallin in your pocketを持っていることを知ると、

「ああ、歩き方にも出てますよね。あれは評判がいいですね」という。

 

アジアにおいて様々な旅行者に助けられた身としては、いまこそ、我々が既に通った国を目指す彼の助けとなりたい。しかし彼は、

「いやいや、それも旅の思い出ですから、いただくわけには行きません」と、なかなかにカタイ。

タリンのMapの部分を切り取って、それをあげた。

 

【なんといってもクレムリン】

 さて、我々の今日のモスクワ観光はクレムリンである。

地下鉄で中心地へ向かい、Varavarka通りを赤の広場へ向かって散歩する。

天気がよい。

やたらデカイビルが左手にあり、何かと思えばそれはロシアホテルであった。そしてこの通りには不思議な形をした教会が多い。楽しい。

赤の広場に出ると、不思議な教会のリーダーとも言うべき聖ワシリー教会が待っていた。

派手な外装が、快晴の青い空に、これまた不思議なぐらいに映える。

 

ペテルブルグのキリスト復活教会にも絶句したが、あれのモデルでもある聖ワシリー教会は、

「教会としての偉容(威容)」よりも、デザインのコミカルさがなんともいえない魅力を醸し出している。

おもちゃのお城のようだ。

そう、教会というよりはお城なのだ。

裕子が言う。「モスクに似てるよね」。

「ああ、あのネギ坊主の屋根とかね」僕が答える。

 

これはあながち偶然なのではなく、ロシアの文化が、中央アジアとのつながり、およびモンゴル、タタールとのつながりを持っていたことを意味しているのだろう。

そもそもウラジミール王(12世紀)の時代にキリスト教化されたとはいえ、実質的な西洋化が進んだのはピョートル大帝の後、18世紀にペテルブルグに遷都してからのことなのだ。

 

 赤の広場、レーニン廟(中は見ない)を冷やかし、クレムリンへ行く。

クレムリンの定番チケットは、5つの教会の観光コースである。ほかに武器館の見学ツアーなども有名だそうだが、行かない。

外人160、ロシア人30のところ、「我々は学生だ」と頑張ったら180になった。エルミタージュでも少し頑張れば良かったかと思う。

 

教会は、聖ワシリー以上に「なんじゃこりゃあ?」の連続である。ここの教会のほぼ全てが、15世紀後半から16世紀にかけ、イワン雷帝をはじめとする皇帝がルネサンス花盛りのイタリアから建築家を呼び寄せて造らせたのだそうだ。

「というわりには、イタリアチックでないなあ」と思うのだが、当時のイタリア建築はこんなものばかりだったらしい(これは帰国後に知った)。

外観の派手さもさることながら、内装のモザイクも素晴らしく、もちろん、教会自慢のイコンは言うに及ばず、これらは11世紀から12世紀のものだというから大したものだ。

イコンの多くは圧倒的である。が、大味な作品も多い。

さらにいうと、王侯(というか国王)が建てた教会、つまり王様のための教会のせいか、キリストの生涯をモチーフにした絵はあっても、悲劇的な雰囲気はまったくない。

 

「最後の審判」にしても、これまでのような地獄絵図のタッチは柔らかく、アルメニア教会やルーマニア僧院で見たような、

「我らが救世主、我らが聖人は困難辛苦に堪え忍び、しかし信仰の灯を絶やさず」というイメージは全くない。

むしろぎゃくに権威的な雰囲気が目立つ、ともいえる。

イワン雷帝の墓があった。文化芸術品という意味では、13世紀から17世紀にかけての、つまりペテルブルグ遷都前、本格的な西欧化の始まる前のハイライト、といったところだろう。

 

 それにしても、このような文化観光ハイライト・スポットが政府の中枢にあるのだから、おかしい。

警備も厳しいが、呑気な観光客を相手に何を思って警備をしているのかしら。まあ、皇居の門を見物するようなものか。

レーニン像は「他界」し、台座だけが残っている。

 

と、同宿の彼にバッタリ出会った。スケッチをしている。

「いやあ、昨日も来たんですけど、気に入っちゃって」と苦笑い。今日は2度目なのだそうだ。

 

 クレムリンは12時半から15時半の見物だった。我々は17時半に部屋に戻る。彼はすでに部屋を去っていた。次客は無い。

 このところ、両足の小指の付け根がはれぼったく、痛い。厚い中敷きで圧迫されているのだろうか。あるいは軽いしもやけになったか。

 晴れていると風が冷たい。今日の日中は−10〜−15℃ぐらいか。