10:敦煌・莫高窟〜働く小学生〜

これまでの旅で何人かの働く小学生に出会った。蘭州(炳霊寺)のお土産屋や、寝台バスが立ち寄った食堂で出会った彼ら。彼らは重要な戦力であり、毎日必死に働いている。そして敦煌でもまた働く小学生に出会った。今度はミニバスの車掌として。

 

敦煌における観光の目玉は唐代に作られた石窟寺院「莫高窟」だ。「莫高窟」は敦煌市街からバスで30分ほどのところにあり、市内の中心地から毎日乗合バス(ミニバス)が何本か発車している。この乗合バスは私営で、正確な出発時刻はなく、出発点で満員になるまで車掌と運転手が客引きをし、バスが満員になったら目的地へ向かって発車する、というしくみだ。莫高窟までの料金は片道10元とガイドには書いてあったが、値下げが行われたのだろうか、片道5元、往復10元という通常の半額をあるミニバスが提示し、それにのりこむことにした。このバスは小学校高学年くらいのかわいらしい少女とその父親だと思われる中年の運転手が客引きをしている。しかし、少女はいまいち押しが弱く、ちっとも客が集まらない。客引き開始から30分経っても満席にならず、出発しないので、しびれを切らした客が、何人か別のバスへ乗り換えてしまった。しかし押しの弱い娘を見ていると、まるで押しの弱い自分を見ているようでかわいそうになり、他の乗客のようにこれ見よがしに他のバスへ移ることはどうしてもできず、私たちはそのままこのバスに残ることにした。客引きから1時間が経った9時過ぎになって、ようやく満席に近い客が集まり、莫高窟へとバスが走り出した。運転手はいままでの遅れを取り返すべく、猛スピードで、砂漠の道を駆け抜ける。その速さといったら、手すりに掴まっていると、ふわりとお尻が浮くほどだ。あっと言う間に、先ほど別の客が移っていったバスを追い越し、9時半には目的地に到着した。

「帰りは12時です。この場所に戻ってきてください。10元です。」

と少女に言われ、

「今、5元払って、あとでもう5元払うね。」

と食い下がったのだが、

「今10元いただかないと困ります。」

と少女が言うので、不安はあったが10元を払うことにした。

 

莫高窟では外国人料金は既に廃止され、中国人でも外国人でも一律50元で入場できる。チケットを購入し、手荷物を預け、入場許可を待つ。一度に沢山の人が入らないように、入場が制限されているのだ。入場後は、中国人ガイドとともに石窟をまわる。窟によっては鍵がかかっているところもあるので、自分勝手に見て回ることはできない。窟は薄暗くてよく見えない箇所もあるが、とにかくすばらしい。低い位置に描かれた壁画は、イスラム教徒に顔の部分を軒並み削り取られているのが残念だが、天井付近の、彼らの手が届かなかった部分は、そのままの姿で今でも残っている。それらはもう数千年前に描かれた壁画であるが、色彩が未だ衰えず美しい。また、これらの壁画には、それにまつわる伝説が残っているものもある。一番有名なのは「捨身飼虎」の話で、ある日山中で飢えた虎の親子に会った太子が、彼らを哀れんで崖から身を投げ、自ら進んで虎の餌食となったというものだ。この、太子が虎に食べられる場面は、まるでアニメーションのように、連続的に壁画で表現されている。その壁画の美しさだけでなく、このような表現方法が唐の時代からあった、ということが驚きだ。また、壁画だけでなく、いくつかの窟では仏像を彫ったところもあり、26m33mという奈良東大寺大仏の約2倍の大きさをした、とてつもなく大きい仏像が見られる。私たちは別料金の窟にまでは行かなかったが、先ほど見た窟だけでも、たった1周では物足りず、もう1周して、じっくり見たいという気持ちに襲われた。旅をしていると、「もう一度来てもいい」と思う場所がいくつか出てくるが、ここはそういう場所だ。

 

約束の12時になった。しかしバスは駐車場にいない。30分ほど待ってみるが、いっこうにやってくる気配がない。困ったな、と思っていると、朝同じバスに乗っていた人が、別のバスに乗っているのが見えた。彼は私たちに気づくと

「これに乗った方が早いよ。」

と声をかけた。確かにそうだ。こうして彼らを待っている間に、敦煌の街へもどることができてしまう。思い返してみれば、行きの車中で親父(運転手)が

「今日は客が少ないから、ちっとも儲からなかったぜ。12時までの間、駅(鉄道駅)にでもいって、客引きして来るか。」

と言っていた。朝もあんなに時間がかかったのだから、駅でもお客がつかまらなくて、もたもたしているのだろう。最初からこの場所に戻ってくる気など、なかったのかもしれない。私は、さっき折れずに、片道の5元だけ払えばよかった。かわいいあの子にしてやられた・・・、と腹が立った。けれど仕方がない。心の中でもやもやと思いながらも、もう5元ずつ払って、私たちは敦煌市街へと戻った。

 

働く小学生によく会うのは、学校が夏休みだからなのかもしれない。中国でも小・中学校は義務教育のはずだ。働く小学生達に暗さはないが、いつもは元気に学校に通っている、と思いたい。

(つづく)