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中央アジア11(No.31) キルギスのバンガロー〜アルスラン・ボブ1

【バンガロー村へ】

今日はアルスラン・ボブという山の街のトルバザ(バンガロー村)を目指す。7時半に宿を発ち、オシュの新バスターミナルへ。街の人が親切に乗るべきバスを教えてくれる。経由するジャラル・アバッドでは乗り継ぎがよかった。次に乗り換えをしたバザール・クルガンでは、30分ほどバス待ちをしたが、外国人が珍しいのか、子供達が興味津々で近寄ってくる。ここまでのバスで座れたので、これから更に田舎へ行くバスはがら空きだろう、と思っていたら、意外なことに超満員。がたごと道を満員乗車で押し合いへし合いしながら必死で耐える。乗客に老人が多いので、その方々が優先で、もちろん座れない。妊婦さんでさえも、若いので座れない・・・。キルギス系の顔立ちはすっきりしたモンゴル系であるが、このあたりはインドかウイグル系なのだろうか、やや色黒の彫りの深い顔立ちをした人も多い。少し席に余裕ができてくると、「ジェーブシカ!(お嬢ちゃん)こっちへいらっしゃい」とおばちゃんが席を詰めて座らせてくれた。優しい。「どこから来たの?」などと人なつこく話しかけてくる。ところで、オシュ−ジャラル・アバッド間は途中ウズベキスタン領内を通ったが、警察は乗客を1瞥するだけで、ほとんどNo check。マサトはのんきな仕事ぶりに、「いい商売だな、おやじ。」と言った。ウズベキスタンとの国境近くだからだろうか、バザール・クルガン、アルスラン・ボブでは、キルギススム・ウズベクスムの両方が使われている。アルスラン・ボブからトルバザまではタクシーで行ったが、タクシーの運転手もウズベク族だという。国境って一体なんなのだろう。トルバザはシーズン・オフで閑散としているが、管理人は我々を歓迎してくれた。1130スム。サウナ付きだという。バンガローというよりここは山小屋で、予想通り粗末だが、山の宿泊施設というのはこういうものかもしれない。庭には牛、鶏、ロバ、ガチョウなどが放し飼いされている。もちろん彼らの落とし物も多い。トイレは宿舎のわき、外にある。食事をするところなど無いので、アルスラン・ボブのバスが止まったところの近くにあった、バザールで買い出しをする。とはいっても、山の街、大したものは売っていない。結局ナンとコーラのみを買った。夜8時に迎えの人が来て、サウナに入った。「こっちが熱いシャワー、こっちが冷たいシャワー。」と2本の水道管をさわって説明してくれるが、どちらも水で、「熱い」ほうがすこしぬるい水というだけである。しかし文句を言っても仕方ないので、サウナに入った。サウナはなかなか立派である。電熱線使用のフィンランド式。サウナで身体を暖めては、水シャワーをぶるぶるふるえながら浴びる。身体がきれいになっただけ良しとしよう。約40分間のバスタイムを楽しむ。帰り道、見上げた星空が綺麗だ。

一晩が明けた。

シーズン・オフはC-O-L-Dだとガイドブックには書いてあったが、明け方若干冷えたものの、寝袋のおかげか、たいして寒い思いはしなかった。外もそんなに震えるほどの寒さではない。朝日に岩山が赤く照らされている。美しい。昨日は山頂に雲がかかっていたが、今朝はすっきりと晴れている。まだ山に雪は少ない。一晩寝て疲れが取れたのか、この美しい景色のせいか、この土地がとても良いところのように思えてきた。しかし、登山するわけではないので、今日はこの町を離れる。バザールのあるところまでザックを担いで山を下り、バス待ちをしている間、マサトはウズベク人のおじさんの写真をとったり、話したり。ゆったりした時間が流れる。「田舎もいいなあ。」などと思っていると、「バスはこっちだ」とある老人が私たちを手招きする。実際、私たちが待っていたところはバスの終着点ではあったが、出発点ではなかったようだ。「ありがとう」といって別れようとすると、お金を数えるジェスチャーをする。「バスまでの案内料を払え。」というのだ。呑気にしていると、金槌で頭をガツンとやられた感じ。やっぱり外国は、外国である。いい人も多いが、たかりや泥棒も多いのだ。帰りのバスは行きほどの混雑ではなく、席に座ることができた。人間が乗るだけでなく、バスで荷物(しかも大きい麻袋)を運ぼうとする人もいる。中身はひまわりの種だ。袋はところどころ穴があいていて、種がこぼれてしまったりする。その種を拾っては食べていたりする者もある。ジャラル・アバッド付近では牛の大群による渋滞が起こっていて、お尻に鼻をつけて移動しているうちに牛たちは興奮してしまったのだろうか、牛の何頭かは路上でおもむろに交尾をはじめていた。こんな光景は見たことがない。

