3月17日(水)ビエンチャン 晴れ
【移動日。いよいよタイ入国だ】
今日はいよいよビエンチャンから国境を越え、タイのノンカイへ行くのだが、慌てる必要はない。
ノンカイから夜行列車で1晩走れば、明日の朝にはバンコクに着くのである。
ラオスとタイの国境はいくつかある。
北部ではフェイサイからチェンコンへのルートがあるし、南部ならタケク、あるいはパクセーからタイに出られる。
僕はビエンチャンを見たかったのと、なんとなくこの夜行列車に乗ってみたかったので、このルートを選んでいた。
慌てる必要はないと知りながら、それでも7時には目が覚める。
【目覚めて思うラオ・ミュージック】
そういえば、ラオスの歌は男も女も少し鼻にかける調子で歌う。だからなのか、声を大きく出さない、いや、出せないのか。
食堂などで流れるラオ・ポップスもみんなその調子である。
軽快なリズムの上で演歌チックに歌っていても、どことなく間抜けな、どいうか可愛らしく感じられるのは、鼻にかけた歌声の効果なのだろう。
そもそも歌声以前に、言葉の発音自体がカワイイというのもあるが。
【国境へ発つ前に一仕事】
とにかく、11時にチェックアウトする。
そして旅行人オススメのラオ料理レストランSOUKVEMANへ行く。が、値が張るわりに量は少なく、味も今ひとつで残念であった。
気を取り直して、余ったキップの両替にVientiane Commercial Bankに行くが、ここでは再両替できないとのこと!
「ラーンサーンホテル近くの銀行に行きなさい」
と言われるが、それは宿の近くなのだとガックリ。「今日は没有デーの再来か?」と心配する。
ひとまずタラートサオの向こうにあるバスターミナルまで行き、国境タドゥア行きのバスの料金と時刻を確認し、僕は荷物番となり、ユウコが両替のため銀行に急行することにした。
12時半である。
ところが1時間近く経ってもユウコが帰ってこない。
どうしたのか、事故にでも遭ったかと心配したが、やがて現れた。
両替は出来たのだが、
「両替証明書を見せたら銀行員さんに『ホッホーゥ』って驚かれちゃった。飛び上がっていたよ」
とのことであった。闇両替が通常ということだ。
バスに乗り込む。
このバスターミナルには日本製のバスが多い。
大型バスはHinoだし、中型バスでは三菱(ちょっと古い)やNISSAN(新しい)がある。
Hinoと三菱は1988〜1989年の「公共交通整備プロジェクト」の一環で日本から入ったものらしい。そういう趣旨の文言がバスの側面に書いてある。
また、新しいNISSANのバスも、つい最近に日本のODAで入れたものだ。
【ビエンチャンから国境へ、そしてタイ入国】
タドゥア行きのバスは13時50分に発車した。すし詰めである。
14時半にイミグレの前に着く。日本人が数人いる。
メコン川が国境となっているので、イミグレは河畔にあるわけだが、だだっぴろい土地に不似合いに新しく立派な建物である。
が、仕事はノンキで、検査らしいことは全くしない。
出国スタンプを押され、改札口のようなゲートを過ぎると、その先に高速道路のバス停のような待合いがある。
客は我々を含め日本人数人のみだが、ここで待っていると何かが起きるのだろう。
そしてマイクロバスがやって来た。国境の橋「友好橋」を走るバスである。
マイクロバスが走り出し、ゲートをくぐったところで道が立体交差し、これまでの右側通行から左側通行になった。
「タイは日本と同じなのか!」
と、自分の無知に驚く半面、右側通行にすっかり慣れた頭には、久しぶりの交通システムは気持ちが悪い。
立派な友好橋を5分で渡り、タイ側入国。
用紙に記入。こちらも手続きはアッサリしている。
ここにも待合いコーナーがある。街へ行くバスがあるのだろうが、我々はトゥクトゥクで鉄道駅に行ってもらった。
ノンカイの鉄道駅に着いたのは15時15分である。
【国境の町で一息】
ノンカイからバンコクへ行く夜行列車は毎日2本あるらしい。
