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トルコ3(No.53)キノコのパノラマ〜カイセリ・カッパドキア

【良い宿に恵まれて】

1120日(晴れ)

カイセリ行きは豪華バス。乗務員によるネスカフェのサービスもある。(トルコではトルココーヒーでない薄いコーヒーのことをネスカフェという。実際、これは顆粒状のネスカフェだったのだが。)シートも快適。窓のすきま風もない。暖房完備で言うことなし・・・。と思っていたら、途中の街、サムスン通過後、路上で2時間半停車ののち「Change」と運転手が叫んだ。つまり、バスチェンジとのこと。何で?理由は分からないが、夜中にバスを乗り換える。そのぶんおくれて、9時にカイセリ到着。カッパドキア内の村、ギョレメ行きのバスは11時とのことで、SB氏と共に朝食を食べる。私とSB氏はショルパ(トマトスープ)、マサトは牛肉とジャガイモと豆の煮物を食べた。ギョレメ到着後、SB氏と別れる。

その直後、モーテルフェニックスの客引き(モーテルといっても、日本で言えばペンションのようなものだ)に会い、いい部屋なので、そこにする。

客引きさんの話す企画が、よさそうな企画だったので、言われるがまま、ベリーダンス、ツアーなどの参加を承諾。お昼ご飯はそこでスパゲッティを食べた。(ソーセージのナポリタンみたいなもの。これはいまいちであった)ここで出してくれるアップルティーはとてもおいしい。情報ノートがあるが、イランのアリアミリのときと違って、悪くいう人はいない。宿泊料金も、シーズンオフなので、15ドルとはうれしい。

ギョレメ屋外博物館に行ってみる。日本人団体観光客と一緒になるのは久しぶりだ。博物館内の教会よりも、手前にあるトカルキリヤという教会の方が見応えがある。教会内部の壁画の画風は、トラブゾンと同じく、ギリシャ正教会系のもの。昔はこの中で人が住んでいたらしく、竈など住居の跡がある。

 

【ベリーダンスも見た!】

夕食はベリーダンスを見ながら、とのことで、ギョレメから少し離れたレストランに行く。マレーシアからの団体など、ツアー客も多い。ダンスは民族舞踊が主体で、私たちも屋外のたき火の周りで踊ってみたりする。マサトは、トルコの踊りと音楽を「ブルガリアのものに似ている」という。たしかに変調子で激しく回る。ある程度場が盛り上がったところで、おまちかねのベリーダンス。イランから来てすぐにこれを見たら鼻血ぶーかもしれないが、けっこう健康的。首の動かし方は東洋的だ。黒人の観光客が舞台に引っぱり出され、ノリのいい人なので彼もシャツを脱いだりして大騒ぎ。私たちと同席している広東人はノリが悪い。中年男2人の旅で、ちょっと変な感じ。

食事は前菜に白チーズ、パプリカ入りチーズ、トマト、なす、レバーを揚げたもの、ポテトサラダなどのもりあわせ、スナックとして白チーズのパイ(シガール:むちゃくちゃうまい!)、主菜にピラウ(羊入り)デザートにフルーツだった。私はワイン、マサトはワインとラクを飲んだ。カッパドキアワインは、赤の方がこくがあっておいしい。

 

1121日(晴れ)

快適なベッドでぐっすり眠る。今日泊まった部屋はダブルベッドの部屋なのだが、クイーンサイズのように広い。これくらい広ければ、ふとんの取り合いで喧嘩することはないだろう。

朝食は私がめだまやき、マサトがスクランブルエッグ。久々に食べる、たまごがおいしい。昨日の広東人2名は、トルキッシュ・ブレックファスト(オリーブや白チーズなど)。私たちの卵料理を見て、「あれは何だ?」と怪訝そうにしている。私たちの料理の方が安いことも不満そうだ。

 

【カッパドキア一日ツアー】

今日はカッパドキアのみどころ、ウフララ渓谷や地下都市をまわるツアーに参加する。ツアー参加者はけっこういて、欧米人6人に、日本人4人(K大の女子大生と私たち)。欧米人の方々は、英語が母国語の人ばかりで、早口だ。

まず、ピジョン・バレーへ。やや緑かかった谷が美しい。次に地下都市(カイマクリ)へ。入り口すぐの1階が家畜小屋、地下8階まであるが、1階以外のほとんどは、食料の貯蔵に使われていたという。一歩も外に出ずに最大4万人が半年間も暮らしていたとのこと。すごい。地下室内にワイナリーもあり、キッチンは煙を外に出さないよう(住んでいるのがばれてしまうから)煙突がなかったとか。でも、石灰質のこの壁が煙を吸い込んでくれたという。トイレは各自壺にして、1階の家畜小屋まで持っていったそうだ。すごい生活だ。階下への道は、1人が身体を縮めてやっと通れるくらいで、マサトは大変そう。私は結構立ったままで通れるところもあるので、地下室向き?(古代人サイズなのか?)

