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17:カシュガルに戻る〜旅は道連れ

タシュクルガンで迎えた朝は、しとしとと小雨が降っていた。少し肌寒い。

 

今日は朝8時に集合し、昨日知り合った広東人のカップルがチャーターした車に乗って、カシュガルに帰る予定だ。

8時に交通賓館の前で待つ。10分待つが、来ない。40代くらいの日本人男性が、身支度をして出てきた。昨日一緒に食事をした仲間だ。この人も同じ車でカシュガルに行く予定だ。

「まだ、来ませんね。」

彼が言った。しばし、一緒に待つ。20分経過、来ない。「もしや、場所を間違えたか?」と、隣接するバスターミナルの門まで行ってみるが、まだその門は閉まったままだ。8時半になった。

「寒いですし、雨も降っています。外にいないとわかれば、中まで呼びに来てくれるでしょう。」

どちらともなく、そのようなことを言って、交通賓館のロビーに再び戻った。まだ、ロビーにはあかりもついていない。まだほの暗いロビーに、白いシャワールカーミース(パキスタンの民族衣装)を来た男達が一人、また一人と集まってくる。10人ほど集まって、人々はメッカの方角を向き、一様に朝の祈りを始めた。10人の白い服を着た大男が、規則正しく2列に並び、規則正しくイスラム式の祈りを捧げる。その姿に後光のように窓からの薄明かりが指し、ロビー一体が厳粛な雰囲気で包まれた。祈りが終わると、もう9時近くになっていた。迎えの車はまだ来ない。どうしたことだろう。もう一度外に出てみてしばらくすると、やっと白いミニバスが見えてきた。

「運転手が遅刻しちゃって・・・。でもホントは彼女が朝食を取り終わるのを待っていたんだけどね。」

日本人女子留学生の一人が言った。「彼女」とは、このツアーのリーダーである、広東人の女性、何さんのことだ。人を1時間待たせても、ちっとも悪びれないその姿には呆れたが、急ぐ旅でもないので、仕方ない。これがいわゆる「中国時間」なのかもしれない。

 

道中、私はずっとリーダーの何さんの隣の席だった。何さんは旅行会社に勤務しており、同行の男性は御主人なのだそうだ。御主人は電気会社のエンジニアだという。夫妻は毎年1ヶ月夏休みをとって、国内旅行に出かけているという。1年間も世界を放浪しようという私たちが言うのもおかしいが、毎年1ヶ月夫婦で旅行とは、優雅な生活だ。また、夫妻は、自分たちは同じ「何」という名字だといって自己紹介をしたが、中国人で名字が同じ夫婦というのは珍しいのではないだろうか。疑問に思いつつ、なんとなく理由を聞き損ねてしまった。夫妻の今年の旅行は、新疆を1周して、青海省に行く予定とのことだ。具体的には蘭州から出発して、かよく関→柳園→敦煌→柳園→トルファン→ウルムチ→アルタイ→ウルムチ→ゴルムドと回るそうで、飛行機を主な交通手段に使い、バスを使うのを最小限にしている。道路事情がよくない新疆をバスで巡るというのは、旅行のプロである何さんから見て、非効率的だし、大変なことであるらしい。これまでの自分たちの過酷なバスの旅を思い「バスにこだわる必要はなかったのではないか、時間を無駄にしてしまったかもしれない」と少し悔やまれた。何さんはその後も無邪気に話を続け、「敦煌、チベット、桂林、雲南はよかったわよ!」と、中国でお勧めの観光地を教えてくれた。朝、彼女に連絡もなく1時間も待たされたのには閉口したが、隣の席でいろいろと話をしたり、果物を分け合って食べているうちに、だんだんそんなことはどうでもよくなった。

 

出発すれば、ミニバスは小回りが利き、スピードも出せる。狭く片側が崖のように切り立った砂利道を、ミニバスは80キロもの高速でビュンビュンとばす。暢はなりゆきで助手席に座ることになったが、私は彼が天国へ一番近いところに座っているように思え、後ろでひやひやしながら見た。しかし、その高速運転のおかげで、途中カラクリ湖で少し休憩をし、きちんと昼食をとったにもかかわらず、私たちは6時間ほどでカシュガルへと帰りついた。タシュクルガン・タジク自治県を出るときの検問所で売っていた、野菜サモサ(揚げ餃子のようなもの)がなかなかおいしかった。

 

タシュクルガンの宿で、言っておきたいことがある。交通賓館は女性には泊まることをお勧めできないホテルだ。なぜなら、

@シャワー室が男女別になっていない。(しかもシャワーは壊れている)

A女子トイレは1階しか扉が開かない。(つまり2階は使えない。)しかも1階のトイレは汚物で詰まっている。また、トイレの電球は切れていて、夜は真っ暗闇だ。そのほかの水回り(洗面所など)も汚い。

B布団にはいつベッドメイクしたのかわからないような、汚いシーツが掛かり、もちろん布団も毛布も干していないので、ダニの温床である。

昨日会った学生たちのほとんどが泊まっている、パミール賓館は「シャワーが午後1時から3時なんて、誰が入れるんだよ、誰も入れないじゃないか!」とアオヤマ君が嘆いていたが、この交通賓館の不衛生さよりはましなのかもしれない。パミール賓館はパキスタン人の経営で、クチャからカシュガルへのバスで出会った、パキスタン人のカリムさんの衛生観念の良さを思い出してみると、中国人の経営する交通賓館よりはきれいなのではないかと思える。交通賓館はそもそも女性を泊めるということを念頭に置いていないのではないか、とさえ思う。

 

アオヤマ君といえば、昨日食事の席で面白い話を聞いた。

日本人のある青年が、カシュガルのバザールでロバを買い、ロバ車でパキスタンの山越えをしようとしている、というのだ。そういえば、昨日タシュクルガンに向かうバスの中で、慣れない手つきでロバ車を操る、白いシャワールカーミースを来た青年に会った。そして、アオヤマ君達はその青年に声をかけ、手を振っていた。日本人とのことだが、青年は西洋人とのハーフのような容貌をしていた。

昨日、その話を聞いた時点では「面白いこと考えるなあ」と私は感心したが、今朝の寒さ(気温10度くらいだったのではないだろうか)を体験し、彼の軽装とロバの寒さへの耐性を考えると「無謀なのではないだろうか」と思えてきた。

暢と私は「どうやったら彼は山越えできるかなあ」と話し合ってみた。その結果、

@ロバを売り、ラクダを買い直して、ラクダで行く。

Aふもとまでロバで行き、そこから犬ぞりに変更

というアイデアが出たが、どちらも現実的でない。途中には検問などもあり、

「野宿も許されないだろうし、(それに野宿したら寒くて凍え死んでしまうかもしれない)無理だろう」ということで落ち着いた。

彼はその後、どうなったのかわからない。

(つづく)