ラオス3(No.103)パクオー洞窟へ〜ルアンパバーン2

【ラオスのベーカリーは良い】

314日(日)

Phoun Sad G.H.泊。朝食はG.H.3軒となりにあるベーカリーで。

日本のベーカリーチェーン「ヴィド・フランス」に雰囲気が似ており、

この店は白人さんに大人気。

パンが美味しいのはフランス統治時代の影響だろう。

どれも美味しそうなパンだが、私が買ったピザパンもおいしかった!

1杯ホットドリンクを頼むと、お茶がおかわり自由。

店内にテレビがあり、CNNが流れている。

ユウコ:ピザパン・アップルパイ(フィリングいまいち。タルト生地は良い)・コーヒー

マサト:ウインナーロール・ココナツブレッド・アップルパイ・コーヒー

英語のメコン流域情報誌があり、G.H.などの情報を仕入れる。

 

【パクオー洞窟へ】

洞窟は小舟を2人でチャーター。

カワイイ10才の坊やと父が同行。

美人の母が手弁当も作ってくれたらしい。もちろん彼ら用だ。

 

メコン川では砂金がとれるとガイドブックに書いてあったが、

舟に乗っていると、水を飲むウシ、漁をする人に混じって、確かに砂金を取る人がいた!

川面で上下させている、ザルのなかが金色にきらきら光っている。

 

途中、織物の村に寄る。機織り機や糸くり機が珍しい。

織り終わった布地が軒先に掛けられ、金糸で刺繍した象の模様が美しい。

土産屋もあるが、素朴で、なまはげに似た魔除けの人形を売っている。

川ノリを軒先で干している店もあった。

 

洞窟に到着。洞窟は想像以上に大きく、良かった。

洞窟内の岩を切り崩して、棚のようなものを作り、

そこに多数の仏像が置かれている。

大きいもの、小さいもの、色が塗られているもの、

金が塗られているもの、木のままのもの、さまざまな仏像があり、圧巻である。

この洞窟は上下に分かれているが、下の洞窟の方は光が入るせいでよく仏像が見える。

上の洞窟の方が薄暗く、奥は真っ暗でローソクの火が灯されているが、見えない分、神聖度が高い。

下の方の洞窟はたぶんリノベーションされて形がきちんと残っている仏像ばかりが安置され、目立つが、

上の方の洞窟では仏像が壊れているものも多い。

昔はこの洞窟も無料で公開していたのだろうが、今はさすがにチケット売りがいる。

 

上の洞窟で写真撮影に夢中のマサトを離れてみていると、

入り口にいた男が股間を掻きながら近寄ってきたので

(私の自意識過剰で、奴はたまたま股間がかゆかったのかもしれないが)

「私は男連れよ」とばかり、マサトの背中に手をかけると、離れていった。

平和そうなラオスとはいえ、人も少なく、薄暗い洞窟、油断ならない。

女性の一人旅、あるいは女性だけの少人数での訪問は、気をつけたほうがよいだろう。

話は変わるが、この寺のトイレも水洗でよくできており、

ラオスの衛生観念はすばらしい。

 

私たちを洞窟に連れてきてくれた、小舟の船頭さんは、若く見えるが、

14才を頭に、12108才と4人の子持ちだという。1男3女で、今日連れてきた唯一人の息子は10才だそうだ。

やっぱりラオ人も子だくさんなんだな・・・。

そう思うと、ふと、ルーマニアのロマンの家が思い出され、我々のいくばくかのお金が彼らの家計を担うのか・・・と思うと、

16$と言われても、少し高いけど、まぁ、いいか。と思ってしまう。

「もう16$で滝にいかんか?」といわれ、最初心が動いたが、

5キロのトゥクトゥクに3$かかる」とか、料金が次々とつり上がるので、

なんだか船頭を信用できなくなり、行くのをやめる。

 

【王宮博物館】

滝に行くのをやめたおかげで王宮博物館に入れた。

ここは既にパーミッションは必要なく、毎日開いている。

王の謁見の間の丁度が素晴らしい。赤地に金の柱の彫刻、壁のモザイク。

きらきらしているが、トルコのような嫌らしさはなく、大変洗練されている。

モザイクのガラスには日本のガラスが使われたというのも興味深い。

逆に寝室は質素で、それがまた良い。

マサト曰く「寝るとこまでビカビカしてたら暑苦しいだろ。」

はい、確かに。

各国からの贈り物が展示されていたが、その中で、日本のものがけっこう多い。

特に東京都からはメダルなど贈られている。

 

【今日の食事と音楽】

昼は地元向けの店でうどん・・・。と思ったら、周りの客は外人ばかり。

うどん屋はヨユーで英語も通じた。テーブルに置かれた、イカショーユがうまい。

埃っぽいせいか、朝晩冷えるせいか、鼻水が出る。くるしい。

G.H.でひと休みして、夕食を食べに行く。

昨日、行ってみようと目をつけていたプーシーホテルのレストランは、

音楽付きビヤホールで食べ物はない。

ビールだけ頼み、4〜5曲聞く。

楽団員は祖父・父・子の3世代×2家族+αの計8人編成で、

タイコ(壮年)1、弓もの(胡弓に似ている:老人)3、木琴(鉄琴?:壮年)2、シンバルみたいな打楽器(子供)2。

子供は眠いのか、疲れたのか、飽きたのか、ちょっとやる気ない。

しかし、彼らに私たちが注目しているとハリ切る。カメラの前でもハリ切る。カワイイ。

演奏自体はたいしたことなく、草バンドで、やたら休憩が多いが、そこが呑気で良い。

拍手を求めるが、お金をせびったりはしない。楽しい。

まだまだ演奏は続くようだが、おなかがすいたので、別のレストランに移動。

ユウコ:チャーハン・揚げ春巻き(春雨、きくらげ、たけのこ、挽肉、鶏肉入り。)

マサト:エビカレー(辛さはマイルド・ココナツ味)・餅米・ビール。

ラオ人は外で食事をする習慣がたぶんないので、外食しているのは外人ばかり。

そして食堂もほとんどが外人目当てである。しかしどこもコックの腕はよい。

 

【飛行機で首都ビエンチャンへ】

明日は首都ビエンチャンに移動する予定だ。

私たちはメコン川をスピードボートで下り、ビエンチャンに行こうと考えていたが、

明日のスピードボートは乾期の為、運行しないことが判明。

ヒコーキで行くしかない。

ちょっとほっとしたような、残念なような。