×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

1121日(土)ギョレメ 快晴だ!

 

【一日観光ツアー】

 好天に恵まれ、今日のツアーが楽しみだ。

朝食には卵料理を所望する。ヴェッケルさんは料理もうまい。ところで我々が出かける間際、中国人2人とヴェッケルさんがなにやらもめていた。彼らは「ツアーには行かない」「この宿を出たい」そんなことを言っている様子である。ヴェッケルさんの口調は、どこかしら苛立っていた。「何が気に入らないのか、はっきり言って欲しい。サービスが悪いなら改善する」。しかし中国人たちは、英語が不得意なこともあるのか態度が煮え切らない。ヴェッケルさんもサジを投げた。「我々の提供するツアーが気に入らないなら、仕方がない。別のツアーに参加すればいい。ただし、どこのツアーももうすぐ出発するだろうから、急いだほうが良いよ」。この2人とは昨日ベリーダンスショーをご一緒したのだが、なんだか気持ち悪いぐらいにおとなしく、写真を撮られることをひどく嫌がり、一緒にいてなんとなく気まずいぐらいであった。

 

我々のツアーはワゴン車で行く。お客は10人ほどだ。運転手と、英語のガイドさんがつく。学生らしい日本人の女の子2人と我々を除いたお客はみな白人で英語圏の人間で、ガイドさんを交えて話題に花が咲く。我々としては話に参加したいのだが、早口すぎて何を言っているのか分からない。とくにオーストラリアから来ていると言う2人の女性と1人の男性は、なまりがきつく、我々日本人の耳には非常に聞き取りにくい。

 

 断崖絶壁に鳩を飼い、その糞尿によって断崖下の狭い農地を肥沃にさせたというピジョンバレー、カイマクルの地下都市、ウフララ渓谷の教会見物およびハイキング、昼食を取ったあと、映画「スターウォーズ」の撮影舞台にもなったというセルメの村を訪れ、キャラバンサライ、陶器の町アヴァノス、最後にパジャパーの奇岩群で夕日を見て終わり、と、これが今日のツアーの予定である。

 

バスでは我々は前から2番目の席、つまり運転手のすぐ後ろに座り、その隣、中ドア近くの席にガイドのカディールさんが陣取る。後部は白人で占められ、日本人女の子2人は助手席に仲良く座った。運転手さんはとなりに若い日本人女性が座ったおかげか、始終ごきげんであったが、女子2人にとってはあまり気持ちの良い席ではなかったらしい。

 

カイマクルの地下都市から南へ下りウフララ渓谷へ向かう途中、デリンクユという村で、国旗を片手に大型バスに乗り込む男達の一団を見た。カディールさんによれば、村民大挙して近くの大きな町ネビシェヒールへ赴き、デモをするとのことだ。デモの目的は、イタリアへの抗議行動である。ところで、僕とユウコを除いた参加者は2人の日本人の女の子も含め、10代後半から20代前半といったところで、ちょいとばかり世代間のギャップを感じる。とくに渓谷での小1時間のハイキングではみな足が早く、

「年の差には勝てぬわいのぅ、バァサンや」

「そうですのぅ、ジイサンや」

とばかり、我々2人は常に最後尾を歩いていた。

 

「じっさい、白人さんよりもガイドの人のほうが、歳が近いんじゃないかなあ」とユウコが言う。あとでカディールさんと若い白人達の話を聞いたところによれば、スターウォーズの撮影が行われた1976年当時、カディールさんは6歳だったとのことで、つまり彼はいま28歳、我々2人と1つしか違わないのであった。

 

渓谷のハイキングを終えたところに野外レストランがあり、そこで昼食となる。1つの長テーブルに一団が座る。我々が魚料理を頼むと、なぜか白人さん達もこぞって魚を頼んだ。シーバスのフライが出た。良く揚がっているので頭の先から尾鰭まで、かぶりつけば全て平らげることができる。実際、僕はそうした。しかし、彼らの食べ方はまったくなってない。そもそも、フライをナイフとフォークで食べること自体に無理があると僕は思うが、とにかく頭を取り、背骨を取り、しかし骨はうまく取れず身は崩れ、食べた量より残した量のほうが多いのではないかとすら思う。

食事中の彼らの雑談に耳を傾けていると、けっこう長旅をしている者が多く、9ヶ月とか3年半とか言っている人もあるが、彼らの多くは旅の途上でアルバイトなどをし、金がたまったらまた移動、という生活を送っているようだ。

 

 この野外レストランはツアーの昼食場所として定番らしく、他のツアー客もやってくるが、離れたテーブルの中に、今朝もめていた中国人2人がいるのを見つけた。2人で楽しそうに記念撮影などもしている。「なんだ、彼らも結局ツアーに参加しているんじゃないか! それに、楽しそうに写真のとりっこなんかして! 昨日はあんなに嫌がっていたのに」。

 