1つはEXPRESSで、ノンカイ発18時35分、バンコク着6時10分。
1等寝台、2等寝台、3等寝台、座席とあるが、1等寝台しか空きが無いという。
が、これは1人1077バーツと高い(約3000円)。
いっぽう、少し遅いがRAPIDならノンカイ発19時25分、バンコク着9時10分で、こちらは2等寝台と座席があり、いずれも空席があるという。
よって、RAPIDを選択した。
トゥクトゥクで街へ行く。どうも左側通行が気持ち悪い。が、ユウコはそうでもないらしい。
ところで、国境から乗った鉄道駅までのトゥクトゥクは、はじめ80とふっかけられて半額まで値切った。
いままた街までの料金を交渉し、20と決まったところで乗り込んだが、ユウコが「小銭がない」と言う。
さきほど両替したところなので、小銭はユウコ、大金は僕と分けたばかりであった。
僕は大きな札しか持っていない。
それを分かっているはずなのに、ユウコは簡単に「小銭がない」と言う。
僕は瞬間的に腹を立てた。なんのために料金交渉しているんだ。値切っている以上、お釣りがないように支払いをするのが当然ではないか。
「さっきバスで20バーツ札使ったのは、最後の1枚だったの?
大きなお札をくずせば良かったんだよ。なんで簡単に小銭を使い切ってしまうの?」
けっきょく、駅に着いたところで水を買って小銭を得る。
さしてやるべきこともないが、列車の時刻までは時間がある。
まずはなんとなくワット・シーサケットを見物し、その向かいにあったNong Khai Intourでインターネット。1分2バーツ。
通りがかりの英語看板に惹かれ、Nobbi’s Restaurantでピザとロールキャベツを食べる。
レートをしっかり把握していないので、値段が高いのか安いのか分からない。
まだ早いが駅に戻り、ベンチに座ってひと休み。
暑いねえ。
【バンコク行き夜行列車】
のんびりと待って、列車に乗り込む。
タイの寝台は上下2段。昔の日本にあった50型と似ている。センター通路が妙に広い。
よく見ると、日立製(1967)とある。日本の中古なのかもしれない。
寝台の客はほとんど外人である。
窓は下段に大きいのがあるが、上段にはない。
エアコンが無く、窓は全開。扇風機が回っているが、我々は汗だくだ。
「この調子では窓は一晩中開けっ放しなのだろうが、虫が入ってきたらどうするのだろう?」
と思っていたが、車掌がやって来て窓の脇から鉄格子のような網戸(兼目隠し)をガラガラと引っぱり出してくれた。
車掌はさらに、各人のベッドメーキングをしたり(下段は就寝前まで座席タイプとして利用している)、
そして英語で書かれた注意書き(ベッドでは禁煙など)をお客さん一人一人に回覧している。
車内販売もやってくる。
「いやー、この辺り、中国とは違うよねえ」
と、僕は思わず声を出した。
こういうサービスを見るにつけ、日本人の気質は、タイ人、ラオス人に通じるところが多いように思う。
網戸をしても、やはり足に食われた。
【参考】
VIENTIANE MINICIPALITY SATE BUS COMPANY(タラート・サオ横)
THADEUA タドゥア No.14 600K
VAN VIEN 7:00 13:00 3500K
KASI 7:30 5000K
PAKSE 8:00 11:00 14:30 24000K
SAVAN 7:30 10:00 14000K
タケクまでは10000キップ。時刻不明。
ルアンパバンへのバスは、ここからは無い。
NONGKHAI to BANGKOK
08:10 → 20:50 RAPID
18:35 → 06:10 EXPRESS
19:25 → 09:10 RAPID
EXPRESS
1st 1077
2nd A/C Up 548 Down618
2nd FAN Up 398 Down 498
Sit 298
RAPID
2nd FAN Up 378 Down 428
Sit 278