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20(中央アジア編1):印象的な出来事ばかり・・・ウルムチ〜アルマトイ国際列車の旅

 

思い返せば、切符を取るところから一騒動あった。

ウルムチの駅へアルマトイまでの切符を買いに行ったところ、「今日はやっていない。月曜日に来なさい」と駅員に門前払いされた。しかし、日曜日なら休みだとわかるが、今日は土曜日で営業しているはずだ。

「国際列車の切符売り場は駅の待合室の中にある」とガイドに書いてあったので、無理矢理駅構内に入ると、やはり切符売場の前に切符を求める人の行列ができていた。もう営業開始時間を30分過ぎているが、販売する気配がない。すると、前に並んでいた中国人の30代後半ぐらいの男性が、「就業時間内くらい、仕事しろよ、なあ。」と後ろを向いて私たちに話しかけてきた。

私たちが答えに窮していると、「日本人か?日本人と中国人は顔がほとんど同じだなあ」とにっこり笑ってくれた。このような言葉を聞くのは、とても嬉しいものだ。また5分ほど時間が経って、この人も待ちくたびれたのだろう、「まだか!!」と大声を張り上げたところ、切符売り場の売り子はようやく仕事を始めた。私たちはいつものように、硬臥を希望した。しかし、硬臥(二等寝台)はもう売り切れで、軟臥(一等寝台)しかないという。高くて嫌だな、と思い、一応値段を聞くと、397元と思っていたより安い。長旅になるので、良い席にしたほうがいいかもしれないと、軟臥を2枚買ってみた。

 

その日、中国で最後の買い物に出かけた。ボールペンとノートが買いたかった。ボールペンは、日本から持ってきたものがなくなって以降、中国製を購入していたが、作りが弱いのだろうか、すぐこわれてしまう。これなら少々高くても、デパートで日本製を買った方が良い。その日見たものは、ゼブラ(日本製)とあったので喜んだが、よく見たら「ジムニーJIMNY」という商品名が「ジミーJIMMY」となっていた。ニセモノなのだろう。しかし、少し高いだけあって、なかなか書き味が良かったので、買ってみた。

その後、休憩がてら屋台で飲み物を買って飲んでいると、売り子のおじさんが、暢に

「日本の気候はどうだ?新疆より暑いか?ビールは1本いくらくらいするんだ?」と話しかけてきた。

暢もだいぶ中国語がわかるようになってきて、自分で答えている。なかなか楽しそうだ。このような光景を見ると、もう少し中国に居たい気もするが・・・いや、もう切符を買ったのだ。

 

出発する直前に、初めて日本からファックスを受け取った。暢の父からだ。懐かしい文字が嬉しい。暢の祖母が病気だという。このようなとき、すぐに駆け付けられないのが、旅の哀しいところだ・・・。

 

831日日曜日、23時にウルムチ駅を出発。軟臥を買ったので、2人部屋だと思っていたが、私たちの切符が示していたのは、4人部屋のコンパートメントだった。切符が安かったのはそのせいだったのかもしれない。この国際列車では、車両はロシア式のものが使われており、コンパートメントには鍵もかかる。

(中国の硬臥では通常個室に鍵はない)私たちと同室の乗客は、中国系女性の2人連れだ。1人は、おかっぱ頭で顔立ちが少し中近東的な人で、もう1人はショートカットにパーマをかけたメガネの漢人的な女の人。年齢は聞けないが、どちらも40歳代位だろうか。足下にバケツいっぱいに入ったタマゴがあるのをはじめ、なにやら荷物がいっぱいだ。既にコンパートメントの上部にある棚は彼女たちの荷物が占領しており、私たちの荷物が入るスペースはない。幸い、私たちは荷物が少ないので、ベッドの下に荷物を置くだけで事足りた。文句も言わず、荷物も少ない同室人に好印象を持ったのか、2人とも私たちになかなか親切だ。

 

翌日、91日の840分から、阿ラ山口にて出国チェックがあった。パスポートを渡すよう言われ、入ってきた男性の審査官に、中国語にて話しかけられる。内容はこの旅行の目的、中国語はどこで習ったか、などだ。

「大学で中国文学を専攻した」というと、同室の2人が嬉しそうな顔をした。出身大学名も聞かれた。

暢について「彼は中国語が話せないのです。」と言ったら、暢は何も聞かれなかった。ただ、暢のみ荷物の細かいチェックがあり、中身をいろいろと調べられた。審査官は暢の持っていた「チーズの話」という本を開いて、その中にある地図を見て「これは地中海・・・」と言って、指さしては嬉しそうに笑った。若干バカにされているような雰囲気でもあったが、出国審査は概ね和やかな雰囲気で終わった。これで中国ともお別れだ。11時に一旦パスポートが戻ってきた。

 

中国を出国して、すぐにカザフスタンに入った。中国からカザフスタンへの国境間の移動はほんの56分。出国および入国審査の間は列車が停車しているので、その短い走行時間しかトイレが使えない。何十人もの乗客が、車両の両端に1つづつしかないトイレに集中するのだから、たいへんな騒ぎだ。お腹の具合が良くなかった私は、パスポートが帰ってくるやいなやトイレの前に並び、何とか用を足すことができたが、それでも10秒も経たないうちにドアがこわれんばかりにたたかれ、「まだ!?」という声が聞こえる。なにをするにも、全く落ち着かない。

 