 アヴァノスの陶器の店では、ろくろで皿などを作る実演をやってみせている。ここのガイド担当ももちろん英語が達者で、「誰か実際に体験してみませんか」と我々を誘い、オーストラリアから来たという女性キムさんが選ばれた。ろくろに土を盛り、手に水をつけ、形を整えていく・・・のだが、丸く固まっていた土は徐々に細長くなり、それを握りしめる彼女の両手の様子はあたかも、男のイチモツを握っている体裁になってきた。我々も、他の見物客も初めはヒソヒソと笑っていたが、そのうち笑いは大きくなり、しまいには野卑な野次まで飛ぶ始末。これぐらいオープンだと、かえって気持ちがいい。その笑いのなか、案内役の男が「Oh, it’s small. This is Japanese size!!」と言い、さらなる爆笑を誘った。僕も思わず笑ってしまったが、刹那、これに乗ってやろうか、という気になる。しかし、一瞬の惑いが、けっきょくタイミングを逸したわけだが・・・、

 “Excuse me, but I don’t think so.”

”Why not ?”

‘Cause I have a bigger one. Shall I show it to you ?

 

 パジャパーで夕日を眺めているときに、白人の中でも年長(といっても24,5だと思うが)と思われる1人の青年に声をかけられた。彼はもう1年半も旅して回っているのだという。僕は、自分の旅してきた中央アジアやイランのことを話す。

「ふーん、じゃあ、君はシルクロードを沿ってきているんだね。ならば、ローマには行かないの?」

「え?」

「だって、シルクロードのゴールはローマだろ?」

彼は正しい。しかし、いまの僕にすれば、ローマはゴールであるどころか、旅のルートにも入っていない。僕の考えるシルクロードのゴールは、むしろイスタンブールであった。

「ローマに行かないまでも、エフェスはすごいぞ、あれは良い」と彼は言う。2週間前にイスタンブールにいた彼に、街の状況について尋ねてみるが、とくに危険な印象は全くなかった、と答えるのみであった。そして一言「あそこも素晴らしい街だぜ」と付け加えた。

 

僕が彼と話している間、ユウコは日本人の女の子2人と会話していた。それによると彼女ら2人は東京の大学生で、今月(11月)の初めに日本を発ち、3週間ほどの日程でトルコを回る予定なのだという。そこで日本の最近のニュースについて尋ねてみると、@ベイスターズが優勝したが、負けた相手はライオンズだった、A石橋貴明と鈴木保奈美が結婚した(子どもができた)、など。

 

 ツアーから戻り、ギョレメのみやげ屋で朝日新聞を発見した。12ドルと高いので、一面のみ眺めただけだが、自民党と自由党が連立するという見出しが出ている。なんとまあ、節操のない事よ。あれだけ騒がれて党を出たり作ったり壊したりしてきた小沢一郎氏も、けっきょくもとの巣に戻ることになるのか。これで、他の元自民党の人々は立つ瀬がなくなるなあ。

 

 インターネットカフェを見つけ、知人からのメールを読んだり、返信を出したりしてしばし過ごす。

 

 ホテル・フェニックスでの今日の夕食は、スープ、サラダ、ピラフと壺煮。ワインがうまい。

今朝ここに来たという南アフリカ出身の若い女の子2人と、ユタ州から来たという男性(30代ぐらい?)と一緒に食べる。が、やはり彼らの話は早口すぎて半分も分からない。女性2人、よく飲む。ヴェッケルさんはさすがにイギリス仕込みの英語とあって彼らと談笑しているが、それでも時折、分かってない顔をしていることもある。

酔ったついでか知らないが、英語圏の人々に関する話題になった。彼らの評価によれば、オーストラリア人は田舎臭く、なまりもきついのでバカにされる。そしてブリティッシュ、とくにイングランド人は、愛想が悪く、笑うこともしないので嫌われている。ヴェッケルさん「結婚するならスコットランド人に限る。僕はスコットランド大好き」と言う。横の食卓に腰をかけているアリ君とそのオヤジは楽しそうに我々の様子を見ている。

 

話の合間、ギター風の民族楽器を片手にしたおじさんが現れ、12曲、弾き語りをしてくれた。僕はワインのあとにラクを2杯飲み、少々酔っぱらってきた。アメリカさんも南ア女子もラクは初めて飲むという。白濁する様子をおかしそうに眺めている。アメリカさんも試しに飲んでみる。「ギリシアのウゾーに似ているねえ」。南アの女子に言わせると「これはサンブカに似ているわ」となる。そこでサンブカとは何かと聞いてみると、南アでは代表的な酒でやはり度数の高いリキュールである。原料は分からない。色つきの種類もあるという。ところで、ラクと水を混ぜると白濁するのは、ラクに含まれるアニシンの仕業だと、ヴェッケルさんは説明してくれた。ラクはブドウとアニシンから作られるとかなんとか。

 

 夜11時を過ぎ、地元の人がドヤドヤとやって来た。もう少ししたらバンド演奏が始まるらしいのだが、眠くなってきた我々は部屋に戻った。トルコ人の夜は長い。

「忙しくて、大変だねえ」とヴェッケルさんに言うと

「なんの、僕は16時間寝れば充分なんだ。夜は4時間、昼寝に2時間。これ以上寝ると、かえって調子が悪いんだよ」。