ウフララ渓谷へ。すごい崖!木の下教会など見る。聖書の内容の説明書きが壁にあり、ガイドさんがよく話してくれるので、わかりやすい。

けっこう険しい川沿いの道をトレッキング。春も美しいだろう。トレッキングコースの途中でお昼。魚を食べる。日本人は全員魚料理を選ぶ(フライ)。欧米人も結構魚を選ぶ。魚はシーバスだというが、まだ幼魚で、小あじの唐揚げみたいだ。頭からがぶりと食べたかったが、目の前の人(白人)が、執拗に骨や頭を外して食べているので、食べなかった。マサトは気にせずがぶりと食べていた。私も食べればよかったか。

その後、映画「スターウォーズ」の撮影でも使われたという場所を見て、キャラバンサライ(隊商宿)へ行く。隊商宿は25キロ毎に設置されていたとのことで、飛脚のように「この隊はここからここまで」と領分が決まっていたのだそうだ。

アヴァノスという村で、陶器工場を見学。壺づくりの実演があり、ろくろに盛られた土が、制作途中にちん○の形状をするので、みな大喜び。「これは、小さいから日本人サイズだな」などとジョークをいわれて、マサトは、少しかわいそうだった!?陶器はとても美しい。すぐ帰るのなら買って帰るのだが。送るのは割れるのが心配である。

キノコ岩のあるパジャパー周辺を散策し、夕日を見る。土産物店には、朝日新聞がある。円が今いくらなのか、気になるところだ。買って読みたい気がするが、あまりにも値段が高いので買わない。新聞立てのまわりをぐるぐるまわりながら、触れずに、しかし少しでも多く情報を得ようとしている私。その姿は端から見れば非常に滑稽だったであろう。K大女子学生と親睦。新聞は手に入らなかったが、彼女らから日本のニュース(西武パ・リーグ優勝、石橋貴明と鈴木保奈美が結婚など)が聞けてうれしい。

宿に戻り、ギョレメのインターネットカフェでメールを送る。「トルコではどこでもメールできるなあ」とつぶやくと、マサトが「日本より進んでいるかもよ。」と言う。

夕食はフェニックスで従業員ヴェッケルさんの手作りトルコ料理。1階にある、トルコ民家風の装飾をされたリビングで、南アフリカから来た女性2名と、アメリカ(ユタ州)から来た男性1名とともに。カーペットの上で靴を脱ぐことは、日本人の私たちには抵抗はないが、テーブルが低いので、少々料理が食べにくい。食事はスープ、サラダ、トマトピラウと「トルキッシュ・バーベキュー」と名付けられた、なす、ジャガイモ、トマトとシシトウ、羊肉の煮物が出た。ワインは赤は工場で作ったもの、白は自家製らしい。食後には、マサトはバナナティー、私はチェリーティーを飲んだ。この紅茶は紅茶と言うよりホットジュースに近い。

ヴェッケルさんは、英語が堪能で、英語が母国語の他の3名と非常に盛り上がっているが、私たちには彼らの英語は、まだまだ早口でわからないところが多い。英語力がまだまだだなあと自分の力なさを痛感するところである。

 

【もう一度みどころへ】

1122日(晴れ)

ウチヒサール、ゼルヴェへ行く。午前にゼルヴェを、午後にウチヒサールを見物するつもりだったが、バスの関係で逆にする。ウチヒサール城は、頂上まで登るとかなり美しい。城下にはトルコ民家のカフェがあり、内部の装飾が興味深い。ギョレメパノラマと呼ばれる部分も、展望用の駐車場が用意されているだけあり、さすがに絶景。ついつい時が過ぎてしまう。2人で「時間を忘れるなんて、いいところという証拠だね」と話す。

午後からはゼルヴェへ。途中で昨日のアメリカ人男性にあう。一緒にゼルヴェへいくことにする。彼はパジャパーを見ていないそうなので、そこにも寄る。ゼルヴェには博物館があり、大きなトンネルがあるが、真っ暗なので途中までしか進まない。怖かった。博物館手前の土産物屋で、ブハラで銅像を見た愚賢、ナッスルディン・ホッジャの絵本を見つけ、もともとトルコの人だったということを発見した。

 

【トルコで日中の壁にぶつかる】

夕食は今日もフェニックスで。外に食べにいっても、同じくらい費用がかかるだろうと思うからだ。私が「羊肉が苦手」というリクエストにより、手羽元の炭火焼きがメイン。マサトは昨日と同じ、トルキッシュ・バーベキューだ。それにご飯とサラダとスープが付く。自家製の白ワインがおいしい!ベリーダンスを案内してくれたアリ君、ヴェッケルさんとともに食べる。ヴェッケルさんは、英語でジョークを言えてすごい。私たちに「日本の笑い話を教えて」というが、何も用意していなくて、残念だった。日本で「日本まるごと事典」という、英語訳のついた日本文化の本を用意していたのだが、旅行に持ってくるのを忘れた。やっぱり持ってくればよかった・・・。ヴェッケルさんによると、一緒にベリーダンスを見に行った広東人が、昨日宿を移ったという。どうも私たちのせいらしい。ヴェッケルさんは「あなた達自身が嫌いというのではなく、彼らは日本人が嫌いなのですよ」という。だから、写真も一緒に撮らなかったし、ダンスもしなかったのだ、と。まだまだ日中の壁はあるものですね・・・。でも、トルコを旅行していて、日本人に会わないようにするというのも難しいと思うんだけど?浮かれていた気分が、ちょっとへこんでしまった。

 

(つづく)