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中央アジア12(No.32) ビザを取って、ビザを取って、ダウン〜ビシュケク4・アルマトイ5・ジャンブール1

【まず、イランビザ】

今日はビシュケクのイラン大使館でビザを受け取れる日だ。大使館の中でアンケートを記入していると、Yさんという日本人夫婦が現れた。男性は小柄で、少年のようである。お尻のところに変なあて布をした、とてもみすぼらしいジャージを穿いている。女性は小綺麗で、旅行直前まで私が働いていたR社のTさんに似ている。ふたりとも20代前半だと思われる。彼らも私たちと同時期にカラコルにいたらしい。ホテルカラコルで会ったバレンタイン氏が言っていた「日本人」というのは彼らのことだったのだろう。鷹匠に会えたという話はすこし羨ましく思えたが、私たちも自分たちで計画してマリファナのおじさん(運転手)に会えたりしたので、まあ、いいか。と思う。彼らはタジキスタンにも行こうとしているらしい。治安が悪いのに、大丈夫なのかしら。彼らがビシュケクで泊まっている宿は安いけれどひどい宿だという。ひどい身なりや生活を送っていることを、誇らしげに話す彼らに少し嫌悪感を抱いたが、彼らのおかげで私たちに奇跡が起こった。Y氏(夫)が「イランはすばらしい。トランジットビザではまわりきれないくらい、名所・旧跡がある。妻はペルシャ語を勉強している。イランのクリケットチームは強いですね。」などと、大使館員に対しておべっかをつかい、イランについて最大の賛辞を述べているうちに、いつの間にか1週間のトランジットビザが1ヶ月のツーリストビザになってかえってきた。彼らのビザだけだろう、と思っていたら、「同じ日本人のお仲間ですから、一緒に楽しんできてください。」ということで、私たちのビザもツーリストビザになっていた。ありがとう、Yさん!!Yさんは「褒め称えればいいんだから、簡単なもんだよ。」と言った。やっぱりあなたを好きにはなれないが、助かりました!Yさんはもう一つ情報を教えてくれた。「ビシュケクには『キルギス日本センター』というところがあって、日本の新聞や雑誌が読めるよ。」新聞や雑誌に興味はなかったが、メールできるところがあるかもしれないと思い、探してみる。以前に行った大学で、今日はインターネットを使わせてもらう約束だったのだが、今日はサーバーがダウンしてインターネットが使えなくなっていたのだ。銀行の口座番号など、日本の両親から返事がある予定だったので、どうしても今日はメールを見たかった。しかし、Yさんから正確な場所を教えてもらっていなかったので、「日本センター」は一向に見つからない。マサトは半分あきらめかけている。いいや、適当にその辺にある建物に入っちゃえ!!と私はある建物にずんずん入っていった。あとから考えると、官庁街の建物に適当に侵入したので、よくまあトラブルにならなかったと思うが、適当が功を奏して、偶然「日本センター」のある建物にたどり着いた。そこでインターネットはできなかったが、親切な日本の職員の方が、インターネットできる場所を紹介してくれた。メールをとってみる。期待していた、両親のメールは重要なことが書いておらず、がっかり。さらに残念だったのが、マサトのお兄さんより送られてきたおばあさんの訃報。旅先にあるのが心苦しい限りである。明日、早速お悔やみの手紙を送ることにする。

 

【次はウズベキスタンビザ】

翌日、ビシュケクから公共バスでアルマトイに戻る。ウズベキスタンのビザをとるためだ。バスの中は小学生でいっぱい。皆ロシア語で会話している。しばらくすると、前に座っていた女の子が私たちに水やお菓子を分けてくれるので、御礼にと私たちも兜や鶴を折り紙したりして渡す。アルマトイのバスターミナルで荷物を預けて、ウズベキスタン大使館へ。やったー!今日は4番目だ!!「これなら早く済むし、銀行にも行けるね。」私たちの手持ちのドルはビザ代を払うと心細くなることが予想された。しかし、4番目に並んでいるのに、別のところから優先の人が次々とやって来て、私たちの番がなかなかこない。「旅行社のターニャと一緒に来ていたら、こうやって優先して手続きしてもらえたんだろうね。待っている間、銀行に行けたね。」イライラしながら話す。しかし!ウズベキスタンのビザはなんと「無料!!!」にっこり。ビザを取れた人が、なんともさわやかな笑顔で館内から出てくるのがわかったような気がした。マサトは「書類だけでも先に配って、待っている間に書かせればいいのに。」と怒っていたが、実は書くものも何も無し!だった。銀行へ行く必要はなくなり、郵便局へいって、オープンカフェで食事をして、すっかり機嫌がなおった2人であった。

 

 