ジャラル・アバッドでは夕方まで時間ができた。ビシュケクから来た時同様、帰りも乗り合いタクシーで戻るのだが、出発は夕方だ。カフェでビールを飲み、バザールをひやかして、レストランでラグメンを食べる。レストランでは少女とその父親と思われる男性が、ピアノと歌の生演奏を行っている。食事も済み、いい時間になったので、バスターミナルへ行ってみた。ガイドブックにはここにビシュケク行きのバスがやってくる、とあるが、待てど暮らせどビシュケク行きのバスは来ない。アイスクリームを食べたりして待っていたが、しびれを切らしてマサトが近くの人に尋ねた。すると、バスターミナルの向かいにある、バザールの脇にタクシーだまりがあるとのことだった。たしかに、ビシュケク駅と同じような光景が広がっている。「ビシュケクに行きたい」と話し、料金交渉して若者が運転する車に乗り込もうとすると、少々もめ事が起こる。私たちのせいではないようだが、(わたしたちにはにっこりと笑いかけながら、トランクにザックを積もうとすると「バタン」とトランクをしめてしまうおじさんがいる。危うく手を挟みそうであった)その若者の車に乗ってはいけないらしい。別にその人でなくても良いので、困ったなと思っていると、30代の男性が「私の車に乗りなさい」といって荷物を引き取った。この人の車ならかまわないらしい。よくわからないまま、230代の2人の女性とともにそのタクシーに乗り込んだ。今日は運転手込みで5人という人間らしい人数。おかしな荷物はない。マサトは助手席に乗った。私は2人の女性とともに後部へ。女性同士だし、気楽だ。運ちゃんは自分のアパートで少々休憩したあと、車の整備を行ってビシュケクへ向かう。夕食は先日(行き)と同じチャイハナ(ひまわり畑のあるところ)でとった。この街道の有名店なのだろうか。街道沿いに3軒チャイハナがあるのだが、どちらの運ちゃんもおなじ店を選んだ。そしてインテリ氏と同じく、ショルパというキルギス風肉じゃが(羊肉のかたまりと、ジャガイモ、トマトの煮物)を食べている。私たちもシャシリクを食べた。トイレのためひまわり畑へ行こうとすると、別のレストランのおばさんに「トイレはそこじゃないわよ」と注意された。あれ?じゃあ本物のトイレがあるの?どこに?結局わからなかった。一番険しい峠は全員で仮眠をとったあと、夜明け後に越える。明るくなってくると、雪をかぶった山々や雲がとても近く、目に飛び込んでくる。そして寒い。大渓谷である。途中、エンコしたり、パンクしている車が多い。運転中、一瞬でも気がゆるむと、何千メートルも下の崖へ真っ逆さまだ。往復とも運ちゃんは峠越え前に入念な車の点検をしていたが、大切だなあと思う。2回とも事故のない、当たり(狭さを除けば)の車で本当によかった。朝食に誘われたが、断ったのであまりこの乗客達とは親しくなれなかった。行きの人がひとなつこすぎたのだろうか。昼過ぎにビシュケクに到着。久々の都会に、うきうきする2人。マサトは「これくらい都会がちょうどいいなあ。」といった。たしかに私もそう思う。

 

(つづく)