×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

トルコ1No.51)自由の国、トルコ!〜ドゥバヤジット・カルス

【髪の毛を出せる喜び】

1113日(続き)

トルコとイランの時差は1時間半である。国境線はまたいだものの、朝早いせいか、トルコ側のイミグレーションはまだ仕事を始めていない。

私たちが待合室に着くと、受付前は既に長蛇の列で大変なことになっていた。大きな荷物を抱え、2人で立ったまま並ぶのは大変なので、マサトが「荷物を見ていてくれ。並んでくるから」と私の分のパスポートも持って、並びに行ってくれた。しかし、ほどなく戻ってきた。「あの人が『前の方の友達に頼んであげるから』といっているんだ。」という。しかも、「プレゼントをもらった」と黒いビーズで作ったライターケースを手にしている。マサトの指さす方向には、にっこり微笑む、イラン人青年の姿があった。ともかくも、そのひとのおかげで、早めに入国の手続きができ、自由の国トルコに入ることができた。私は御礼にと、彼に日本の絵はがきを渡した。

イラン側と違って、トルコ側の国境の門は歩いていけるくらい近い。アララト山と小アララト山が青い空に映えている。その清々しさは、自由になった私たちの気持ちを代弁しているかのようだ。

そして出口には、トルコの乗り合いミニバス、ドルムシュが待っていた。運転手とマサト、がんばって料金交渉する。国境から35キロの街、ドゥバヤジットへ。「スカーフ、本当にとっていいのかな?」とびくびくするが、もうスカーフをする必要もチャドルをする必要もないのだ。

 

ドゥバヤジットではホテルエルズルムに泊まる。トイレ・シャワー共同であるし、その割にガイドに書いてあるよりも高いが、フロントの少年にディスカウントを迫ると「学生ならディスカウントするのだけど」と言われた。イランでも学生なら法外な外国人料金をとられないので「学生だったらなあ」とつくづく思う。

部屋に入り、早速ロングコートを脱ぐ。今日からは、トイレに行くときスカーフしなくてもいいぞー!!!うれしい!!!

身軽になって、街を散策。すれ違う女性達の髪の毛が見えるのがうれしい。女の私も髪の毛だけで興奮しちゃいそうだ。

マサトはレストランにかかっているビールの看板とともに記念撮影。「風呂のあとまでビールは我慢しよう」という。楽しみを、きちんと部屋で落ち着いて迎えたいのだろう。

 

【イサク・パシャ・サライ観光】

残りのリアルを両替して、カードでリラをおろし(ATMが今日は使えた!なぜイスタンブールでは使えなかったのだろう・・・)、食事をし(ドネルケバブ。うまい!)イサク・パシャ・サライ(18世紀の宮殿)へ行く。タクシーで行こうかと思ったが、なにしろ高いので、歩くことにする。左手にアララト山を望みながら、目的地のある丘の方へ進む。アララト山には、朝とは違って雲がかかっている。最初は「5キロくらい、歩くの大丈夫だよ。」と言っていたのが、登っても登っても、なかなか着かない。やっと見えてきたイサク・パシャ・サライだが、けっこう高いところにあるなあ、やっぱり車で来ればよかったと思っていると、途中で親切な人がジープに乗せてくれた。イサク・パシャ・サライは赤茶色系の建物で、イランのモスクを見慣れた目からすると地味にみえるが、少々離れた城塞のほうに登って眺めてみるとなかなか美しい。これら2つの建物は、丘の8合目当たりにあるが、さらに少し登ったところにカフェがあったので、行ってみる。なんとなくコーラを注文する。50万リラのコーラがこのトルコで高いのか安いのかよくわからないが、久々に飲むペプシ。おいしい。しかし、自然にコーラを欲してしまう私たちは既にザムザム人になってしまったのだろうか・・・。

帰りは下りなので、のんびり歩いていく。景色もよく、楽しい。放牧されている、牛や羊もかわいく見える。自由な国で浮かれているのがわかる。なにを見ても楽しいのだ。ビールも楽しみだよー!!