【ジャンブール(タラス)へ】

今晩は夜行でジャンブール(タラス)に向かう。6世紀からシルクロードの主要拠点として栄え、11世紀にはカラハン朝の首都だった土地だ。20時半アルマトイ出発。アルマトイ発タラス行きは実はビシュケク経由。もう戻ることはないだろうと思っていたキルギスに、再び入国することになった・・・。夜行なので眠りたいが、マサトと席が離れてしまい、隣の人が起きているので(スリではないと思いたいが、心配で)眠れない。24時半、キルギスの国境前でその人は降りた。乗り過ごさないように起きていたのだった。マサトに席をうつってもらう。これで安心。しかし、すぐにキルギスの国境で警察のチェックがあり、昼間よりも入念に調べられる。1時、ビシュケクに到着。私服警官がバスに入ってきて、パスポートチェックを行う。真夜中に何度も明かりがつけられるので、眠気もとんでしまう。ビシュケクを過ぎて、やっとうとうとする。膝が痛い。何日かバス移動が続いたせいだろうか。足を伸ばして眠りたいが、狭い車内でそれはかなわない。

目が覚めて、まだ暗いのでもう一眠り・・・とおもっていると、マサトが「もう着くよ」という。朝の6時だ。バスを降りると、「タクシー?」というタクシーの客引きと警官が寄ってくる。例の如く、警官に連れられて、詰め所でパスポートと荷物チェック。質問もいつもと同じ。マサトに対して、「ここに来た目的は?麻薬やってないか?」そして、私を見て「この子は娘か?」もう慣れた。

 

【ついにダウン。でもすぐに次の街へ向かう!】

問題は見つからず、無罪放免(当たり前だ!)となり、バスターミナルへ戻る。まだ、辺りは真っ暗で初めての土地、どこをどう向いているのか、見当もつかないので、タクシーで「ホテルジャンブール」に向かう。早朝にも関わらず、部屋は空いており、代金も1泊分でOK。しかも朝食付き!(1食限り)サウナ・トイレットペーパー、石鹸もある!石鹸が大きい!!日本家庭で通常使われている大きさだ。”LAX”ならぬ”FAX”というメーカー名が笑える。2人で約30ドルだが、朝食が10ドル、サウナが5ドル、アメニティグッズが1ドルとすると、素泊まりで14ドルということになり、そう悪くない値段である。(むしろ、安い!!)しかも清潔・・・。ホテルジャンブールのすばらしさは、この何日間か頑張った私たちへの、神様からのご褒美に思えたのだった。朝食をとるべく、レストランへ。すごい!食べ放題だ!!ソーセージ、パン、フルーツ、コーヒー・・・。「こんなきちんとした朝食は久しぶり!おいしいよ〜!!」と、私は大喜びでもりもり食べる。朝食後は一休みして、さあ、街へ散歩に行こうと思うが、身体が動かない。むりやり身体を起こすが、すごくおなかが張っていて苦しい。食べ過ぎたのかと思う。マサトも呆れ顔。「食い過ぎだろう。動けば直るよ。」と言われ、その通りだと思い、外に出る。しかし、足が重い。マサトの歩調についていけない。おなかの張りさえ取れれば・・・。動けばお腹の調子もよくなるだろう、と思い、そのままがんばってマサトについて行き、市バスに乗るが、満員の人いきれ(体臭)に酔う。いつもは大丈夫なのに・・・。2つ目の停留所で我慢できず、降りて吐く。「やっぱり食べ過ぎたのか。はずかしい。もったいないことをした。」と思いながら、どうにも具合がわるいので「歩いてホテルに戻るね」とマサトに言い、この先は別行動とした。100m先が1キロくらい先あるようにに思える。ホテルまでがとんでもなく遠い。縁石毎、ベンチ毎に休み休み戻る。2、3歩歩くたびぐったりしてしまい、「タクシーにのって帰りたい」と思うが、マサトに全て小銭を渡してしまった。2000テンゲという大きな札しかないので、料金交渉でトラブルになってはかなわない。キアイで戻る。ベッドに倒れ込むと寒気がしてきて、マサトが散歩から戻ってくる頃には38.3℃の熱が出ていた。風邪だったのか・・・。今、思えば昨日の膝の痛み(関節の痛み)も風邪の兆候だったのかもしれない。結局その日は1日中部屋で休んでいた。マサトが「バザールに行くけど、何か買ってきて欲しいものはある?」というので、「バナナが食べたい。」と言った。バナナが私の好物というわけではなく、日本ではバナナなど食べたいとおもったことはほとんどなかったのに、病気になって一番に頭に浮かんだ食べ物はバナナだった。不思議だ。しかし、ジャンブールのバザールでバナナは売っていなかったそうで、その願いは果たされなかった。夕食はあまり食べたくなかったが、何も食べないと元気になれないので、ホテルのレストランでスープを飲んだ。ロシア料理のボルシチである。ホテルジャンブールのレストランはきれいで安くておいしい。体調が悪く、スープしか飲めないのが残念だ。食事を終えると早々と寝た。残念ながらこれでは「サウナ」にも入れない。マサトは「ジャンブールで見るものは何もない」という。今日は心配して、マサトは散歩もそこそこに帰ってきてくれたし、申し訳ない。

翌日、昨日、あんなに調子がわるかったので、ホテルジャンブールにもう1泊しなければならないか・・・。と思っていたが、私たちにとってやはり130ドルの宿は高いし、マサトはこの街では「見るものはない」というので、滞在が延びるのは申し訳ない。マサトは心配しているが、気合いで起きて移動することにする。次は、アクスー・ジャバグリという自然公園を目指すのだ。

 

(つづく)