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中央アジア4(No.24)  バーバとの思い出、そしてキルギスへ〜アルマトイ4

 

列車でのスリ、警察への間違い連行、アラザンバスでの100ドル紛失、

そのうえ私は自分の帽子までなくした。日本を発つ前、高校時代からの親友たちにお餞別でもらった、大切な帽子なのに・・・。

このようにアルマトイでは、良くないことばかり起こったといっても良い。

しかし、私は二度とアルマトイに行きたいと思わないだろうか・・・いや、そうは思わない。

できればまた、アルマトイを訪れたいと思っている。

嫌な思いばかりしたのに?また嫌な思いをしたいのか、って?

いや、違う。嫌な思い出よりもバーバにもう一度会いたい思いがそれに勝るからだ。

 

日本を離れて1ヶ月以上、マサトと一緒に生活はしているものの、

旅から旅への生活で家庭の温かさというものはなかなか経験できなかった。

親切にされても、偶然出会った人ではどうしても相手に警戒してしまうことが多いからだ。

バーバとはプライベートルームの契約というはっきりした相互関係ができているので、

安心して彼女の言葉を受け入れることができた。

トラブルにあった日以外の日記を紹介する。

 

9月5日(晴れ)

私たちはアルマトイ郊外のリゾート地、メデウというところにいってみることにした。

バーバが「メデウは寒いから、一枚多く着ていくのよ。」という。いつもアパート近くの街道もメデウにいくバスである6番は走っているが、満員のせいか手を挙げても停まってくれない。始点である、ホテルカザフスタンの前まで行って、バスに乗る。大型のワンマンバスだ。小さなリュックをもった人などもちらほら見かける。最初はバスは混んでいたが、終点のメデウまで行く人は意外と少ない。終点に到着して、しばらく歩くと、ありましたありました、オリンピックでも使用されたという、立派なスケート場が!夏はプールになっていて、長袖を着ないと肌寒いという気温の中だが、泳いでいる人もいる。寒いよ。えらく長い階段や、急な坂道をえっちらおっちら2時間半ほど昇っていくと、やっとありました、ホテルシンブラッグ!!しかし、おめあてのリフトは動いていない。がっくり。動いていないどころか、まさしく「冬のリニューアルオープンに向けて、熱烈工事中!」である。リフト近くのベンチで、作ってきたサンドイッチを食べ、営業していたカフェで私はコーヒー、まはビールを飲む。ビールはハイネケンだった。スキーコースの看板の前で記念撮影し、うりうりと帰る。スケート場まで下る途中、馬に乗ったカザフ族の人に会う。いまでも彼らにとって馬は重要な交通手段だ。また、野草やリスなどの小動物、針葉樹林など、豊かな自然に出会うこともできた。シンブラッグまでの山道はアスファルトで舗装されていて、太陽の照り返しが強いのだが・・・。そして、スケート場からシンブラッグの中間あたりには温泉もあることがわかった。その周りはほのかに硫黄臭い。山小屋のような温泉小屋があって、水着姿の親子連れが水遊びをしたりしている。これめあてにここを訪れる地元の人も結構いるのかもしれないなと思った。スケート場に戻ってみると、結婚式のパーティーに出くわした。今日は土曜日なので、3組ほどのカップルがパーティーを開催している。花嫁花婿はもちろん、親類縁者や友人達も、皆車に乗り、列をなして街中からやって来るので、非常に目立つ。このメデウはアルマトイの若者達にとって、1種の結婚式場となっているようだ。パーティーの様子を横目で見ながら、スケート場の売店で、ソーセージやアイスクリームなどを食べる。しかし、都心からわずか20分足らずのところにこんなリゾート地があるのだから、豊かだなあと思う。

夕方になり、ロンプラお薦めのレストラン、「サリャンカ」に行ってみる。そんなに良いレストランとは思えない。いわゆるカフェテリア方式で、あまり味も良くない。明日からはまた台所を借りて、自分で料理を作ろうかな・・・。

 

96日(晴れ)

朝、起きるとバーバは必ず「窓を開けなさい」という。最初何を言っているのかわからなかったので、きょとんとしていると、私のノートにバーバは「H2O」と書いた。そして、開けないと呼吸困難になるとでも言うかのように、大げさに息をしてみせる。なんだかおかしくて、かわいい。

