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イラン12(No.48)壁画の街、そして水の都へ〜ケルマンシャー・ラシュト

【壁画の街 ケルマンシャー郊外】

115日(晴れ)

ケルマンシャー行きのミニバスはすぐに発車し、2時間あまりで目的地ビストゥーンに着いた。

ビストゥーンはダリウス1世にまつわる壁画が岩肌に彫られているという遺跡なのだが、門は閉まっていて、岩には足場がかかっている。修理中なのだ。いけるところまで登ってみよう、と階段の一番上まで登ってみるが、何も見えない。がっくり。

トイレに行きたくなったが、遺跡の付近には見あたらないので、道路を挟んだ向かいにあるチャイハネに入り、ザムザムを注文する。「トイレを借りたいのですが」というと、店の外、田圃の脇にある小さな小屋につれていかれ、鍵を渡された。これがトイレなのだ。店には私たち以外お客がいないが、ビストゥーンが修理中なので、この店も商売上がったりなんだろうなあと思う。そう思っていたら、ちらほらと人が増えてきた。どうも近くに墓地があるらしい。客不足なのではないか、と心配するには及ばないようだ。

ザムザムを飲み終えて、会計をし、道路沿いでケルマンシャー行きのミニバスを拾おうとするが、停まってくれない。困っていると、墓地から歩いてきたイラン人青年がサヴァリをつかまえてくれ、料金交渉をしてくれる。とても親切だ!おかげで、ケルマンシャーまで11000リアルで行けることになった。サヴァリの運転手は途中でもう1人お客(男子学生)を拾う。運転手と学生の2人で私たちに話しかけてくる。「イランは人が良い!」と言うと、2人は大喜び。運転手は「シャーの時代は良かった。」「ムスリムのエライ奴(ターバンしている人をジェスチャー)はダメ。」という。こんなにはっきり、聖職者たちをけなす男性に初めて会った。

ケルマンシャーの街の中心地に着くと、運転手が「どこに行くんだ?」と聞いてくる。もうひとつの壁画遺跡「ターゲボスタンです」とマサトが答えると、「もう500リアルで行ってあげよう」という。追加料金を支払い、連れていってもらう。

この遺跡では壁画(レリーフ)をきちんと見ることができて、感動。とくに「猪狩図」が素晴らしい。4世紀に描かれた2つのレリーフは、ペルセポリスで見たものと画調が似ている。

ターゲボスタンの周りは、観光施設よろしく、池とボート、チャイハネ、レストラン、売店などがあるが、シーズン・オフのため、ここも閑散としている。レストランはキルギスのオシュ街道で見た「峠の茶屋」を思い出させる造りで、屋外レストランとなっている。食堂というと、建物の中にきちんと店を構えているところが多いイランにおいて、この造りはめずらしい。昼食をとっておらず、お腹もすいたので、マサトはビーフ、私はチキンのカバブを食べる。ボリュームがあって、なかなかおいしい。足下を見ると、おこぼれをもらおうと猫たちがどこからともなく集まってきている。

ミニバス乗り場までてくてくと散歩をし、ハマダンへ戻る。帰り道に見た、羊の放牧風景や高台からの街や丘の眺めが美しい。ハマダンの長距離バスターミナルへ行ってみると、明日のラシュト行きは売り切れ!しかし「9時に来れば乗れるよ」とバス会社の人はいう。本当に乗れるのかな?乗れると良いが・・・乗れるだろう!

もう、辺りは暗くなってきた。昼食をばっちり食べたので、全然お腹が空かない。

昨日「行こうね」と言っていたディージーの店には行かないことにする。この先の旅程にある、アゼルバイジャン地方の名物料理なので、また、食べる機会もあるだろう。

 

【水の都ラシュト】

116日(晴れ)

サヴァリでバスターミナルへ。ラシュト行きは問題なくすぐ取れる。9時半発、16時頃着だという。昨日「売り切れ」と言っていたNo.9のバス会社でも席はあるようだが、大きく外れたことのないNo.1の会社で買う。予定通り、バスは出発。14時ごろ遅い昼食休憩をとり、16時半、ラシュトの南街道沿いに到着。

途中のガズビーンという街を通り過ぎ、山を越えた頃から緑が多くなり、日本家屋のような造りの家が増え、「心が安まるねー。」と言っていたのだが、ラシュトに降り立ってみると、これが蒸し暑い!!水と緑が多いということは、湿度も高く、蒸し暑くなるということなのだった。もう、11月なのに・・・。