 

Y君との出会い】

ホテルの部屋でチャイを飲んだあと、食事にいこうと1階へ降りると、ロビーに若い日本人男性が3人ほど座って話をしている。大学生のようだ。中の1人が「アニに行きませんか?」という。Y君という。アニは10世紀、アルメニア王国だった時代の遺跡があるところで、そこへ行くにはカルスという街からタクシーで行かなければならない。どうせタクシーを借り切るなら、1人でも多く仲間を集めてシェアしたほうがいいという考えだ。更に、アニの遺跡に行くためには許可を受けなければならないのだが、(国境近くの遺跡のためだろう)その許可を受け付けている旅行者案内所(以後、@とする)も本来土曜日は休みなのだけれど、彼のために14時まで開けておいてほしいと頼んだのだそうだ。これはよい話だと便乗する。

別の青年は1117日に流星群があるんですよという話をする。(知り合いのSくんに似ている)彼はカイセリからパムッカレに行く間に、道路凍結による交通事故現場を見たそうで、「首なしの死体とか見ちゃいました。グロでしたよ。」と半分可笑しげに笑う。笑い事ではないのでは・・・。イランは比較的暖かかった(というか、暑かった)が、11月。トルコはもう、暦なりに冬になっているのだ。ここ、ドゥバヤジットも寒い。山間部のバスに乗るときには注意が必要だろう。

 

【待望のビール!?】

彼が持っていた日本語ガイド「地球の歩き方」を借りて、夕食を食べに出かける。(彼らはハマムに行った)今日の夕食はなす煮込み(うまい!)とスープ(イランと同じ味。少し酸っぱい)。ここでの主食はもうナンではなく、パンだ。トルコでは「エキメッキ」といって、日本で言うフランスパン(バタール)に似ている。とてもおいしい。

待望のビールを買い込み、宿に戻って寒さに震えながらシャワーをあびて、いよいよ待ちこがれたビールを飲むときが来た。「わー、かんぱーい!!」と2人とも大喜び。プシュっと栓をあけ、黄金色の液体をゴクリ。「・・・。」2人とも声がない。「なんだか・・・」「うん・・・」「あんまりおいしくないね。」「うん・・・」あんなに期待していたのに、どうもビールが美味しくなく感じるのだ。それは、この寒さのせいか、ビールがあまり冷えていないせいなのか、それともマサトも私もザムザム人になってしまったのか!?

 

【トルコ東部、カルスへ】

1114日(曇り)

カルスへ。ドゥバヤジット→ウードゥル(途中の街)はドルムシュだったが、ウードゥル→カルスはバス。このバス、すごくきれいだ。でも、高い。

ウードゥル→カルスはだんだん標高が高くなって、道路脇には雪もみられる。ふと、空を見ると、今日はどんよりとした曇り空。雪でも降りそうだ。

カルスでは、@(インフォメーション)の場所が地図と違っており、3人でうろうろ。しばらくうろうろしていたが、自分たちで探そうとしないで、ホテルの人も、町の人も親切に教えてくれるので、早く人に聞けばよかったのだ。結局、@は休みだった。月曜日まで待つしかない。

ホテルキャラバンに宿をとる。ガイドより少々高いが、熱いお湯、清潔なベッドによしとする。バスルームは少々臭うが(そして、ドアが腐っていて虫がいるようだ→薄暗いし、見たらイヤになるのでよく見ない)・・・。

街歩きする。石畳が新鮮だ。マサトは「イランと違って、生活の匂いがする」という。たしかに。イランは街が整然とされすぎている気がする。建物も画一的だ。イスファハンやシラーズ、そして首都のテヘランと大きな街ほどその傾向が強い。

マサトは街の店でタイツを買った。防寒用だ。薄いカーゴズボン2本をマサトはずっと交互にはいてきたが、それ一枚では寒くなってきたらしい。タイツの値段は100万リラだが、まだ、ものの値段の相場がよくわからない。