今日は日曜日なので、日曜バザールに行ってみる。店は鉄道のコンテナを再利用したものを雨露を防ぐために使っており、とにかく広い。同じものを近くにある、いくつもの店で売っているので、こんなに同じものを扱っていて彼らの生計は成り立つのだろうかと不思議になるくらいだ。店内は新疆でみたバザールよりも数段清潔である。シャシリク(シシカバブを中央アジアではこう呼ぶ)の店があるが、羊ではなく鶏肉を使っている。アルマトイに来てから、羊肉にはあまりお目にかからない。アルマトイの人は羊をあまり好まないのだろうか。食べ物屋としては他に、移動チャイ屋(ペストリーと一緒にお茶を販売し、店番をしている人たちをターゲットにしている)、サモサ屋、ウリ屋、スイカ屋、クヴァス屋、水屋などがある。その場で食べられる食品を売る、食べ物屋を別にして、全般的に食料品は少なく、衣服・生活雑貨などの日用品が多い。私もメモ帳を購入した。この敷地内とは別のところなのかもしれないが、動物市場があるということで、それを見るのを楽しみにしていたのだが、もうお昼近くなっていたせいか、見つからず、見られなかった。

 

97日(晴れ)

バーバは昨日は「ドルを両替しないか」といい、今日は「キルギスへは行かないほうがいい。」という。心配して言ってくれているのだとは思うが、真意がつかみかねる。

今日はゆっくりして、銀行とインターネットカフェ、郵便局へ行く予定だ。

銀行へ行き、まが1000$キャッシングしようとすると、断られてしまう。カードのキャッシング限度額を超えてしまうのだ。日本円で月20万円までしかできないということがわかる。ぜいたくは敵である。しかし、贅沢しなければ充分暮らせる。今日は外国人登録が終わり、パスポートが戻ってくる日。カンテングリ社に行く。しかし、ターニャは我々のパスポートを受け取りにいっていて不在。しばらくオフィスで待たせてもらう。しばらく待ってターニャが帰ってきた。私たちの外国人登録は難なくやってくれた。非常に親切である。インターネットカフェに行く。ホテルカザフスタンの近くのコンサートホールの3階にある。英語も通じるし、郵便局より安い。ここぞとばかり、両親や友人たち15人ほどにメールを書く。

家に帰って料理を作っていると、ナーディアが「あなたの仕事は何?」と聞いてくる。ほかにもバーバが「ロシア語で足は・・・・。腕は・・・。」と言葉を教えてくれる。まも交えてたのしくおしゃべりする。家で食べるご飯はおいしい。そして、けさバーバは「キルギスにいかないほうがいい」といったが、特に危ないというわけではないらしい。キルギスにあるイシククル湖はとても美しいそうだ。

 

98日(曇り時々雨)

郊外の湖、カプチャガイ湖に行ってみる。昨日、ナーディアが「カプチャガイに行くときっと楽しいわ!プールがあるの。」と言っていたところだ。水着を準備し、期待に胸膨らませて「アクアパーク」という、東京で言う「サマーランド」みたいなところへ行く。しかし、残念ながら休み。平日だし、もう9月に入っているのだから無理もない。楽しそうな、大きい滑り台が虚しく見える。カプチャガイ湖ではほかにやることもない。湖自体もたいして水がきれいでなく、岸辺も半分湿地帯のようにじめじめしている。湿地帯の水たまりにいるカエルを観察することぐらいしかできない。私たちは早々に引き上げることにした。時間も早いので、適当にバスに乗ってみると、カプチャガイ湖畔の別の街へ来てしまった。終点の先が小高い丘のようになっているので、景色がよいかもしれないと思い、そちらへ向かってみる。すると丘の向こうは別荘地になっていた。別荘地の入り口まで行くと、「コンプレックス」と看板がある。受付のようなところで「中を見ても良いですか?」と聞くと、管理人は快く「どうぞ」と言ってくれた。コテージやユルタのような円形の建物などがある。なかなかきれいである。湖畔まで近づくと何艘か小さなクルーザーが停めてあり、船遊びもできるようだ。トイレを借りて帰った。カプチャガイの市内バスは長距離バスターミナルから離れた別の場所でとまる。時間もあるので、スーパーに入ってみると、物価はアルマトイと比べ、パンは510テンゲ安く、ビールは高い。価格が同じくらいのものも多いが、日常生活に必要な物は少々安いようだ。長距離バスターミナルに行き、テケリというところから来たバスに空席があるので乗せてもらう。途中、警察が突然このバスを止め、言葉はわからないが、「荷物のチェックをする」というようなことを言ってきた。意外にも一般乗客の激しい抵抗を受け、取り調べを行うことができない。一般市民にとっても警察というのはうっとおしい存在なのだろうか。私たちもいろいろと調べられるのは面倒くさい(93日でこりた)ので、何もされずに事が済んでよかった。

