116日(金){815日}ハマダン 晴れ

 

【ラシュト行き:緑豊かなイランの大地】

 昨日の言われたとおり朝9時にテルミナルに行くと、ラシュトを経由するというイランペイマ(バスNo.1)のバスに難なく乗ることができた。

我々が乗ったあともしばらく客引きをしたのち、バスは9時半に出発した。14時に昼食休憩を取る。

 

エルブールス山脈を越え、斜面を下りつつカスピ海が近づくにつれ、辺りには水田がちらほら見え始め、水田の向こうに望む山々には緑が現れ、やがて緑豊かな農村風景が広がってきた。ガイドにも「日本とよく似た風景が望める」とあったが、そのとおり、この風景はまさしくそれである。なぜかホッとする。

「やっぱり緑のある風景って、違うよなー」。

ラシュトには16時半に到着した。

 

このバスはラシュトからカスピ海に沿って東に行ったラーヒジャーンという街まで行くとのことで、我々を初めとする半分ほどの乗客は街道沿いで降ろされた。サヴァリで街の中心メイダネ・ショハダへ向かうが、運ちゃんの言いようではショハダは2つあるらしい。地図で示し、目的地へ向かった。

ホテルを探すが、中級以上の良いホテルか、あるいはトイレシャワー共同の安宿しかない。シャワーがないところもある。もっとも、ハマムが近所にあるのだろうが。それで、安くて清潔なホテル・カルヴァンに泊まることにした。

 

散歩がてらバザールを歩く。さすがに海が近いだけあって魚屋が多く、そして魚屋はみな元気だ。「刺身でも食べたいものだ」と思うけれど、もちろんそれはかなわぬことだし、だいいち、そこまで鮮度が保たれている魚は、市場で見る限り、無い。

「アジア横断」にも載っているビザ屋「Grand Father’s Pizza」で食事。内装はアメリカ風を意識しており、イランではなかなか見られない雰囲気だが、カップルや家族連れなど、お客さんも多い。そして、ピザがうまい! そして安い! サラダバーもあるし、ピザの他にも、ケパブや、フランスパンまで置いてある。良い店だ。

 

店を出るとすぐそばにケーキ屋があった。陳列棚にジャムがある。「あれをナンにつけて食べたら、おいしそうだね」と、一瓶買ってみる。ユウコはよほど嬉しかったのか、すっかりごきげんであった。瓶が入っているビニル袋を大きく振りながら歩いている。「あれでぶつけたりしないかなー」と半ば不安であったが、宿の階段を上り、ドアを開けたところで「ガシャン」とやった。瓶がドアにぶつかってしまったのだ。あわれ、ビニル袋に包まれたガラス瓶は砕け、ジャムと渾然一体となってしまった。

「ごめんなさい。どうしよう」。ユウコが申し訳なさそうに言う。

僕も彼女のはしゃぎようを気にかけていたので指摘すれば良かったのだが、まさか本当に割ってしまうとは、これじゃ漫画だ。しかし、これで「あーあ、残念でした」で終わらせるのは癪なので、「1人でもう一回買ってきなさい」とユウコに言いつける。

 

 ラシュトは海が近く、天気はよいが、蒸し暑い。チャドルをしていない女性が多く、そして頭に巻いたスカーフは柄付きのおしゃれなものが目立つ。ゴルガン、ゴンバデなどでもそうだが、カスピ海沿岸の都市は、洗練され、解放されているようにも思える。

 ユウコは1人でのお使いを無事に済ませ帰ってきた。

 

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117日(土){816日}ラシュト 晴れ

 

【カスピ海では「外してはならない」マースーレ観光】

 イランで洗濯物がひと晩で乾かなかったのは初めてだ。気温はそう変わらないはずなので、湿度の差であろう。

 今日は山あいにあるマースーレ村への日帰り観光に出かける。この村は海抜1050mの切り立った山の斜面にへばりつくように集落が構成されており、家屋の建築が古くからの伝統を良く保存しているとのことで、イラン国内でも名の知られた村である。テヘランのホテル・ハイヤムでも「カスピ海のほうへ行くなら、マースーレは外してはならないよ」と言われたものだ。