 

【カルスの城塞】

オスマン朝トルコの時代に大規模になったというカルスの城塞を見学に行く。外国人観光客の姿が見える。トルコ人観光客もいる。ここは現在も軍の設備とはいえ、入場をとくに制限したり、とがめたりはしない。ただ、入場したのが日没近くだったので「早くマワレ」と門番にせかされた。城塞のある丘の上からカルスの街を見下ろすと、とがった塔をもったモスクの姿がいくつか見られる。トルコのモスクのミナレットはとがっているのだ。マサトは「とがったミナレットは、イスタンブールの特徴なのかと思っていたけれど、そうじゃないんだな。」という。塔だけをみれば、一瞬教会かとみまごうばかりだ。とがったものがいくつもみられるこの町の風景をみていると「百塔の街」プラハを思い出す。(あんなにたくさん塔はないが・・・)ヨーロッパももうすぐだ。

 

【やっぱり豊かなことは良いね】

カルスの街のメインストリートに戻り、水・食料などを買い込む。マサトは「キャプテン・モルガンがあるよー!!」と酒屋の前で感慨深げ。

私はスーパーで「パック牛乳が!インスタントスープが!ソーセージが!菓子が!全て整然と並べられて、いくらの商品なのかが一目でわかる!!きれい!新しい!種類が豊富!!同じ品物でも違うメーカーの商品がいくつかある!!」と大感激。

互いに酒屋やスーパーでの衝撃はあまり解り合えなかったようだが、2人とも同じように「トルコの豊かさ」を改めて実感したのだろう。

ブハラで読んだ週刊誌にダイエー社長の記事があり、最初に彼がスーパーを作ろうとしたコンセプトとして「自由に選べて、値段がはっきりしていて、しかも安い店」を目指したという話が載っていたが、その話が今日はしみじみと実感されたのであった。

品物を買うときに、中央アジアやイランのバザールでは「いくらかなー?ぼられていないかなー?」といつも心配してものを買っていた。あのつらさがない店というのは、かけひきの楽しみはないかもしれないが、スーパー・コンビニ世代の私にとっては、ストレスがなく快適なのだ。やっぱり。

宿に戻って、シャワーをあび、マサトはイランでずっと伸ばしていたひげを剃る。ちょっとさみしいような、さっぱりしてうれしいような感じだ・・・。

カルスの街は5時で真っ暗だ。トルコワイン「ヤクート」はドライでうまい。ドリトス・チーズ・パンをつまみについつい酒が進んでしまい、すっかり酔っぱらいだ。しかし、断酒していたせいだろうか、早く酔いが回る。酒の道も「日々是精進」なのか?(毎日飲んでいると強くなる?)

 

【思いがけず休息日】

1115日(雨ときどき曇り)

朝から雨が降っている。8時過ぎ、パンを買いに街に出るが、街はまだ眠っている。幸い、小さな商店が1軒店を開けていて、そこでパンを買うことができた。昨日スーパーで買ったチョコスプレッド(こんな文化的なもの、久しぶり)がおいしい。エキメッキ自体もおいしいので、1本くらい軽くたべられてしまう。外に出てもやることもないので、ガイドを読んだりする。

トルコは私が楽しみにしていた国だが、旅行シーズンは夏で、冬はお金もかかり、山間部の建物は閉鎖。そこまでして、いろいろ行きたいか・・・?とだんだん思うようになってきて、ハイライトだけ行けばいいかという気に2人ともなる。とりあえず、次は黒海沿岸の街、トラブゾンに向かうことに決まった。

バスの時間を確認するため、午後から外に出る。どこのバス会社で聞いても朝8時半から9時半発車の11本しかないらしい。夕方にはトラブゾンにつくそうなので、それで行くことにする。チケットは明日買うことにする。

モスクを見に行く。外側は質素だが、中はなかなかきれい。でも、デザインがシーア派(イラン)のものとはぜんぜん違う。観光国家らしく、英語やその他の言語で「モスク立ち入りの際の注意」が書いてある。