アルマトイはロシア色が強く、レストランにもロシア料理がある。2人ともロシア料理のひとつ、ペリメーニがたべたくなっていた。以前、2人でサハリンやハバロフスクに旅行したとき、街中のカフェで食べたペリメーニのおいしさといったら、なかった。そして、どこのカフェでもハズレのないメニューであり、コンソメ味、グラタン風、壺焼き風とバリエーションもボリュームもたっぷりの素晴らしい料理であった。私は極東の小旅行から帰ってしばらくの間、「いつか日本で調理師免許をとって、ペリメーニ店をやろう」と本気で考えていたほどである。そして23日前、中心街からアパートまでの帰り道に小綺麗なカフェがあるのを発見し、そこのメニューにペリメーニがあってチェックを入れていた。今日こそマサトと食べて帰ろうとしたが、なんと休み。がっくり。家で食べることにする。すると、本日の支出は今までで最低記録となった。

バーバの家ではどうも冷蔵庫がこわれたらしい。そして、夜修理工が来てモーターを取り替えた。修理工はそれだけでなく、なぜかピアノを弾いて帰った。ランゲの「花の歌」をアレンジしたものである。ペダルをたくさん踏んで、エコーを効かせている。なかなかうまい。マサトが「修理の人にピアノを弾かせてあげたら、修理代がタダだったらしいよ。」と言っていた。無料修理のうえ、うまいピアノを聞かせてもらったバーバは上機嫌。私にも「ピアノ弾ける?」と聞き、弾かせてもらう。急に言われたので緊張し、何か日本の曲を・・・と思って「ふるさと」を弾くが、地味な曲のせいか、あまりよろこばれない。じゃあ、ロシアの民謡を、と思い、「赤いサラファン」を弾くと、「それはロシアの民謡だ」といって、これまた喜ばれない。そうこうしていると、バーバは「ナーディアも弾けるのよ」といい、ナーディアと交代になってしまった。彼女が上手に「エリーゼのために」を弾く。バーバ、うれしそう。こんなことなら、私もロシアと関係ないショパンでも弾けば良かった・・・。ナーディアは続いてジプシーの曲を弾く。ここでバーバは身の上話を始めた。彼女らはロシア人だとばかり思っていたが、実はウクライナ人だというのだ。だからロシア民謡は喜ばなかったのかと納得する。バーバは昔、社会科の先生をしていたこと、キューバなどいろいろな場所を訪れたこと、ナーディアの両親はまだウクライナにいること、ナーディアのお腹には赤ちゃんがいて、10月に生まれること、その父親はカザフの軍隊につとめているということ・・・。ピアノのあるバーバとナーディアの部屋で、ゆっくりといろいろなことをおしゃべりした。私たちは、1ヶ月の収入、家の大きさなどを質問された。収入については、本当のことは言えず、2人とも100$と控えめに話した。それでも彼らに比べたら、とんでもない高給取りなのだろう。この部屋の中は、1週間ここにいてはじめて見せてもらったが、私たちの居る部屋にも増して、趣味の良い、美しい部屋であった。明日、ウズベキスタンの旅行会社からファックスが来れば、明後日には彼女たちともお別れだ・・・。今日がチャンスと、みんなで記念撮影をする。

 

99日(雨)

久々の雨。たくさん洗濯をした日に限って、こんなに雨が降る。寒い。昨日、私はお腹をこわしたが、今日はゆっくりしているので、少しは良くなる。疲れているのだろうか。この家では猫を飼っている。シャム猫だ。顔が実家の黒猫を思わせて、とてもかわいい。雄だという。彼が廊下のカーペットによくマーキングをするので、廊下が少々猫臭い。ときどきマーキングを踏んづけてしまうことがあり、そのときはショックである。

アルマトイの水道水はきれいなようだ。地元の人は街中で水道に口を付けてごくごくやっている。そういえば中国と国境の町、ドルジバでもホースの水をおやじが飲んでいたが・・・。もちろん旅行者にはおすすめできないが、山が近いせいか水もきれいなのだろう。

バーバの家はアルマトイの郊外、美しい並木に彩られた長い坂道を登ったところにある。この内陸の都市では9月もまだ初旬だというのに、明け方の冷たい風が木々を早々と色づかせ、短い夏は終わりを告げ、早くも秋の気配がする。朝早くには熱心に落ち葉を掃く人々の姿がみえる。