ともあれ、用を足して、コンパートメントに戻ってしばらくすると、カザフスタンの審査官による名前のチェック・荷物のチェック・税関申告書のチェックがあった。この申告書がロシア語表記しか書いていなくて、私たちが困り果てていると、同室のおかっぱ頭の女性が助けてくれた。この人はカザフスタンの入国管理官が質問に来たときも、私たちを「仕事上の仲間よ」と紹介し、堪能なロシア語で応対してくれたので、私たちの入国に何の問題もなかった。本当にありがたかった。

 

北京時間1320分にドルジバ駅についた。私たちは駅におりてみることにした。同室の女性達は降りない。何時間もあの狭い列車の中で過ごすのか・・・と思うと心配だったり、げんなりしたりするが、彼女らは、よほど荷物が心配なのだろうか。

 

ドルジバ駅の周りには何もない。国境の駅だが、両替屋もない。駅舎はロシア的な建物で、構内にある小さな店(とはいっても、露店に近い)でお茶を頼むとロシア風のティーポットに入ってお茶が出てきた。周りの人たちは紅茶を飲みながらパンを食べている。このような文化の違いを見ると、「もう中国じゃないんだなあ。」と思い知らされる。この駅のトイレも、一応水洗であった。

 

しばらくして、1台列車が入ってきたので乗り込もうとすると、なんだか様子が変だ。よく見ると、反対のウルムチ行きであった。危ない危ない。暢はウルムチ行きの列車と記念写真を撮った。私たちの列車もじき戻ってきて、客室に戻った。ドルジバ駅には4時間ほどいたことになる。

 

列車が走り出してしばらくし、ぼんやりとしていると、今まで同室でもほとんど言葉を交わしたことのないめがねのほうの女性が

「通路に出て、外をごらんなさい」と言う。車窓からは碧い水が線路にひたひたとせまり来るさまが見える。アラクリ湖だ!すごい。湖ではなく、海のようだ。こんなにも湖のすぐそばを列車が走っていることと、自然の美しさに感動する。教えてくれためがねの女性に感謝した。

 

暢はカザフスタンに入ってから交代したカザフ人の車掌になぜか気に入られたらしく、なにかにつけて「MASATO!」と声をかけられる。車掌が暢にだけ優しく話しかけるので、中国では私の方が圧倒的に良く地元の人に話しかけられていたのに・・・と、私はちょっとねたましい。

 

ドルジバ駅を過ぎると、途中の駅にいる物売りもすっかりカザフというかロシア風になって、ハンバーグのようなロシア料理の「カトレータ」や「ピロシキ」、魚のフライなどを売っている。ドルジバでは元が使え、お茶も飲めたが、もうここからはカザフスタンの通貨であるテンゲしか使えない。

 

北京時間ではもう夜の9時だが、まだ明るい。暢が「夕日が沈むからみてごらん」という。窓の外は大草原で、電柱の他に、見渡す限り何もない。そんな中をオレンジ色に燃えた大きな夕日が西の彼方へゆっくり沈んでいく・・・。しかし、山かげに夕日が隠れたせいだろうか、それとも列車が西へとスピードを速めたためだろうか、夕日をまるで追いかけるかのように、一度沈んだ夕日が地平線から再び顔を出したり、時には昇っていったりする。そんな夕日との追いかけっこを楽しんでいたが、15分ほどして夕日の沈むスピードが列車のそれを上回り、北京時間で917分、とうとう日没した。没する姿は、あたかも線香花火の火が消えるかのようで、心なしかさみしい。カザフスタン時間の北京時間との時差は1時間ほどしかないので、アルマトイがもっと西にあることを考慮したとしても、日没は夜の8時半頃ということになる。ずいぶんと遅い日の入りだ。

 

新疆では埃っぽい毎日が続いていたせいか、暢の鼻毛がのびている。

 

92日の朝になった。明け方、夢を見ていると、車掌に「アルマトイだぞ!」と起こされた。おかっぱ頭の女性は「まだ到着まで2時間もあるじゃないの!」とぶつぶつ怒っている。たしかにまだ起きるにはちょっと早い。車窓から見た外の風景は、夜中のように真っ暗だ。ともあれ、起こされてしまったので洗面をすませようとトイレに行ったが、(ロシア式車両ではトイレの中に洗面台がある)入国の時のように、少ないトイレに人が詰めかけるので、ちっとも落ち着かない。私は後ろに並んでいたおばさんに「あなた、歯ブラシだけするの?じゃ、一緒にしましょ」と言われ、この人も歯を磨くのかと思い、「いいですよ」と答えると、この人、トイレに入るやいなやおもむろにパンツを脱いで用を足し始めた。わたしはあまりの出来事に仰天した。

部屋にもどると、車掌は早く仕事をあがりたいのだろうか、早々にシーツを集め始めていた。まず、アルマトイT駅に到着。ここで降りる人は少ない。終点はアルマトイU駅だ。同室の中国女性が荷物の整理をし始める。どう詰め込んでいたのか、でるわでるわ、よくまあこんなに持ってきたものだと感心してしまうくらいの沢山の荷物が出てきた。彼女たち、税関には「荷物は3つです」と言っていたけれど、大嘘だ。しかも、カラオケ機、大量の化粧品など、荷物というには理解に苦しむものもある。カザフスタンで販売するのだろうか。何が入っているのかわからないが、重そうな金庫まで持っている。ともあれ、朝9時、列車はアルマトイU駅に到着した。丁寧にお礼を言って彼女らと別れた。

(つづく)