15:カシュガルへと向かう〜新疆最西の都市へ〜
クチャという街には、残念ながら良い印象を得ることが結局できなかった。楽しみにしていた民族音楽ショーは団体客がいないと採算があわないので開催しない、と断られ、遺跡もただの土の塊で特筆すべきことはなく、街は雨のあとで路面がぬかるんでおり、地元の人々とたいした交流もできなかった。なにより自分の体調の悪さと、宿の不衛生さ、そして下町のバザールで入った女子トイレの強烈さに打ちのめされてしまったのかもしれない。私はクチャでついに「穴のないトイレ」に遭遇してしまった。そこにはただの「枠」しかない。詰まってしまったからそうなっているのか、もともと穴がないのか、それはわからない。溢れんばかりの汚物が、10メートル四方の枠の中に、行き場もなく溜め込まれている。そこでは紙やごみももちろん分別されていない。薄暗く、虫の気配などよくわからないのが、唯一の救いだ。目の前の壮絶な光景に、腹痛もどこかに吹き飛んだ。
クチャからはすぐに逃げだしたかった。長居する理由もなく、私たちはわずか1日の滞在で次の街カシュガルへと向かった。
バスターミナルではコルラからクチャまで一緒だった、劉君に再び出あった。「うちへ遊びに来て」と、彼はまた屈託のない笑顔で誘ってくれた。劉君のお宅に御邪魔したら、きっと楽しいだろう。しかし、それは叶わない。外国人が一般民家に宿泊して、公安に連行された話が再び頭をよぎった。「ありがとう、でも急いでいるので。」と残念だったけれども、私は断った。また、彼の家はカシュガルなので、私たちと一緒のバスに乗るのかと思ったが、彼はアクス経由で帰るらしい。私たちは、アクスは通り過ぎ、カシュガルへ直行の寝台バスとなる。一緒のバスではなく、家に遊びに行くことができないとわかっても、劉君は私たちがバスに乗り込むまでいろいろと世話を焼いてくれた。寝台バスがやってきて、劉くんとさよならし、私たちがバスに乗り込むと、
「オキナワハ、チョットトオイ!」
と、隣の席の少年が声をかけてきた。彼の方を向くと、
「カオリ!」
と話しかけてくる。彼はどうも「こんにちは!」が「オキナワハ、チョットトオイ!」だと思っているらしい。教わった相手は「カオリ」さんだったのだろうか。私たちが日本人だとみて、この言葉を連発している。中国語で名前を聞くと、ダリという名前だ、と言った。ウイグル族の、とても人懐こい少年だ。私たちの乗るバスはクチャ始発ではないらしく、ダリ君をはじめ、もうすでにいろいろな人が乗り込んでいた。暢の席の近くにはパキスタンのフンザから来た人が乗っていた。カリムさんという。暢と話がはずんでいるようだ。ダリ君の相手をしながら小耳にはさんだ様子では、どうも核実験や政治の話をしているらしい。このような場合、ただの世間話であっても、大げさだが自分が「日本の代表」となったような気になって話すので、いろいろな事を考えさせられるな、と思った。
出発してすぐに昼食をとったと思ったら、もう夕飯の時間だという。カリムさんは冗談で、
「ウイグルの人たちは、毎日食べるのとダンスをするのだけが仕事だからね。」
と、言った。しかし、よく食べる割には、ウイグルのみなさんは痩せている。なぜなのだろう。ウイグル料理はけっこう辛いからだろうか。
今晩の食堂の名物はウイグル風うどんの「ラグメン」だ。カリムさんが私たちの分も注文してくれた。
「新鮮なものを出してよ!」
と、カリムさんは食堂の女将に声をかけている。私たちに、
「油断すると、彼らはすぐ古いのを出す。」
といって、カリムさんは笑った。夕食後、カリムさんとダリ君が果物をくれた。カリムさんは自分の方の果物を指さして、
「この果物はきれいな水で洗っているから大丈夫だ。」
と言った。日本人に気をつかっているのか、パキスタンの人は衛生観念がしっかりしているのだろうか・・・。しかし、パキスタン人であるカリムさんにあって、更に西に来たのだということを実感した。
途中の都市アクスに到着したのはなんと夜の11時半。予定では夕方5時頃着くはずだったのに、これではカシュガルに着くのはいつのことやら・・・。本来は朝にはカシュガルに着くはずなのだが、行けども、行けども、悪路、悪路なので、きっと無理だろう。悪路でタイヤがやられるのか、夜中も2回ほどタイヤ交換のため小さな街に停車した。明け方にもまた停まったとおもったらタイヤを交換している。カシュガルに着く気配はないまま、10時になってしまった。そんななかでも、朝食タイムだけはのんびり、しっかりとる。これではカシュガルに着くころには日が暮れてしまうかなあ・・・。
ところで、朝食時に停まった小さな市場のトイレにはこれまた驚いた。市場のはずれの広場に盛り土のようなものがあり、それがどうやらトイレらしい。近づいてみると、1mほど土が四角く盛り上げられていて、そこに小さな溝が6つほどつけられている。更に膝までくらいの壁が申し訳程度にあって、盛り土の上に立つと、膝から上の、人間の姿が丸見えだ。しかもその膝までの壁は、両脇と後ろの3方向にしかなく、前方には広大な砂漠が開けている。前方に人が歩いて来たら、用足しの様子がまるみえだ。もちろん水洗ではない。まさしく土をもりあげ穴を掘ってそこにするだけ。自然に乾燥し、水分は地下に吸収されていく。ところで、ウイグルの女性は皆「もんぺ」みたいな形のズボンの上にスカートを穿いているのだが、器用にスカートの部分で腰回りを隠しながら、下着やズボンをはく。わたしも膝丈まであるウインドブレーカーを着て、なんとかそれをまねした。