モスクの前にピデ(トルコ風ピザ)屋あり。軍人さんに人気でおいしい!ガイド(歩き方)には、ピデ→トルコ風ピザ(チーズあり)ラフマジェン→クルド風ピザ(チーズなし)と書いてあったが、チーズがあるかないかではなく、形が問題のようだ。(厚い生地と薄い生地。暑くて木の葉型をしているのがピデ、薄くて円形なのがラフマジェン)

部屋に戻って、私はひるね、マサトは読書。今日はほとんど動いていないし、お昼をたくさん食べたので、夕食いらず。軽食に牛乳とドリトス(みたいな菓子)、ビールですごす。

 

【やっとアニ遺跡へ】

1116日(くもり時々小雨)

アニへ。昨日、日本人が1人アニへ行ったようだ。さてはY君に成り代わって、土曜日に許可を取って(取れて)しまったのだろうか?

@ではタクシーの手配をしてくれ、運転手は警察(許可)、博物館(チケット販売・博物館自体は修理中)を手慣れた感じでまわり、アニへと連れていってくれた。

アニ手前数キロのところで、検問あり。その後、軍の施設に行って、軍人さん2名が私たちと同行する。軍人さんといっても気さくで、1人は少し英語が話せ、遺跡内に入った後も「ここはグレゴリ教会。あっちはアラス川で国境になっているんだよ。」などと、簡単にガイドもしてくれる。教会内部の壁画はほとんど残っていないが、かすかに残っているものから推察すると、つくりはイスファハンのジョルファ地区で見たものと同じらしい。セルジューク・トルコ時代の宮殿もこの遺跡内に建てられたようだが、見事に壊されている。モンゴル軍に壊されたのだろうか。イスラム教がこの地に入ってきてからは、教会の増築部分にモザイク模様をあしらっていたりして、文化の融合の様子が興味深い。

現在、アルメニアとは一見なんの衝突もなさそうに見えるこの平和な土地だが、写真撮影禁止(国境側の風景)と張り巡らされた金網、そしてなによりも同行してくれている軍人さん達がかたときも銃を手放さないことが、緊張感を漂わせる。

アラス川には昔、橋があったようで、両岸に石造りの橋の名残が見受けられる。軍人さんは「シルクロードだよ」と行って、「これは写真を撮っても良いよ。内緒でね。」とマサトに撮影を許可した。

軍人さんの風貌は、トルコ人というより、どことなくスラブ系の血を感じさせる。

 

【ちょっとしたアイドル状態】

お昼には見学が終わってカルスに帰ってきてしまったので、食事後だめもとで@に「インターネットできるところありますか?」と聞くと、「郵便局にあるよ」と言われる。

郵便局か・・・と期待していなかったのだが、本当にあった!しかもWINDOWSでブラウザがあり、Hotmailが見られる。日本の友人たちからの手紙が嬉しい。「1回目は読むだけにして、一旦文章を練ってからもう一度メールを出しに来よう」というマサトの提案通り、2回、このインターネットを利用したのだが、1回目はカフカス大学の助教授だという男性が「料金は僕が払いますよ。」といっておごってくれた。

2回目は隣の電話局に勤める人や、カフカス大学の女子大生たちがわらわらと寄ってきて「うちに遊びに来ない?」などと誘ってくる。マサトは更に「あなたはトルコ美人にもてるオーラを持っている」などときれいなお姉さんからいわれ、(大喜び?)私は「あなたの目はキュートだわ!すっきりしていて!!」などともう1人の女子大生に抱きつかれる。

更に郵便局のオヤジは「あなたたちはゲスト(我が国の賓客)だから、料金はいらん」といって、お茶まで出す始末。

マサトによれば「今日はちょっとしたルーマニア状態だったよ。」ということ。ルーマニアでマサトはアイドルのようにちやほやされたらしい。今日は楽しい一日だ。友人や両親にメールをだせたことも嬉しい。

 

(つづく)