1月8日(金)ブダペストからコマロムへ 雲時々雨
【大逆転?】
移動日。
残った食材を片づけるべく、スパゲティを茹でる。トカイ6putのラベルは、残念ながら一晩でははがせなかった。
ところで、“あの娘”の話題に戻る。
「悪気がないのが、かえって迷惑になる」ことは世間一般にも良くある話だが、彼女はまさしくそういう存在だったのだと思う。
悪気はないのである。しかし、我々には迷惑だ。ハンガリー料理にしろ、オペラにしろ、なんだかすべて「自分のほうが正しい」という言い分が、おっとり態度の裏に見え隠れし、しかも我々を不愉快にさせていることに気がつかない。
「世界は自分の都合のいいように動くようにできている」というと大げさだが、
「人は自分に対して厚意や親切を施してくれるのが当たり前だ」という、隠れた思想が見える。
僕はこういう部類の人は嫌いである。人の好意を好意とも思わず、当然のように思っている、この態度。
しかし、最後に逆転劇が起きた。
それは我々が食事の片付けも終え、ヴァリさんとのお別れの挨拶を済ませ、まさに出立しようとするときであった。
今日は早起きの人が多く、我々も8時半発のバスに乗るべく準備をしていた。
ヴァリさんは「国際列車は引き続きストライキをやっているけど、あなた方は大丈夫なの?」と心配してくれる。
僕が「問題ありませんよ。僕らはバスに乗るんですから。しかも国内のバスです。コマルノに行くので」と答えると、彼女はニッコリと微笑んだ。
我々が別れを告げ、ドアを開け、順風満帆、外に出ようとしたその時、それまでずっと黙って食事の支度をしていた彼女が、とつぜん廊下の向こうから、我々に声をかけた。
「あのぉ!」
我々が台所を振り返る。玄関から台所はまっすぐなので、食卓に座ってこちらを見つめる彼女を直視できた。彼女が続けた。
「鉄道駅にコインロッカーはあるんでしょうか?」
少々、声が震えている。
「こいつ、今の会話をなんにも聞いてなかったのだな」。
僕はそう思いながら、少し意地悪な笑いを浮かべて答えた。
「さあ。我々は駅には行かないので」。
そういえば、彼女も今日移動をするようなことを言っていた。ウィーンに戻るんだったっけ。しかし、ウィーン行きの国際列車はストのため運休になっている。このことを彼女は今の今まで知らなかったらしい。なんという無知、何日も前から宿の中で話題になっていたのに。
再びドアに手をかけると、彼女の声が再び挙がった。
「あのぉ!」
再び我々が振り向く。目には涙が浮かんでいるようにも見える。
「バスターミナルはどこにあるんでしょうか?」
さすがにここまで来ると哀れに思え、助け船を出したい気もなくはないが、我々には出発の時間が迫っている。自分たちの予定を変えてまで、呑気な旅行者のつき合いをする気は、今の我々にはなかった。僕は答えた。
「僕らは国際バスには乗らないんです。だからウィーンへ行くバスの乗り場がどこにあるのかは分かりません」。
我々は宿を出た。その後、彼女がどうしたのかは知らない。きっと親切な人に助けられたのだと思うが。
【一路、コマロムへ。その目的は・・・】
エステルゴムへの日帰り旅行のときにも利用したArpad Hidのバスターミナルへ行き、あのときにチェックしておいた8時半発コマロム行きのバスに乗り込む。
コマロムへ行く目的は、単にここからスロバキアとの国境を歩いて越え、隣町のコマルノへ行くことである。
やがてバスが市街地に入る。終点のバスターミナルは町はずれにあるらしいので、適当なところで降りたい。
しかし、どこが“適当”なのだろう。バスは街道沿いを行く。あるバス停で、大勢の人が降りた。我々もつられて降りた。
そこから5分ばかり、バスの進行方向沿いに歩くと交差点があり、右手には大きな橋が河の上を渡っている。これが目当ての国境越えの橋だ。そこで右折し、北へと向かう。
途中、両替所と商店の並びがあるので、両替をする。
どこでも5.9ft=1SKとある。余ったフォリントで菓子(チョコ)を買った。
(スロヴァキア編へ続く)