今日は、天気も悪いしずっと家にいたい気分だが、ウズベキスタンからFaxが届いているかもしれないので、雨の中ずぶぬれになりながらカンテングリ社まで行く。が、今日はウズベキスタンからはFaxがこないとのこと。がっくり。私は今日の夕食のメニューを考える気力さえ失う・・・。しかし、健康に旅をするためには、食べねばならぬ。作らねばならぬ。帰り道、ふと、今朝、魚の夢を見ていたことを思い出した。そういえば、もうずいぶん長いこと魚を食べていない・・・。バザールにオイルサーディンが売られていたことも思い出し、ゆでたジャガイモとあわせて食べたらおいしいだろうなあと思う。マサトもそのメニューにもちろん異存はなかった。さっそくバザールに向かう。買ってよかった。おいしい!久々の魚がうれしくて、食卓の様子を記念撮影する。

昼食は街中のレストランで待望のペリメーニを食べた。とても広いレストランなのだが、雨が降っていてとても暗いのに電気をつけていない。ウェイトレスの姿も見えない。はたして営業しているのか・・・。やめようか、と店を出ようとしたら、店員が現れた。ペリメーニがあるというので、2人前頼んだ。今、小麦粉を買いに行っているのだろうかと思わせるくらい、長いこと待たされたあと、薄いスープ皿にペリメーニが載せられてやってきた。コンソメに一口サイズの餃子が56個だけぷかぷかと浮いている。おいしかったが、少々物足りない。「オカワリクレー」という感じ。バーバ家の近くのバス停にあるマガジーンでは、今日の量でいうと20人前はあろうかという、大きな袋に入った冷凍ペリメーニが売っている。しかし、いくら好きだとはいっても、20人前は食べられないし、もう何日もここにはいないし・・・残念だ。

 

910日(晴れ)

今日はカンテングリ社でFaxを受け取るのだ。さすがにFaxは届いていたが、ターニャが「今日は一緒に大使館へは行けません」という。また、「今日はビザはとれないかもしれません。Faxが来たのもつい1時間前だから・・・。(情報が届いていないと思います)」という。この前と話が違う、と腹が立つが、だめもとでとりあえず大使館に行ってみる。ウズベキスタン大使館に着くとすでに長蛇の列。しばらくすると、隣のご婦人が流暢な英語で声をかけてきた。ご婦人はフィリップスに勤めているという。アメリカでカザフスタンの歴史について教えていたが、故郷に帰ってきて教師になっても給料が安いので、今は民間企業であるフィリップスに勤めているとのこと。

「アメリカでも教授だったのに、カザフの安月給で教授になってもばかばかしいもの!」と彼女は言った。

カザフスタンの公務員はそんなに月給が安いのか・・・。フィリップスなら、給料はドル払いなのかもしれないなと私は考える。

続いて、「私はロシア人に見える?それともカザフ人?」と聞かれた。ご婦人は黒髪をおかっぱ頭にしているが、白い肌と美しい緑の瞳を持っている。よく分からない。

こまったあげく、「ハーフですか?」というと、「わたしがロシア人に見える??カザフ人よ」と笑う。

「私は離婚しているの。子供が2人いるけど、再婚はしていないわ。今、恋人は2人。離婚はカザフでも深刻な問題なのよ。」とまた笑う。

「ねえ、私、いくつに見える?」困った質問ばかりされるなあ、と思いつつ「30代前半ですか?」と答えると

「まあ、うれしいわ。本当は40よ。」

「カザフスタンにはペレストロイカ前から100種くらいの民族がいたのだけど、今はそれにオランダや西の人が加わって、もっと増えているのよ。平和でオープンないいところなの。中央アジアは。」たしかにいい街だ・・・。泥棒さえいなければ。彼女は日本人の知り合いがいるとかで、大変親切である。

「困ったときはここに電話してね」と名刺を渡される。そんなふうにして大使館前で待つこと2時間半・・・。

なんとか私たちは今日ビザをもらえる人たちの中に加わった。

しかし、ターニャのいったとおり、情報が大使館に伝わっておらず、ビザ発給は「明日以降」との答え。がっくりと肩を落として帰る。

「これ以上アルマトイにいても仕方ないし、明日からはキルギスに行って、後日ビザをとることにしようか。」とマサトがいった。私も同意し、アルマトイを離れることにした。

(つづく)