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1126日(木)パムッカレ 晴れ セルチュクでは曇り

 

【パムッカレからセルチュクは近い】

 ゆっくり朝食をとり、9時半にパムッカレを出発。バスは20分でデニズリに着き、そのまま10時発のセルチュク行きに乗り換える。午後1時にはセルチュクに着いた。

 

セルチュクのオトガルは街中にあるので、宿探しはここから歩いていけばよいのだが、バスを降りたとたん、さっそく客引きが12人と寄ってきて、「宿は決まっているか?」「どこに泊まるの? うちはサービスするよ」と甘い声を出す。立ち止まっては奴らの思うつぼなのだが、我々は「歩き方」のコピーを見ながらバスの中で検討し、すでに「アヤちゃんのペンション」として有名なVardar Family Hotel Pensionに行くことに決めていた。パムッカレのHotel MemtelではPension Artemis(Jimmy’s Place)を勧められたが「このJimmyこそ『加山雄三』に似ている、悪名高いユーゾー氏なのでは」と、これを避けた。

 

客引きの声はまったく無視し、アヤちゃんペンションへと急ぐ。小さい建物である。1階には小さなフロントと談話室と食堂を兼ねたフロアになっていて、庭仕事をしていたジイサンが出迎えてくれた。

「アヤちゃん、いまいない。でもノープロブレム」

ということで、宿泊4ドル、朝食2ドル、夕食4ドル(いずれも1人当たり)というのは「歩き方」の通りであった。ここに決める。

部屋は3階。ビルの非常階段のような階段を上がって、荷物を置く。ビジネスホテルのような、よくいえば簡素な、悪くいえば無味乾燥な部屋だが、清潔である。お湯も出る。広いベランダがあり、洗濯物を干せといわんばかりにロープが張ってある。ベランダは隣のペンション・エユップに面していた。

1階の談話室でトルコ茶をおいしくいただき、ドイツ語なまりの片言英語でしゃべるジイサンの話を聞く。

「隣のエユップはマフィアだ。危ないから近づくな」と、苦々しく語る。

 

 エフェスの見物は明日に取っておくとして、今日はセルチュク市街の考古学博物館や聖ヨハネ教会などを見て回る。アルテミス神殿は、ガイドに書いてあるとおり、いかにもとってつけたような柱が1本しかない。

 

 昨晩はゆっくり眠ることができたので、今日は元気だ。こうなると前進する意欲がわいてくる。バスの中でも「やっぱり、オーロラ見たいよなあ」と前向きである。ロシアビザの情報が得られたのが大きい。行くしかない。チャンスは、今しかないのだから。

 

【鉄道好きな自分としては、たまには鉄道にも乗ってみたい】

さて、エフェスの見物が終わればいよいよイスタンブールだが、中央アジア以来、鉄道に乗るチャンスがなかった。セルチュクには鉄道駅もあるので、うまい列車があれば鉄道でイスタンブール入りするのも面白い。というわけで駅へ調べに行く。

 

イスタンブールへは直行する列車はなく、セルチュクから70kmばかり北に行ったイズミルという街で乗り換えることになるのだが、イズミルを8時に出るイスタンブール行きがあるものの、それにうまく乗り継げる列車がない。朝の一番列車は627分発だが、「歩き方」によるとセルチュクからイズミルまでは2時間かかるというので、これでは乗り換えは無理だ。やはり、バスのほうが適切と思われる。出発は土曜日の朝と決した。

 

駅を出て駅前商店街を歩き、角を左へ曲がったところで、向こう側から眼鏡をかけた背の高い黒髪の東洋人が歩いてきた。なんとバーテン君である。昨日に続く偶然に、僕はさすがに驚き、開口一番、

「パムッカレからイスタンブールに直行したと思っていたのに」

と言うと、彼は、

「なんだかさみしくなっちゃって」

パムッカレを出たらしい。

 

「ならば今夜あたり一緒に夕飯でも」と言いたいところだが、ペンションで食事が出ることになっているので、叶わない。「さみしい」と言われてはなにかしてあげたいものだが、間の悪いことで残念だ。

 

 18時にペンションの夕食をいただく。中央の洋式テーブルに我々は座るが、壁際のソファにはここの家族や近所の知り合いらしき人が我々にかまわずおしゃべりをしたりテレビを見たりしている。中央にいる我々は、自分たちが見物の対象になっているような気がして何となく落ち着かない。そんななか、郷土料理が山と出された。すっかりおなか一杯だ。アップルティが美味しかった。