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トルコ9(No.59)続・イスタンブール観光〜イスタンブール3

【宮殿見物】

122日(曇り一時雨)

早起きしてルーマニア大使館に行く。朝9時申請で午後4時受け取りとのこと。

今日は19世紀に建てられた宮殿、ドルマパフチェに行く。ものすごい宮殿だ。自由には見られなくて、ガイドと共に歩く。英語のガイドである。入り口で靴にビニールのカバーをして入る。レセプションには4.5トンやら2トンやらも重さがあるシャンデリアがぶら下がっており、そのほかの部屋にもバカラのシャンデリアや、ロココ調の家具、日本や中国からの陶器と贅を尽くしている。金ぴかの部屋もある。ハーレムも見る。皇子の割礼式専用の部屋、分娩室、産褥後40日を過ごす部屋など、「そんな短い期間のために!?(普段はいらない部屋じゃない!?)」という部屋もいくつかある。王や后が眠るベッドが小さく見えたので、マサトが「ベッドが小さく見えるのですが」と質問すると、ガイド氏は「小さく見えるのは、部屋が大きいせいです。ベッドの大きさは2.5メートルあります」という。給仕や家庭教師の部屋もあり、豪華。家庭教師はフランス人、給仕もフランス語を話すエリートだったそうだ。

革命後、この宮殿を使ったというアタチュルクの寝室、執務室もある。ただし広い宮殿の中でこの2室しかアタチュルクは使わなかったそうだ。えらい。彼は執務室でなくなったが、死因は肝硬変だったという。「He drank too much」だったそうだ。毎日ラクでも飲んでいたのだろうか。

昼は新市街のロカンタでマサトはタバカとピラウにアイラン。私はなす・いも・きゅうり・トマト・牛肉のツボ煮とポテトサラダ、水。

軍事博物館へ行く。朝早かったせいか、満腹のせいか、眠くなってきた・・・。軍事博物館での目当てはトルコ軍隊の演奏だが、そのまえに博物館内の展示物を見学。トルコの武器に混じって、日本の刀も展示されている。イランで見たものと同様、葵の御紋が輝いている。トルコでは刀のことを「KAMA(鎌)」と呼ぶらしい。面白い。15時からコンサート開始。今日は雨なので、ホールの中のみでの演奏だ。14分の演奏で前半5曲、20分の休憩を挟み、後半5曲。前半の最後から2曲目には、ドラマ「阿修羅の如く」で使われた曲が演奏された!この曲でトルコ人観客が大いに盛り上がる。曲に合わせて歌う人もいる。大変面白かった。(編成の図あり)

ルーマニア大使館へ急いで行く。無事ビザを取得。

今日は魚料理でも食べに行こうかと新市街の魚市場へ出かけるが、市場でさえ1人11500000020000000リラかかってしまうので、立ち食いのアサリフライ(150000リラ)であきらめる。今日は跳ね橋が閉じているので、海上ドルムシュはない。

歩いて旧市街に戻り、バーガーキングへ行く。ファストフードがせめてもの贅沢だ。(泣き顔)跳ね橋の上では釣りを楽しんでいるひとたちがいる。小魚がけっこう釣れるようだ。

 

【今日はトプカプ宮殿】

123日(曇り)

朝ベルギー人の若い女性と知り合いになり、「地下宮殿でコンサートがあるのよ」と言われ、今日の予定に入れる。

オスマントルコの宮殿だった、トプカプ宮殿へ。10時半からのハレムツアーに参加する。豪奢さはドルマパフチェのほうが上かなと思うが、黒人宦官の部屋、妾の部屋など興味深い。スルタンは「ござ」がお好みだったようで、くつろぎルームなどにござがひいてある。スルタンの母親のへやにあるベッドも、西洋式のベッドではなくて、布団。意外な質素さと親近感を感じる。ガイドのおばちゃんはハマムの見学の時に「このお風呂ではね、スルタンはお気に入りの妾と一緒に入浴したんですよぉー!」と嬉しそうに語るが、ハマムは「安全上の問題で」檻で囲まれており、檻に囲まれた中で風呂に入っていたのかと思うと、スルタンもなんだかかわいそうである。しかも、何人もの召使い達にじろじろみられながら・・・。性格ゆがみそうだ。次にマホメットの歯入れ、髭入れなどを展示しているところに行く。お昼のお祈りの時間なのか、はたまた観光客向けのパフォーマンスなのかわからないが、お祈りマンがいる。イランと違って「マホメットの毛」は公開されている。丸いガラスケースの中に、だんごのような土台がささっており、そこからひょろりと毛が1本顔を出している。しかも、1本ではなく5本も6本も同じ形態で展示されている。「マホメットの剣」なんかもあり、本物なのか?という感じ。イスラム教徒にとっては本当にありがたいのだろう、毛や剣の前で嬉しそうに記念撮影する人が後を絶たない。