 

ラシュトから南西へ56km。直行バスはないのでサヴァリとバスを乗り継いで行かねばならない。メイダネ・サブゼーからフーマーンという街へ向かうサヴァリに乗る。「アジア横断」には「カスピ海沿岸地方はサヴァリ網が発達している」とあるが、たしかに良く整備されている。制度が徹底しているせいか、ぼられることもまずないし、我々だけが乗ったときに突然タクシーに変身することもなく、客をちゃんと(?)拾っていくのだ。

 

【蕎麦屋はないが、田畑山林はまるで日本風】

さて、ラシュトからフーマーンまでは24kmの道のりで、一本道を西へ向かう。フーマーンは小さい町だが商店は多く、並木のきれいなところだ。瓦屋根の家並もあり、興味深い。フーマーンからはミニバスでマースーレへ向かう。田舎人のためののどかなバスだ。バスは少々こきたないが、それが田舎臭さを良く醸し出している。32kmの道程を小1時間かけ、なだらかな坂道をゆっくりと上がっていく。車窓も楽しい。しばらくは田園が広がっている。すでに収穫が終わった耕地で、放牧された牛や羊が草を食んでいる。やがて山が、少しずつ左右から近づいてくる。山は紅葉で一杯だ。周囲には茶畑も広がる。家々には必ずと言っていいほど、切妻式の屋根を構えている。藁葺きの家もある。平屋が多いが、2階にテラスを設けた家もある。山が迫り、谷が狭まり、やがて渓谷となる。日本の山中を走っている心持ちだ。この界隈には、ペルシャ文字の看板が奇妙に見える。むしろ「山菜そば・うどん、まいたけ有ります」のほうが似合う。

 

【ヒツジは臭いか旨いか】

社外はまるで日本の風景だが、しかし振り返って車内を見ると、ここはまさしくイランであり、田舎に来たせいなのかどうかわからないが、今日はなぜか車内が妙に羊臭く思える。中央アジア以来の、あのモワップとしたニオイが、車内に広がっている。

「イランにしては珍しく羊臭い人が多いね」と言うと、ユウコはまるで気がつかなかったという表情をして僕を見た。

 

 マースーレの集落を1時間ばかり散策する。村の麓、バス停の近くには、最近出来たと思われる大きなホテルが2軒ばかりある。村の手前にはキャンプ場もあり、チャイハナも多い。集落には土産物街もある。標高の高いこの村は涼しく、夏は避暑でにぎわうのかもしれない。迫る山ではハイキングも楽しめそうだ。なるほど、村は独特だが、ここへ至るまでの風景は、日本の山村そのままだ。この景色を見て、心が安らぎ、落ち着いてしまうのは、長旅をしているからこそであろうか。日本を発ってわずか23日でここへ来ても「日本と同じだよねー」で終わってしまうだろう。しかし、砂漠のイランをひと回りしたあとに見るこの風景は、なんともいえず感慨深い。いやー、良いところだ。

 

 バスを降り、村の入り口とも言えるところに大きなチャイハナがある。ここでお茶でも飲んでひと休み・・・と思って中に足を入れると、ここでもまた、あのモワップな空気が漂っている。羊のスープを炊いているのだ。ユウコは珍しく「美味しそうなスープだね」と言うが、僕はニオイだけで頭がクラクラしていた。いつもと立場が逆転している。僕は、少々疲れているのかも知れない。

 

 観光を終えてラシュトに戻り、昨日のピザ屋で遅い昼食を取った。

 

 ラシュトでの滞在宿カルヴァンホテルは、建物の2階、まっすぐ階段を上がった目の前にホテルのフロントがある。1階には床屋とレストランがある。レストランでは朝も夕も、オヤジ共が飯を食べている。