18日(金)ブダペストからコマロムへ 雲時々雨 

 

【大逆転?】

 移動日。

残った食材を片づけるべく、スパゲティを茹でる。トカイ6putのラベルは、残念ながら一晩でははがせなかった。

 

 ところで、“あの娘”の話題に戻る。

「悪気がないのが、かえって迷惑になる」ことは世間一般にも良くある話だが、彼女はまさしくそういう存在だったのだと思う。

悪気はないのである。しかし、我々には迷惑だ。ハンガリー料理にしろ、オペラにしろ、なんだかすべて「自分のほうが正しい」という言い分が、おっとり態度の裏に見え隠れし、しかも我々を不愉快にさせていることに気がつかない。

「世界は自分の都合のいいように動くようにできている」というと大げさだが、

「人は自分に対して厚意や親切を施してくれるのが当たり前だ」という、隠れた思想が見える。

僕はこういう部類の人は嫌いである。人の好意を好意とも思わず、当然のように思っている、この態度。

 

しかし、最後に逆転劇が起きた。

 

それは我々が食事の片付けも終え、ヴァリさんとのお別れの挨拶を済ませ、まさに出立しようとするときであった。

今日は早起きの人が多く、我々も8時半発のバスに乗るべく準備をしていた。

ヴァリさんは「国際列車は引き続きストライキをやっているけど、あなた方は大丈夫なの?」と心配してくれる。

僕が「問題ありませんよ。僕らはバスに乗るんですから。しかも国内のバスです。コマルノに行くので」と答えると、彼女はニッコリと微笑んだ。

我々が別れを告げ、ドアを開け、順風満帆、外に出ようとしたその時、それまでずっと黙って食事の支度をしていた彼女が、とつぜん廊下の向こうから、我々に声をかけた。

「あのぉ!」

我々が台所を振り返る。玄関から台所はまっすぐなので、食卓に座ってこちらを見つめる彼女を直視できた。彼女が続けた。

「鉄道駅にコインロッカーはあるんでしょうか?」

少々、声が震えている。

 

「こいつ、今の会話をなんにも聞いてなかったのだな」。

僕はそう思いながら、少し意地悪な笑いを浮かべて答えた。

「さあ。我々は駅には行かないので」。

そういえば、彼女も今日移動をするようなことを言っていた。ウィーンに戻るんだったっけ。しかし、ウィーン行きの国際列車はストのため運休になっている。このことを彼女は今の今まで知らなかったらしい。なんという無知、何日も前から宿の中で話題になっていたのに。

 

再びドアに手をかけると、彼女の声が再び挙がった。

「あのぉ!」

再び我々が振り向く。目には涙が浮かんでいるようにも見える。

「バスターミナルはどこにあるんでしょうか?」

 

 さすがにここまで来ると哀れに思え、助け船を出したい気もなくはないが、我々には出発の時間が迫っている。自分たちの予定を変えてまで、呑気な旅行者のつき合いをする気は、今の我々にはなかった。僕は答えた。

「僕らは国際バスには乗らないんです。だからウィーンへ行くバスの乗り場がどこにあるのかは分かりません」。

 

我々は宿を出た。その後、彼女がどうしたのかは知らない。きっと親切な人に助けられたのだと思うが。

 

【一路、コマロムへ。その目的は・・・】

 エステルゴムへの日帰り旅行のときにも利用したArpad Hidのバスターミナルへ行き、あのときにチェックしておいた8時半発コマロム行きのバスに乗り込む。

 コマロムへ行く目的は、単にここからスロバキアとの国境を歩いて越え、隣町のコマルノへ行くことである。

やがてバスが市街地に入る。終点のバスターミナルは町はずれにあるらしいので、適当なところで降りたい。

しかし、どこが“適当”なのだろう。バスは街道沿いを行く。あるバス停で、大勢の人が降りた。我々もつられて降りた。

そこから5分ばかり、バスの進行方向沿いに歩くと交差点があり、右手には大きな橋が河の上を渡っている。これが目当ての国境越えの橋だ。そこで右折し、北へと向かう。

途中、両替所と商店の並びがあるので、両替をする。

どこでも5.9ft1SKとある。余ったフォリントで菓子(チョコ)を買った。

 

(スロヴァキア編へ続く)