宝物館を見る。テヘランの宝石博物館を見てしまった私としては、感動が少なく「イランのほうがすごいかな」という感じ。世界で5番目に大きいという「スプーンのダイヤモンド」もあまり感激しない。しかし、ペルシャ(イラン)から贈られた玉座はすごい!トルコの細工は全般的におおざっぱなのだが、ペルシャのものはさすがに繊細。トルコのものは「大きければ良い」という感じで、すごいのだけれど、宝石の大きさ(粒)がばらばらだったり、いやらしいくらい大きい石を使っていたりする。メダルについてはマサトの日記をご参照ください。日本のメダルが貧相。日本のものとしては、他に刀(山田家のもの?)古伊万里などあり。私から見れば、中国の陶器より日本の陶器の方が美しいと思うのだけれど、スルタンは中国製をお好みだったようで、これでもかと元・明・清代の焼き物があった。トプカプ宮殿第4の庭から眺めるマルマラ海は美しいが、曇っていてむちゃくちゃ寒い!!暖をとるため、お昼を食べるのでした。(メネメン・ドルマス・イスパナック・ナン・チャイ・コーヒー)

地下宮殿に行ってみるが、今日はコンサートなんてないとのこと。ベルギー人も来ない。コンサートはたぶん夏しかやっていないのだ。

両家の両親にコレクトコール。実家の商売もなんとかうまく頑張っているようだ。マサトの父はもう就寝中だった。東京では雪が降っているとか。妹が電話に出てくれてうれしい。次にメールしにいく。しかし、私は途中で胃が痛くなる。残念。

 

【のびる滞在】

124日(晴れ)

朝一でブルガリア大使館へ。そんなに混んでおらず、手続きもスムーズにおこなわれたが、大使館員いわく「受け取りは月曜の午後です。」なんと、今日中にはもらえないのだ。土日あわせてもう3日ここに滞在しなければならない。マサトが「急ぎでも?」と聞くが、「急ぎの方で月曜日受け取りです!!」とにべもない。また、この大使館ではドル払いできず、ビザ代がリラ払いであった。そんなにたくさんリラを残していなかったので、焦る私たち。銀行がある場所もよくわからない。それでもなんとか銀行を見つけ、申請できた。

船に乗ってエミノニュに戻る。今日は快晴で景色がよい。ビザ取りに時間がかかるとわかって、がっくりしたらお腹が空いてきた。橋の近くでサバサンドを食べる。魚はうまい。

シルケジ駅にブルガリア・プロヴディフ行きの列車の時刻を見に行く。夜1120分発で、10時間かかるとのこと。マサトの母に電話した後、バザールの方をふらふらする。

ブルーモスク前の広場で心ゆくまで景色を眺めたいが、ものもらいとかムスメとか入れ替わり立ち替わりやって来るので、落ち着かない。ムスメ達は「どうして仏教徒なのか」とか、「漢字の話」とか、「ムシの話」とか聞く。詳しくはマサトの日記で・・・。

あとでマサトとも話したが、トルコの人はメディアが発達しているせいか、皆一つの意見方向にズドーンと向かう傾向があるように思える。ある意味(意見に流されやすい点で)、日本人と似ている。また、表面上は国や宗教に対していい加減そうでも、意外と愛国主義的なところがある。イランと正反対だ。イランでは末端(一般市民)は政治を批判している。まあ、私たちがトルコでクルド人と知り合いになっていないから、そう思うのかもしれないけれど・・・。

今日は夜も魚(缶詰)。魚は食べ続けても飽きない。少々生臭くても平気。でも、羊はやっぱりだめだ・・・。

 

 

(つづく)