今日の宿、ホテルキャラバン(カルヴァン?)は、シャワー・トイレ共同だが、他のホテルでは共同シャワーさえもないところが多いので、ここに決める。ひと休みして街へ。

マサト、靴下を買う。バザールは活気があり、魚をたくさん売っている。オリーブも多い。パン屋にはフランスパンのようなトルコ風のパンが売られており、「もうトルコが近いのだな」と思わせる。

今日の夕食はガイドで紹介されていたピザ屋でとる。ここはパチンコ屋かキャバレーかと思うような門構えで、一見ガラが悪い店のように思われるが、中にはいると、女性にうけそうな洋風のおしゃれなつくり。しかも、ピザがおいしい!

すっかりごきげんのワタシは、明日の朝食のため菓子店でジャムを買う。しかし、ごきげんにぶんぶん瓶を振り回していたらしく、ホテルのガラスにガツンとぶつけ、一口も食べないまま、瓶は砕け散って、ジャムはゴミ箱行きになってしまった。ホテルのガラスを割らなかったことが不幸中の幸いだが、マサトは激怒するし、自己嫌悪でがっくり。自家製で美味しそうなジャムだったのに・・・。

マサトは、「最初から危なっかしかったぞ。ひやひやしていたんだ。」という。じゃあ、注意してくれれば良かったのに、と思うが、自分が悪いので何も言えない。もう真っ暗になって一人歩きは少々怖いが、買いなおしに行くことにする。一緒に行ってくれることを期待して、「危なくないよね。」とマサトにきくが、「だいじょうぶじゃん」とぷいっと他を向いてしまい、素っ気ない。一人歩きにどきどきしながら再び菓子屋へ。問題なくジャムは買えた。

 

117日(晴れ)

朝食に昨日のジャムを食べる。おいしいが、何のジャムなのだろう。ちょっと薬草風の匂いがする。日本でも食べたことのあるような味・・・。そう、「かりんのハチミツ漬け」に似ている。しかし、薬草のほうは植物の気孔みたいな形をしている。(絵あり)とにかく喉や身体に良さそうだ。(今考えると、アロエかもしれない)湿度が高いせいか、部屋の中に干した洗濯物は全く乾かない。イランで洗濯物が乾かないのは、初めてのことだ。

 

【イランの田舎、マースーレ】

朝、フロントの親子に「今日はマースーレに行く」というと、「良いところだぞ」とごきげん。感じの良い2人だ。

途中の街、フーマーンまでサヴァリで行く。

車中から、田んぼの中にわらぶき屋根の家屋が見え、日本を思わせる。

フーマーンでは全く地図がなかったが、周りの人に「マースーレ、マースーレ」と言っていると、ミニバスに乗ることが出来た。まさしく田舎のバスで、乗客も田舎の人だ。

バスは意外と山深くまで分け入り、緑の山と清流が美しい。日本の山々を思い出させる雰囲気で「道路沿いに『マイタケあります』とかでてきそうだね。」とマサトに言ったら、笑われた。

途中、ロッジ風の建物や、キャンプ場なども見られる。

マースーレ村は確かに美しい村だが、見所として何があるというわけではない。村自体の景観、家の造りなどが見所なのだ。

街の入り口に小さな食堂があったので、山ならではの食べ物が売られているかと期待したが、残念ながら村の人は「山菜うどん」を食しているわけではなく、里の人と同じ、いもと豆と羊肉のホレーシュを食していた。

村には1軒、ホテルがあり、民宿などもある。村内の道路は舗装されているが、どこも狭い路地で、車は入ってこれない。よくよく両脇の家を見ると、靴下や毛糸の人形をお土産として売っている。しかし、シーズン・オフのため、土産屋のやる気はない。マースーレ村は、キャンプやピクニックの場として、夏はにぎやかになるのだろう。

公共のトイレとして、モスクのトイレを借りたが、そのモスクに隣接している墓地にイラン・イラク戦争で命を落とした、若い兵士の写真が飾られている。齢17,18でこの世を去らなければならなかった青年たち。勲章が寂しく揺れている。

帰りも無事、ミニバスとサヴァリでラシュトへ戻ってこれた。昨日の店でピザを食べ、ホテルに戻る。

マサトは「田舎の人が羊臭かった。」という。私は入り口の食堂でホレーシュを食べてみてもいいかなと思ったくらい、臭いは気にならなかったのだが。彼は疲れているのかもしれない。

 

(つづく)