市場に戻ると暢がダリ君と楽しそうに話しながら、ダリ君の写真を撮っていた。その姿を見て、「おれもおれも」と市場で働いていた若者達が、次から次へと集まってくる。皆ウイグル人だ。その中の男の一人が「写真を売ってくれ」と私たちに言った。旅の途中、いつ現像できるかもわからないので「できない」と答えると、「100元ならどうだ?200元か?」と聞いてきた。彼は金額のせいで売ってもらえないとおもったようだったが、お金の問題ではなく、約束ができないのだ。たとえ、約束できたとしても、彼らが100元もの大金をポンと出すとも思えないが・・・。もう一度「できないよ」ときっぱりいうと、皆がっかりした様子になった。売ることはできないけれど、無償でいつか送ることならできる、と「住所を教えてくれれば送ってあげるよ」と言ってみた。しかし、彼らは文字が書けないのか、私の言っている意味がわからないのか、要領を得ない。結局、どうすることもできなかったのだが、なんとも人懐こく、積極的な若者たちの印象が残った。
その後2時間ほどして、カシュガルに到着した。お昼過ぎについて、ほっとする。カリムさんとダリ君に、記念と御礼に、と日本の絵はがきを渡した。カリムさんが
「一緒に色満賓館へこないか?」
と私たちを誘ってくれたが、少し気楽な時間を過ごしたくなったので、私たちは天南飯店という宿に泊まることにした。
まだ日も高かったので、宿を決めた後、バザールへ行ってみた。すごい活気だ!ものもあふれている!!羊が、ロバが、人がいきかう。あまりのにぎやかさに、みな、ごちゃごちゃになっているという印象だ。ロバはところ構わず路上に糞をおとすし、それがまたすぐ乾燥して風に乗り、砂塵となってあたりに巻き散らかされているが、人々はそんなことを気にすることなく、その雑踏と砂塵の中で食べ、飲む。生活のエネルギーがあたりに充満している。
乾燥しているせいか、私たちも喉が渇いたので、なにか飲み物を探した。ここでのジュース売りというと、足下に大きな金ダライを置いて、カルピスみたいな白い飲み物やアイスティーを売っている者がいる。しかし、舞い上がる砂埃が入り放題のあまりの不衛生さに、それを飲むという勇気はでない。他に適当な場所がないので、「帰ろうか」と、通りに出ると、バザールをすこし離れたところに1軒、缶ジュース売りが出ているのを見つけた。よくみると、そこではどうやら缶ジュースを売っているだけではなく、テレビを見せているらしい。テレビの前に人だかりができ、皆夢中になって見ている。私たちもテレビのほうに近寄ってみた。番組はどうやら中国語ではなくウイグル語で放送されているらしい。ひとだかりで画面がよく見えないが、聞こえる音声に混じって「カオリ」という言葉が聞こえた。「カオリ??」人をかき分けて画面を見てみると、テレビの中には日本の俳優、川野太郎がいる。もしや・・・。次のシーンでは沢口靖子があらわれた。これはNHKの朝の連ドラだった「澪つくし」だ!まさか新疆で「澪つくし」を見ることになろうとは!だから昨日ダリ君が「カオリ」と私のことを言ったのだ。カオリさんに日本語を教わったわけではなかったのだ。「澪つくし」の主人公、沢口靖子の扮するヒロインが「カオリ」だったのだ。そういえば、どこかの宿で「一休さん」が放映されているのも見た。日本の番組は中国でも人気があるようだ。
カシュガルはまだ少ししか歩いていないが、トルファンほど観光ズレしていなくて、人も優しいし、良い街のように思える。バザールで子どもが目の周りを指で囲んで、私たちの周りを無邪気におどけて回った。
「めがねが珍しいんだよ。」
と、暢が言った。たしかにウイグル人でめがねをしている人はほとんどいない。めがね屋はあるけれど、めがねをしているのは漢人ばかりだ。
【おまけ】旅の料理
ラグメンの作り方
材料:肉(羊または牛)、トマト、玉葱、ピーマン、ねぎ、いんげん、にんにく、唐辛子、塩、油、スープストック、うどん
@ ニンニク油で肉をいためる。(取り出す。)
A 同じ油で玉葱(輪切り)、ピーマン、トマト(乱切り)、唐辛子(ししとうでもいいかも)、いんげん(ぶつ切り)、ねぎ(斜め切り)をさっと炒める。
B スープを加え一煮する。(ウイグルでは羊のスープ)
C 炒めて取り出しておいた肉を戻し、塩などで味を調える。
D うどんにかける。(日本では冷凍さぬきうどんがよいだろう)
鶏肉砂鍋の作り方
材料:豆腐、鶏肉、春雨、白菜、ねぎ、香菜、昆布、干しエビ、ほうれん草、塩、こしょう、ラー油など
@ 昆布を水で戻し、千切りにする。
A なべに水を入れ、昆布をいれ、一煮する。
B 豆腐、白菜、春雨、ねぎを入れる。
C 鶏肉は別の鍋でピリ辛煮にする。
D 鶏肉と香菜を加え、一煮したらできあがり
E 塩、こしょう、ラー油で味を調える。